処々ところどころ)” の例文
旧字:處々
何万年のながい間には処々ところどころ水面すいめんから顔を出したりまた引っんだり、火山灰や粘土が上につもったりまたそれがけずられたりしていたのです。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
船頭は竿さをを弓のやうに張つて、長い船縁ふなべりを往つたり来たりした。竿さをを当てる襦袢じゆばん処々ところどころ破れて居た。一竿ひとさを毎に船は段々とくだつて行つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
弥左衛門町の横町に這入ると、急に街幅が狭く、日当りが悪くなって、二三日前の雨の名残なごりが、まだ処々ところどころぬかるみになって残っている。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
太い、黒い烟突えんとつが二本空に、突立つきたっていた。その烟突は太くて赤錆が出ているばかりでなく、大分破れてあな処々ところどころにあいている。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これを見ると、デビーの友人の事から、旅行中の研究もわかり、これに処々ところどころの風景や見聞録を混じているので、非常に面白い。
月の光を浴びて身辺処々ところどころさんたる照返てりかえしするのは釦紐ぼたんか武具の光るのであろう。はてな、此奴こいつ死骸かな。それとも負傷者ておいかな?
あおい海に沿った、遠くに緑の半島がかすみ、近くには赤い屋根のバンガロオが、処々ところどころに、点在する白楊はくよう並木路なみきみちを、曲りまわって行きました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
橋は、雨や雪にしらっちゃけて、長いのが処々ところどころうろこの落ちた形に中弛なかだるみがして、のらのらとかかっているその橋の上に茫然ぼんやりと。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
無論一体にきずだらけで処々ところどころ鉛筆の落書のあととどめて、腰張の新聞紙のめくれた蔭から隠した大疵おおきずそっかおを出している。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ある雨の日、小学校より帰る子どもこの山を見るに、処々ところどころの岩の上に御犬うずくまりてあり。やがて首をしたよりしあぐるようにしてかわるがわるえたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いまの奈良市街は雑然とした観光地であって、ただ処々ところどころにこうした古さびた面影おもかげを残しているにすぎない。いにしえの平城京はすでに廃墟はいきょと化して一面の田畑である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
京子はしきりに千世子の古い処々ところどころ本虫しみの喰った本を出してはせわしそうにくって居るのを見て
千世子(三) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ただし貝の化石は湯田というところよりいづるよしにて処々ところどころに売る家あり、なかなか価安からず。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
小石川春日町こいしかわかすがまちから柳町やなぎちょうさすちょうへかけての低地から、本郷ほんごう高台たかだいを見る処々ところどころには、電車の開通しない以前、即ち東京市の地勢と風景とがまだ今日ほどに破壊されない頃には
ふりかえれば森田の母子と田中君なり。連れ立って更に園をめぐる。草花に処々ところどころ釣り下げたる短冊たんざく既に面白からぬにその裏を見れば鬼ころしの広告ずり嘔吐を催すばかりなり。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
梅のほかには一木いちぼく無く、処々ところどころの乱石の低くよこたはるのみにて、地はたひらかせんきたるやうの芝生しばふの園のうちを、玉の砕けてほとばしり、ねりぎぬの裂けてひるがへる如き早瀬の流ありて横さまに貫けり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
白塗のスマートな奴が処々ところどころ装飾的に組まれてあるだけで、とんと頼りにならない。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
同じ新開の町はづれに八百屋と髪結床かみゆひどこ庇合ひあはひのやうな細露路、雨が降る日は傘もさされぬ窮屈さに、足もととては処々ところどころ溝板どぶいたの落し穴あやふげなるを中にして、両側に立てたる棟割むねわり長屋
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
川がありまして、土堤どてが二三ヶ所、処々ところどころ崩れているんだそうで御座ございます。
夜釣の怪 (新字新仮名) / 池田輝方(著)
黄ばんだ葉もなかば落ち切らない上に、何百年間か張りはびこった枝が、小さな森くらいに空をくぎってこんもりと影を作り、その処々ところどころに、尨大ぼうだいまりの様な形に、くずつるのかたまりが宿って居るので
トシオの見たもの (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
福済寺ふくさいじにわれ居り見ればくれなゐに街の処々ところどころ百日紅さるすべりのはな
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
処々ところどころでは、楽隊がブカ/\鳴っていた。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
ペラペラの桃色の寒天で空が張られまっ青なやわらかな草がいちめんでその処々ところどころにあやしい赤や白のぶちぶちの大きな花が咲いていました。
若い木霊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
