つま)” の例文
大異は林の中へ入ってすぐそこにあった大木の根本へ坐って、幹にっかかり、腰の袋に入れていた食物をつまみだしていはじめた。
太虚司法伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私は直ぐにそれをつまんで白菜パイサイの畑のなかに投げ込んだ。そうして、ほっとしたように見あげると、今朝の空も紺青に高く晴れていた。
はなしの話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ガラツ八はさう言ひ乍ら、懷中から半紙に包んだ一と握りの煙草を取出して、指先でちよいとつまんで見せ乍ら、平次の方へ押出します。
さかなは? と思ったが何もあるはずがないので、机の上に置いてあった干葡萄の皿を引きよせて、それをつまんでぽつりぽつりやり出した。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
何か頷くと葉之助は、懐中ふところから鼻紙を取り出したが指でつまんで白い粉を、念入りにその中へつまみ入れた。それから静かに帰路についた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
感心なし事急ぐなればつまんで咄さんが某し江戸表に奉公なし年頃としごろ給金其外とも溜置ためおきし金百五十兩程に成たり依て此度古郷へ立ち歸り家を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そのうちに、ぼくはとつぜんむずとつまみあげられた。ぼくはおどろいた。はっとして目をみはると、知らない若い男の指に摘みあげられていた。
もくねじ (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、彼が近よっていって、のぞいて見ようとしたら、「わあ」と叫びながら、一ぴきの小蛇をつまんで、彼の眼の前へつきつけた。
女は同じ物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「なんだよつて、へ、へ、へ。そこな、酸模すかんぽ蚊帳釣草かやつりさう彼方むかうに、きれいなはなが、へ、へ、はなが、うつむいて、くさつまんでなさるだ。」
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
えりくびにくッついた菜っぱを、妙な顔をしながらつまんで捨て、忌々いまいましさを、ありッたけな声に入れて、唄いながら逃げ出した——
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何だか狐にでもつままれたような気がする。あの夕立は単に僕達の旅程から菅公かんこう配所はいしょを取りける為めの天意としか思われない。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
もしまた動物園とか個人の庭とかに関係なくただ漠然とこれだけの景色をつまみ出して詠みたるものとすればそれでも善けれど
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そこで私はその花を摘んで、自分の鼻の先でにおうて見る。何という花だか知らないがいい匂である。指でつまんでくるくるとまわしながら歩く。
最後に私は椅子の上に置いた帽子を取上げて叮嚀ていねいにブラシをかけた。細かい蜘蛛の糸が二すじ三筋付いていたから、特に注意してつまけた。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
水菓子屋の目さめるような店先で立止って足許の甘藍かんらんつまんでみたりしていたが、とうとう蜜柑を四つばかり買って外套の隠しをふくらませた。
まじょりか皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一度は一軒置いてお隣りの多宝院の納所なっしょへ這入り坊さんのお夕飯に食べる初茸はつたけの煮たのをつまんでいるところをつかまえました。
弓柄を左手ににぎり、矢の一端を弦の中程なかほどてて右手の指にてつままむと云ふは何所も同じ事なれど、つまみ方に於ては諸地方住民種々異同有り。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
「これア女のきるもんだな。」巡査は長襦袢を指先につまみ上げて、燈火にかざしながら、わたくしの顔を睨み返して、「どこから持って来た。」
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今までの論旨ろんしをかいつまんでみると、第一に自己の個性の発展を仕遂しとげようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
弟がつまみ上げたる砂を兄がのぞけば眼もまばゆく五金の光を放ちていたるに、兄弟ともども歓喜よろこび楽しみ、互いに得たる幸福しあわせを互いに深く讃歎し合う
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼等は一本の鞭を二人で、釣糸を垂れてゐるかのやうにつまみ、肩を寄せ合ひながら、村の景色と自分達の話とに酔つた。
陽に酔つた風景 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
爐には八角のつまみ手の附いた助炭じよたんがかゝつてゐて、釜の湯は何時も熱く、よしや湯の冷めてゐる時があらうとも、釜の下を探れば必ず火があつた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
新吉は黒い指頭ゆびさきに、臭い莨をつまんで、真鍮しんちゅう煙管きせるに詰めて、炭の粉をけた鉄瓶てつびんの下で火をけると、思案深い目容めつきをして、濃い煙をいていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一生懸命に靴下をつまんで、ながいことかかって或る程度まで脚をくうに上げる事業に成功するんだが、そのうちにぽつんと切るように手が離れると
一本のマッチをつまみ出し、食卓の上の金具に当ててシューッとすると、パッと火が出たからまぶしがり、あわててそれを煙管きせるにうつそうとしたが
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
守は渋々ながら、老探偵を伴って、案内知った洋館傍の小部屋に入ると、彼自身の危難の次第から、品子さん誘拐の顛末を、かいつまんで物語った。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
