くず)” の例文
壁にはつたくずがはい茂り、庭は雑草にうずもれて、秋でもないのに、さながら秋の野のように草ぶかく荒れはてた家の様子であった。
「おえいは日々雪のつもる山にくずをほりに行きそうろうみなしてかせぎためろぎん出来そうらえば其身にあいに参り候たのしみいてくれられよ」
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
九州の窮介きゅうすけ、吉野のくず山中やまなかの片栗というような本場ものでやると、料理も完全なものになる。そんな葛も築地の珍味店に行くとある。
琥珀揚げ (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
子供こどもはよろこんで、あわててりすがろうとしましたが、いったんもときつねかえったくずは、もうもと人間にんげんの女ではありませんでした。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
一つは緑煮みどりにといって細かく切った肉を酒と味淋と醤油でよく煮ましてそれから湯煮た青豆を入れてまた煮て溶きくずでドロドロにします。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そのすこし前までは白菊を摺箔すりはくにした上衣を着ていたが、今はそれを脱いでただがまの薄綿が透いて見えるくず衣物きものばかりでいる。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
そのなかに人妻となって子を生んだくずという狐の話をとり上げられた一篇があって、そこにこういう挿話が語られている。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
この歌が安倍晴明あべのせいめいの母だというくずの葉の狐の話と、同じものだということは誰にも分りますが、那須の方は子供のことをいっておりません。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
くずの花のなだれ下った斜面から水が洩れていて、低まっていく日の満ちた谷間の底を、日ぐらしの声がつらぬき透っていた。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
築山陰つきやまかげ野路のぢを写せるこみちを行けば、蹈処無ふみどころなく地をくずの乱れひて、草藤くさふぢ金線草みづひき紫茉莉おしろいの色々、茅萱かや穂薄ほすすき露滋つゆしげ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
……何んと長閑のどかではありませんか。……真昼の光に照らされて紅葉の林が燃え立っております。雑草にまじった野菊の花。風に揺れなびくくずの花。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
余の郷里にはホゴ、メバルなどいふ四、五寸ばかりの雑魚ざこくずつらぬいて売つて居る。さういふのを煮て食ふと実にうまい。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
所謂七種は胡枝花はぎすゝきくず敗醤花をみなへし蘭草ふぢばかま牽牛花あさがほ瞿麦なでしこである。わたくしの嘗て引いた蘭の詩二首の一は此七種の詩中より取つたものである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そしてみんなは、こならの実や、くずやわらびの根や、木の柔らかな皮やいろんなものをたべて、その冬をすごしました。
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
が、現在さうなつて見ると、悲しさは又格別だつた。姫君は乳母と向き合つた儘、くずの葉を吹き返す風の中に、何時までも袖を顔にしてゐた。……
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
太子町の上流に掛かったやな小屋に幾日か過ごして我が釣った鮎をくずの葉の火土ほど焼きにして食べた味は、永久に忘れまい。
水の遍路 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
薄暗いうちに起きて飼料を刻んだり、野良へ働きに出てもくずの葉や笹の葉を持って帰るとか、伝平は急に大人びて来た。
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そしてまたわたしは、あの菜の花の咲きつづく和泉の國、信田しのだもりくずぎつねの傳説をおもひうかべないではゐない。
春宵戯語 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
はきと分らねど白地にくずの葉を一面に崩して染め抜きたる浴衣ゆかたえりをここぞと正せば、暖かき大理石にてきざめるごとき頸筋くびすじ際立きわだちて男の心をく。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
裏の竹藪の或る竹の或る枝に、くずの葉がからんで、別に風とてもないのに、それの唯一枚だけが、不思議なほど盛んに、ゆらゆらと左右に揺れて居る。
かやのあいだに、ちらとそよぐのを見ると、桔梗ききょうの花だった。太刀の帯革にからむのを見ると、女郎花おみなえしくずの花であった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くずの材料は朝鮮から入るといいますが、にするわざは掛川で為されます。昔ははかまかみしも素地きじとして主に織られましたが、今はほとんど皆襖地ふすまじであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
年紀としの頃は十九か二十歳はたち、色は透通る程白く、鼻筋の通りました、やつれても下脹しもぶくれな、見るからに風の障るさえ痛々しい、くずの葉のうらみがちなるその風情。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
金毛九尾の狐でもい、くずの葉さらに結構、にもかくにも、この女性に飽々あきあきした心をたぎり返らせて、命までもと打込うちこませる魅力を発散する女は無いものであろうか。
猟色の果 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
もちろんいしからであろう、大輪の菊のこともあるし、すすき女郎花おみなえしくずなど、野山の花のこともあった。
