わざ)” の例文
わざと二階へ聞える様な大声で、女が風呂へ入つて居るに槍で突くなんか誰れだ、誰れだと云ふと、静にせい騒ぐと殺すぞと云ふから
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
伯父に隠れて何かとこつそり面倒を見てやつてゐるのだが、伯父はそれを知つて居ながらわざと知らぬ顔で居るのだといふこと等々……
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
笑ったかと思うと、今度はわざとのように暗い障子の方を向き、最も不利な光線を、鏡の背後に廻して、苦々しく眼のなかを覗き込む。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼はおろかにも、それを彼女がわざと作ってくれた機会だと思い込んでしまったのである。彼は震えながら、凡てのシェードを卸した。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かたがたわたくしとしてはわざとさしひかえてかげから見守みまもってだけにとどめました。結局けっきょくそうしたほうがあなたのめになったのです……。
めざましきを好む演劇的な挙動をほしいままにして、わざと反動を招いて、かえってはなばなしくたおれることを望むのが宜いと言うのではない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
郁子いくこは直ぐに疑問を発した。これはお父さんが以前一度話したから知っている筈だのに、僕を困らせようと思って、わざと訊いたのだ。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そこで一計を案じて、いかにも吸取紙に残った所らしくて、まるで違った所を考え出して、本当らしく持かけてわざと敵の手に渡して終う。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
博奕を開いた最初一日二日はわざと負けてやり、その間に向うの手筋を看破し、骸子さいしるしを覚えて置いて、それから捲き上げに掛る。
「よくやる手ですが、私達が跡をけてると思ふんで、足跡をくらますつもりでわざと大浦の方へ曲つたやうな風でした。へツへ。」
『然し面白いなア。ハツハハ。真箇だつたら実に面白い。可し/\、一つ吉野に揶揄からかつてやらう。』と、一人わざと面白さうに言ふ。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「お気の毒様ですが、鱁鮧でもありませんよ。」風谷はわざと軽い調子で言つた。「お嫌ひかも知れませんが、実は豆腐なんです。」
らおめえにちつと相談さうだんつてもれえてえとおもふことつてたんだつけがなよ」おつたはわざあらたまつた容子ようすでなくいひけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
かんじられしがわざとおせんに向はれ其方は其前より傳吉と密通みつつうせしと憑司より申立まをしたてしが此儀如何なるやととひければおせん少しはかほ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
辰馬は、わざわざ頼みにきたことを、どう切り出していいかわからなくなった。で、黙っていると、外記がひとりでつづけて
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それはそれは、遠路のところわざわざお届け下すってかたじけのうござった、源之丞は拙者のせがれでござる、若年者のうろたえた思慮でかような御迷惑を
金五十両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何卒なにとぞ御一答承りたく、わざと金六を遣わし候。御答出来かね候わば、爾後じごは使い差出さず候に付き、左様抑聞おおせきけ下さるべく候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
強い咳払いを一つ、わざと三つまで続けて、其女の方の言葉を紛らそうとしたのは、其兄上らしい三十近い兵士へいたいさんでした。
昇降場 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
物言ふは用事のある時慳貪けんどんまをしつけられるばかり、朝起まして機嫌をきけば不図ふとわきを向ひて庭の草花をわざとらしきことば
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
後者とすれば、口調に自分と劉子の関係を忖度そんたくした様なわざとらしさも見えない所がをかしい。やはり前者にちがひあるまい。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
これはこの作者持まへの綺麗な出来上りを避けて、わざと調子構はずに云つてある所などは前の歌の技巧とは正反対である。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
と私はわざと落着いて云った。志免警部は水か何か飲んでいるらしくしきりにむせる音が聞えたがその間私は黙って待っていた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わざと知らせぬように育てたる其むくいは、女子をして家の経済に迂闊うかつならしめ、生涯夢中の不幸におとしいれたるものと言う可し。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
又「僕も金箱かねばこと思ってるよ、じたばたすれば巡査が聞付けて来るようにわざと大きな声をするぞ、事が破れりゃア同罪だ」
だから、どうしても指名しなければならない場合には、まるで長い躊躇ちゅうちょの後のむを得ない結果のように、わざとぶっきら棒な調子で彼の名をあてる。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
僕はそれからなぜだか分らないからしきりに宇宙を見たのサ、道は曲ッてついている、真直にすれば近いものをわざ迂曲まわって人のあるく所が妙じゃないか。
