微笑ほゝゑ)” の例文
我たゞ微笑ほゝゑめるのみ、されどそのさまめくばせする人に似たれば、かの魂口を噤み、心のいとよくあらはるゝ處なる目を見て 一〇九—一一一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
と夫人は、の海岸に着いたことを子供に知らせるやうに、独り口の中で言つて見た。そして周囲あたりを見廻して寂しさうに微笑ほゝゑんだ。
灯火 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
やゝ上気した頬の赭味あかみのために剃つた眉のあとが殊にあをく見える細君はかう云ひ乍ら羞ぢらひげに微笑ほゝゑんだ会釈ゑしやくを客の裕佐の方へなげ
只夫婦が市場へ曳いて行く籠の中には青瓜が油ぎつたつやゝかさを保つて白瓜が依然として美しい白さを保ちながら微笑ほゝゑんで居ました。
白瓜と青瓜 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「レコが入つてたんやろ。……あの人も雪隱で拍手を叩くなんて、少し傳染うつつて來たかなア、おきちが。」と千代松は微笑ほゝゑんだ。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
娘の被つてゐる帽子の薔薇の花が、腰を掛けてゐるベンチの背中の木彫の天使のあごをくすぐると見えて、天使は微笑ほゝゑんでゐる。
駆落 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
「あゝ君は一つ囃子方はやしかたになり給へ。」遠野が道助に云つた。道助は漠然と微笑ほゝゑみながらバネのゆるんだ自働人形のやうに部屋の中を歩き廻つた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
この有名な話をドンリヷルが僕等に語ると、ムネ・シユリイは微笑ほゝゑんで「うだ、まつたくタルマがボン、ジユウルと言つてうなづいた様に感ぜられた」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
吾妻は微笑ほゝゑみつ「なに、郷里へ一寸ちよつと帰つただけのです、今晩あたり多分帰京かへつた筈です、で、罪名は何とする御心算おつもりですネ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
思ひがけなく私に出會であつてもそれを喜ぶものゝやうに、いつも何か一口言葉をかけたり、時に微笑ほゝゑみも見せるのであつた。
美女たをやめまたかぞへて、鼓草たんぽゝこまつて、格子かうしなかへ、……すみれはないろけて、しづか置替おきかへながら、莞爾につこ微笑ほゝゑむ。……
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
やがて鶴吉は車に乗つてお末を膝の上にかゝへて居た。お末は兄に抱かれながら幽かに微笑ほゝゑんだ。骨肉の執着が喰ひ込むやうに鶴吉の心を引きしめた。
お末の死 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
『どうだ、なんとも言葉ことばないだらう』とつて王樣わうさまは、微笑ほゝゑみながら法廷はふてい見廻みまはされました。法廷はふていしんとしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「どつちも好きでございますつて。」と、おくみは微笑ほゝゑみながら、坊ちやんの膝の上にこぼれた麺麭の屑を拾つた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
彼の後ろのみかど座へ通ずる出入口には、暇になつた案内女たちが二三人、青い服を着て微笑ほゝゑみ乍ら見てゐた。手品師は時々その方をちらりと見捨てた。
手品師 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
この媼は初め微笑ほゝゑみつゝ我を見しが、俄に色を正して、我面を打ちまもりたるさま、傍なる木に寄せ掛けたる木乃伊みいらにはあらずや、と疑はる。暫しありていふやう。
一体ヱネチアと云ふ土地ではさうせずにはゐられぬ事になつてゐる。君も己もヱネチアの子だから為様しやうが無い。二人の痴戯ちきを窮めるのを見て、レオネルロは微笑ほゝゑんだ。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
かれは人に捕へられて、憎悪ぞうをあまり、その火の中に投ぜられたのであらうか、それとも又、ひと微笑ほゝゑんで身をその中に投じたのであらうか。それは恐らく誰も知るまい。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ところがそれが偶然ぐうぜん御米およねのためにめう行爲かうゐ動機どうき構成かたちづく原因げんいんとなつた。過去くわこ週間しうかんをつと自分じぶんあひだおこつた會話くわいわに、不圖ふとこの知識ちしきむすけてかんが彼女かのぢよ一寸ちよつと微笑ほゝゑんだ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
女は此詞を聞いて微笑ほゝゑんだ。「これは思つたよりは話せる人らしい」と心のうちに思つたのである。
ふとした拍子ひやうしに、縁側ゑんがは障子しやうじ硝子戸ガラスどごしにえた竹村たけむら幼児えうじに、奈美子なみこはふと微笑ほゝゑみかけた。
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「いやにふけちまつたでせう。みんなさうつてよ。」とおいとは美しく微笑ほゝゑんで紫縮緬むらさきちりめん羽織はおりひもの解けかゝつたのを結び直すついでに帯のあひだから緋天鵞絨ひびろうど煙草入たばこいれを出して
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ぞろりとした立派な絹物ぐるみで、若い美しい女房と二人連で、祇園の夜桜だの、鴨川の納涼だの、といつて暢気のんきに遊び歩いて居る自分の姿を空想に描いて独り微笑ほゝゑんだ。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