いしが奢る (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
このあたりには、よく狐めがゐて人をばかすといふうはさだが、わしは狐ぢやない。くずの葉を見せ変へて、小判だなんといはぬから、よくあらためて受けとりな。さあさ。
狐の渡 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
十月の二十日はつかのことであったから、中の忌垣いがきくずの葉も色づく時で、松原の下の雑木の紅葉もみじが美しくて波の音だけ秋であるともいわれない浜のながめであった。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
昔馬首獣の者生まれ、父母怖れて棄つると猴がくずの葉を食わせて育てた、死後この神と成ったとづ。
考えますにくずの葉の如く、この雪女郎のお嫁が懐妊かいにんし、そのお腹をいためて生んだ子があったとしたなら、そうして子供が成長して、雪の降る季節になれば、雪の野山
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
くず生繁おいしげっているのをなびかす秋風が吹く度毎に、阿太の野の萩が散るというのだが、二つとも初秋のものだし、一方は広葉のひるがえるもの、一方はこまかい紅い花というので
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
いずれ郡代ぐんだいの方からなんとか云って来るだろうから、今のうちに手廻しをして置く方がいいな。噂を聞くと、狐はいろいろの物に化けるらしい。今に忠信ただのぶくずにも化けるだろう。
半七捕物帳:52 妖狐伝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
雨月うげつ物語』の中のいずれの章であったか、れが今度旅から帰るのはくずの葉の裏が白く風にひるがえるころだろうといった意味の文章があった。葛の葉の裏の白さは初秋の空白を示している。
川楊かはやなぎが押し流されて、河原へ仆れてゐる……くずの二ツ葉の細い蔓が、大石の上を捲いて、一端が川に垂れかゝつて、又反曲して空を握まうとしてゐる……崖の庇石には、ツツジが生えてゐる
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
黄ばんだ葉もなかば落ち切らない上に、何百年間か張りはびこった枝が、小さな森くらいに空をくぎってこんもりと影を作り、その処々ところどころに、尨大ぼうだいまりの様な形に、くずつるのかたまりが宿って居るので
トシオの見たもの (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
蝉の音に夏こそ残れ山窓はにほひすずしきくずの初花
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
次の幕は「くずの子別れ」であった。
生ける人形 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
むづかしき禅門出ればくずの花
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
くずの花
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
小山「なるほどね、器械がなくっても出来るものですな。その方法ならどんな田舎でも山の中でも出来ますね。コルンスタッチの代りにくずを ...
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
けっして二姿すがたせまいとこころちかっていたくずも、子供こどもごえにひかれて、もう一くさむらの中に姿すがたあらわしました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そはこの話にとどまらず、安珍あんちん清姫きよひめの話を翻訳したる「紀州きしう日高ひだかの女山伏やまぶしを殺す事」も然り、くずの話を翻訳したる、「畜類人とちぎ男子をのこを生む事」
案頭の書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
したはぎ桔梗ききやうすゝきくず女郎花をみなへし隙間すきまなくいたうへに、眞丸まんまるつきぎんして、其横そのよこいたところへ、野路のぢ空月そらつきなかなる女郎花をみなへし其一きいちだいしてある。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
二一くずのうら葉のかへるは此の秋なるべし。心づよく待ち給へと、いひなぐさめて、夜も明けぬるに、二二鳥があづまを立ち出でて京の方へ急ぎけり。
エノコ 隠岐おき島前どうぜんではくずの根をエノコという(昔話研究一巻九号)。この名称は他の地方ではまだ聴かない。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「ハイ、胸に白髯しらひげを垂れ、身にくずの衣裳を着け、自然木じねんぼくの杖を突きましたところの、異相の老人にございます」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
くず、山萩、女郎花おみなえし、雑草にまじる青白い蕎麦そばの花、盛りあがった土のまわりに、離々りりと露をたたえている。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは多分、しばしば祖母に連れられて文楽座ぶんらくざ堀江座ほりえざの人形芝居へ行ったものだから、そんな時に見たくずの子別れの場が頭にんでいたせいであろう。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さて膳だが、——蝶脚ちょうあしの上を見ると、蕎麦扱いにしたは気恥ずかしい。わらさの照焼はとにかくとして、ふっと煙の立つ厚焼の玉子に、わんが真白な半ぺんのくずかけ。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
岐阜の雑炊ぞうすいとか、加賀のくず葉巻はまきとか、竹のつつに入れて焼いて食うものもあるが、どれも本格の塩焼きのできない場合の方法であって、いわば原始的な食い方であり
鮎の食い方 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
藪枯やぶからしや藤やくずなどがむやみに絡みついているから、どれが松どれが梅とも差別がつかなかった。
泥棒と若殿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)