ねじくり博士 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
わざ慇懃いんぎん應接あしらうて、先生せんせい拜見はいけんとそゝりてると、未熟みじゆくながら、御覽下ごらんくださいましとて、絹地きぬぢ大幅たいふくそれひらく。
画の裡 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼は蠅男と決戦をする為にわざとそう云う機会を作ったのだった。最初宝塚ホテルで糸子に「いやらしい人」と腹を立てるよう頼んだのも帆村の計略だった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
わざと細君の方へは一瞥をも呉れずにゐるが、耳は絶えず細君を中心とせる其場の光景に引立てられてゐる。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
と、武村兵曹たけむらへいそうわざ元氣げんきよく言放いひはなつて、日出雄少年ひでをせうねん首筋くびすぢいだいた。二名にめい水兵すいへいさびかほ見合みあはせた。
髪などもわざと或る時代を現す一定の型に結はさないで、顔の輪郭なども出来るだけ自分の考へてゐるやうに直したが、どうも十分には私の心持ちが現れなかつた。
女の顔:私の好きな (新字旧仮名) / 黒田清輝(著)
みのるは買つて來た小さいパンを袋から出して、土間の中まで追つて來たメエイにちぎつて投げてやりながら、わざといつまでも明りのついた義男の方を向かずにゐた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
わざと申遣し候。天人天下り成され候て、ゼンチヨどもは、デウス様より火のスイチヨ成され候間、何者なりとも切支丹に成り候はば、こなたへ早々御越しあるべく候。
わざとらしく俯伏うつぶいてゐたが、其處そこへ女房がなしを五つばかり盆に載せ、ナイフをへて持つて來たので、顏を上げてそれを受け取ると、器用きような手付きで梨の皮をいて
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
こんなふうにさとして、沢庵はわざとすげなく青木丹左をそこからほどなく立たせてやったのであった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、アリゾナの気候などを話している時には、可愛らしく微笑して、すっかり普通の時のように見える。その様子が如何にもわざとらしく、天性の俳優のように思われた。
アリゾナの女虎 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
顔は茶色でそれを囲つたかつらの葉は萌黄もえぎの塗りは灰色がかつたお納戸なんどである。塀はわざとらしく庭の中から伸び余つた蔓ぐさであつさりと緑の房を掛けさせてあるのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
わざこはい顏をしますと、千代は驚いて女中部屋の方へ駈けて參りました。千代は正直者だから、斯ういふ風に言へば、きつとお時を寄越さずには置くまいと思つたのです。
反古 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
此奴こいつ怪しいと思つたから、何をてるんだ! とわざでかい声をけて遣つた。すると、猫のやうな眼で、ぎよろツと僕を見て、そしてがさ/\と奥の方に身を隠して了つた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
それは公衆におのれの心を開き示さんとする習癖であり、やかましく意中を吐露せんとする、わざとらしいつまらない性癖であった。言うべきこともないのに常に口をきいていた。
『ママさん、あの手紙出しましたか』と聞きますから、わざと『はい』と申し居ります。
思い出の記 (新字新仮名) / 小泉節子(著)
と、少しく失望して来る私の心は、容易たやすく「えゝつ!」といつたやうな気分を誘ひ出して、折角気をつけて白いのに替へたテーブルクロスに、わざと汁でもこぼしてやりたいやうな気になる。
脱殻 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
「美しき多くの人の、美しき多くの夢を……」とひざいだく男が再び吟じ出すあとにつけて「縫いにやとらん。縫いとらば誰に贈らん。贈らん誰に」と女はわざとらしからぬさまながらちょと笑う。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御主人ヘ被対むかわせられ如何ト奉存候、此儀私ニハ御構不被成候おかまいなされずそろ可然しかるべく奉存候、此段御直ニ可申上ト存候ウトモ御承引ナサルマジク候ニ付、わざ不申候もうさずそろ爰元ここもとヘ参居シ、御船ノ儀ハ幾重ニモ御断申候おことわりもうしそろ
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
かれ今に至るまで、その溺れし時の種種のわざ、絶えず仕へまつるなり二三
私は今の先、一人の工夫が余りな生活難のため、発作的に気を取り乱し、丁度其処へ走って来たトラックの車輪の下へわざと手を差し込んで、レールをまないたに、四本の指を断ち切って了ったのを見た。
ラ氏の笛 (新字新仮名) / 松永延造(著)
わざと知らせて馬鹿ばかがらせてよろこばせれば、大面先生おほづらせんせい横平よこひらたく、其面そのつらまはし、菊塢きくう可笑をかしやつだ、今度の会は彼処あすこもよほしてやらうと有難ありがたくない御託宣ごたくせん、これが諸方しよはう引札ひきふだとなり、聞人達もんじんたち引付ひきつけ
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
彼はちょっと立ち停まって、かがんだからだをわざとぐっと伸ばした。
と呉羽之介はわざと高く呼びました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「何?」わざと聞返したのである。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)