裏庭の方の障子は微白ほのじろい。いつの間にか仲働が此處こゝの雨戸丈はけたのである。主人はそばに、夜着の襟に半分程、赤く圓くふとつた顏を埋めて寢てゐる娘を見て、微笑ほゝゑんだ。
半日 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
己は此詞に力を得て微笑ほゝゑんだ。そして兄と一しよに竪町の家に往て、ラゴプス鳥を注文した。
(新字旧仮名) / グスターフ・ウィード(著)
そして、幽かに脣を歪めて微笑ほゝゑんだ。其處にも此處にも、幽かに微笑んだ生徒の顏が見えた。
足跡 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
ソロドフニコフは随分妙な目に逢ふものだと思つて、微笑ほゝゑみながら閾を跨いだ。
玄関の板間いたのまに晨は伏目ふしめに首を振りながら微笑ほゝゑんで立つて居た。榮子は青味の多い白眼がちの眼で母をじろと見て、口をゆがめた儘障子に身を隠した。格別大きくなつて居るやうではなかつた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
見て心中に點頭うなづき時分はよしと獨り微笑ほゝゑあたりを見廻せばかべに一筋の細引ほそびきを掛て有に是屈竟くつきやう取卸とりおろし前後も知らず寢入ねいりしばゝが首にまとひ難なくくゝり殺しかね認置みおきし二品をうばとり首に纒ひし細引ほそびき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「何? 君は新聞を読まないね」さう云つて理学士が微笑ほゝゑむだ。「ハレー彗星を二度も見覚えるといふやうな、長寿な人は先づ少ないよ。七十五年が一まはりで、地球のそばに来るのだからね」
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
此樣こん野郎やらう糸織いとおりぞろへをかぶつたところがをかしくもいけれどもとさびしさうな笑顏ゑがほをすれば、そんならきつちやんおまへ出世しゆつせときわたしにもしておれか、其約束そのやくそくめてきたいねと微笑ほゝゑんでへば
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
己の這入つて来たのを見て、気の散つてゐる様子で微笑ほゝゑんで云つた。
母も亦微笑ほゝゑみかへせば……小天使、やがて空へとすべり出で
老女は男の容姿を暫し眺め居たりしが微笑ほゝゑみながら
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
強き女子等によしら搖籃えうらんそばに歌ひて微笑ほゝゑまむ。
(旧字旧仮名) / アダ・ネグリ(著)
客は微笑ほゝゑみながら云つた。
微笑ほゝゑみてうたひつゝあり
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
急に、羽織を脱ぎ捨てゝ、そこにある打球板ラッケットを拾つたは丑松だ。それと見た人々は意味もなく笑つた。見物して居る女教師も微笑ほゝゑんだ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ベルナルドは、我をして仰がしめんとて、微笑ほゝゑみつゝ表示しるしを我に與へしかど、我は自らはやその思ふごとくなしゐたり 四九—五一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
微笑ほゝゑみつゝ小池は、そばに寄つて來たお光に、遠くから見ればキツスでもしてゐるかと思はれるほど、顏を突き附けて言つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「どうしてだらう、あれを描いて呉れてた時分からまだ半月も経たないよ、」と道助が微笑ほゝゑみながら答へた。すると遠野は急に道助の肩を揺すつて
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
私はベシーの率直な答へに微笑ほゝゑんだ。私はその通りだつたとは思つたが、しかし白状すれば、私はその意味に對して全然無頓着ではゐられなかつた。
まくらならべた上人しやうにん姿すがたおぼろげにあかりくらくなつてた、早速さつそく燈心とうしんあかるくすると、上人しやうにん微笑ほゝゑみながらつゞけたのである。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
安達夫人と共に船ばたに立ちさふらひしに、夕映ゆふはえの際立ちてきらやかに美しく見え申してさふらへば、その奥なるアフリカのりくも思ひ遺られて微笑ほゝゑまれも致しさふらひし。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
國王陛下の護衞たる一將校なり。(微笑ほゝゑみつゝ)拿破里ナポリの名族にて、世の人は第一に位すとぞいふ。そは僞にもあらざるべし。就中なかんづくわがをばは頗るこれに重きを置けり。
圭子は微笑ほゝゑましげに見てゐたが、まごついてゐるのに気がつくと、急いで受話器を取りあげた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
高い糸杉の木、倒れてゐる柱形の墓石、僕に手を握らせて微笑ほゝゑんでゐる若い女の顔。こんな物が又目に浮ぶ。併しどうもその場合に、僕は局外者になつてゐるやうでならない。
不可説 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
夫婦ふうふかほ見合みあはして微笑ほゝゑんだ。もうすこらずにいて見樣みやうぢやないかとつて、らずにいた。すると道具屋だうぐやまたた。またらなかつた。御米およねことわるのが面白おもしろくなつてた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
たゞ「坊主く来た」と云つて、微笑ほゝゑみつゝ頭をでゝくれたことだけを、かすかに記憶してゐる。両親と母とには、余り逗留とうりうが長くなるので、一寸ちよつと逢ひに帰つたと云つたさうである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「驚いたことねエ、河鰭さん、」と微笑ほゝゑみつゝ花吉は、小盃ちよくを手にしてスイと起てり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)