焼栗をつまみながら、白葡萄酒を傾けながら、話上手な主人はフランス人一流の態度で「さてエ・パン」といって、語り出した。
二人のセルヴィヤ人 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
どこへでもじ登り、新鮮な日光の下で踊り、むかっ腹を立て、からだじゅうをき、なんでもつまみあげ、そしていかにも原始的な風情ふぜいで水を飲む。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「このみせ下物かぶつ、一は漢書かんしよ、二は双柑さうかん、三は黄鳥くわうてうせい」といふ洒落た文句で、よしんばつまさかな一つ無かつたにしろ、酒はうまく飲ませたに相違ない。
順々に運ばれる皿数コーセスの最後に出た独活アスパラガスを、瑠璃子夫人がその白魚のような華奢きゃしゃな指先で、つまみ上げたとき、彼女は思い出したように美奈子に云った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
孫の巨人はさう言ひながら、指を穴に入れて、仙蔵と次郎作とをつまみ出し、てのひらにのせました。驚いたのは二人です。
漁師の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
なるべく要点をつまんで記憶する様に勉めている。数字などの事になると初めに大別し、更に細別して比較を取ってみておくと、甚だ記憶に便利である。
或るときは、いかりで真蒼になって、痩せた指でプセットをつまみあげてその眼をじっと睨み据えているかと思うと、だしぬけに地面へ叩きつけたりした。
老嬢と猫 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
私は頭から冷水を浴びせられたよりもふるい上ったが、此処ここだと思って、度胸を据えて、戦える指頭で皺になった薄青い袋から小さな紙包をつまみ出して
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
みせにはいって海蔵かいぞうさんは、いつものように、駄菓子箱だがしばこのならんだだいのうしろに仰向あおむけにころがってうっかり油菓子あぶらがしをひとつつまんでしまいました。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
... おかけなさい。アレさ指でおつまみなさらないでナイフですくってフークへチンチンとたたいてお振りかけなさい」大原マゴマゴ「アアいよいよありがたい」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
三日月みかづきなりにってある、にいれたいくらいのちいさなつめを、母指おやゆび中指なかゆびさきつまんだまま、ほのかな月光げっこうすかした春重はるしげおもてには、得意とくいいろ明々ありありうかんで
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
たらの木の心から製したもそろの酒は、その傍の酒瓮みわの中で、かんばしい香気を立ててまだ波々とゆらいでいた。若者は片手で粟をつまむと、「卑弥呼。」と一言呟いた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ずつと以前いぜんさかのぼつて、弦月丸げんげつまる沈沒ちんぼつ當時たうじ實况じつけう小端艇せうたんてい漂流中へうりうちうのさま/″\の辛苦しんく驟雨にわかあめこと沙魚ふかりの奇談きだんくさつた魚肉さかな日出雄少年ひでをせうねんはなつまんだはなし
妙子が缶をつまみ上げて床に投げ出すと、それに驚いたのか、ばったが一匹飛び出した。そして床の上をピョンピョン跳ねながら、通路の向うの端まで飛んで行った。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして口に手拭てぬぐいを喰わえてそれを開くと、一寸四方ほどな何か字の書いてある紙片をつまみ出して指の先きで丸めた。水を持って来さしてそれをその中へ浸した。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
『一升あれば充分だ。それに、ちょっとつまむものを二、三品頼む。残った金はおっさんにみんなやる。』
『七面鳥』と『忘れ褌』 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
なんかと突倒つきたふして、なはから外へ飛出とびだ巡査じゆんさつままれるくらゐの事がございますが、西京さいきやうは誠にやさしい
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「君たちも食べないか」私は女どもにすすめながらつまんだ。柳沢はもう黙って口に押し込んでいた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
つまめば藻西太郎は此上も無き正直人しょうじきじんなり何事ありとも人を殺す如きことは決して無く必ず警察の見込違いにて捕縛せられし者ならん遠からず放免せらるゝは請合なり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
そいつを萌黄もえぎの風呂敷包にしてここまで持って来て、もう脇坂様のおやしきは眼の前だからと、こうして馬場下の茶店に腰を下ろし、茶を飲む。菓子をつまむ。定公なんか
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私はもうたまらなくなって、うまそうなアンパンを一つつまんで食べた。一口むと案外固くって粉がボロボロ膝にこぼれ落ちている。——何もない。何も考える必要はない。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私は白状します、どうかすると私はお腹が空いて空いて堪らないことが有りました。さういふ時には我知らず甥と同じ行ひに出て、煮付けた唐辛たうがらしの葉などはよくつまみました。
つまんで言へば、堯舜は天下に王として萬機の政事を執り給へ共、其の職とする所は教師也。
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
『ハヽヽ。神山さんが大丈夫ツてのなら安心だ。早速やらうか。』と信吾が真先に一片ひとつつまむ。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)