なびくに脈を打って、七筋ながら、処々ところどころ、斜めに太陽の光を浴びつつ、白泡立ててうずまいた、そのすごかった事と云ったら。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わからないと母親おっかさんが云うもんですから……処々ところどころ拾い読みしてもらってもチンプンカンプンですから……ただ金兵衛さんの名前が所々ところどころに書いてあって
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今少し前に一つ橇が通ったと見えて踏み落ちた足跡やら、処々ところどころ光った橇の跡が付いていた寒い日であった。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
東京から毎日来る小蒸気は、其頃ペンキ塗の船体を処々ところどころ埠頭はとばの夕暮の中に白くくつきりと見せて居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
処々ところどころたてぬしの伝記、家々いえいえの盛衰、昔よりこのごうおこなわれし歌の数々を始めとして、深山の伝説またはその奥に住める人々の物語など、この老人最もよく知れり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
歌麿と相並んで豊国もまた『絵本時世粧いまようすがた』において見る如く、しわだらけの老婆が髪を島田に結ひ顔には処々ところどころ膏薬こうやく張りむしろかかへて三々伍々さんさんごご相携へて橋辺きょうへんを歩む夜鷹よたかを写生したる画家なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私を起して下され、何故か身体からだが痛くてと言ふ、それは何時も気の立つままに駆けいだして大の男にとらへられるを、振はなすとて恐ろしい力を出せば定めし身も痛からう生疵なまきず処々ところどころに有るを
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
千世子は、こぼれそうなからだ処々ところどころを細いのやふといやの紐でくくって居る様な京子の体を時々ジロジロ見ながら、自分の今書こうとして居る筋を話して聞かせたり一寸した有りふれた話をした。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
みちすがら前面むかひがけ処々ところどころ躑躅つつじの残り、山藤の懸れるが、はなはだ興有りと目留まれば、又このあたりこと谿浅たにあさく、水澄みて、大いなる古鏡こきようの沈める如く、深くおほへる岸樹がんじゆは陰々として眠るに似たり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
……雨水が渺々びょうびょうとして田をひたすので、行く行く山の陰は陰惨として暗い。……処々ところどころいわ蒼く、ぽっと薄紅うすあかく草が染まる。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それに連れて読んで行く速度が次第に遅くなって、処々ところどころは意味が通じないらしく二三度読み返した処もあった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
広い灰色の原には処々ところどころに黄色い、白い、赤い花が固って、砂地に白い葉を這って、地面から、浮き出たように、古沼に浮いているように一固ひとかたまずつ其処此処そこここに咲いている。
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
岸のともしが明るく処々ところどころいて居た。誰か大な声を立てゝ土手の上を通つて行つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
白木屋の店頭に佇立たたずむと、店の窓には、黄色の荒原の処々ところどころに火の手の上っている背景を飾り、毛衣けごろもで包んだ兵士の人形を幾個いくつとなく立て並べてあったのが、これ又わたくしの眼を驚した。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
権兵衛茶屋のわきから蕎麦そばばたけや松林まつばやしを通って、煙山の野原に出ましたら、向うには毒ヶ森や南晶山なんしょうざんが、たいへん暗くそびえ、その上を雲がぎらぎら光って、処々ところどころにはりゅうの形の黒雲もあって
鳥をとるやなぎ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
愛媛県の方に来ると、鹿の角何本というのがまだ処々ところどころに残っているが、一方には色々の言いかえが始まり、それも九州ほどには統一していない。最も簡単な、しかしかなんぼ以外に、たとえば
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
乾坤けんこんの白きに漂ひて華麗はなやかに差出でたる日影は、みなぎるばかりに暖き光をきて終日ひねもす輝きければ、七分の雪はその日に解けて、はや翌日は往来ゆきき妨碍さまたげもあらず、処々ところどころ泥濘ぬかるみは打続く快晴のそらさらされて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
人を馬鹿ばかにしているではありませんか。あたりの山では処々ところどころ茅蜩殿ひぐらしどの、血と泥の大沼になろうという森をひかえて鳴いている、日はななめ渓底たにそこはもう暗い。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は、家へはいると、外で見たよりも、一層いっそう陰気を感じた。そして、急な狭い、暗い梯子段を上った。つきあたりの六畳を、これかと思って覗いた。壁は処々ところどころ壊れていた。
貸間を探がしたとき (新字新仮名) / 小川未明(著)
なおよく気をつけて見ると、頭の上には空があって、処々ところどころその雲の間から星が光っています。
オシャベリ姫 (新字新仮名) / 夢野久作かぐつちみどり(著)
いろいろな服装や色彩しきさいが、処々ところどころに配置された橙や青の盛花もりばなと入りまじり、秋の空気はすきとおって水のよう、信者たちもまたさっきとは打って変って、しいんとして式の始まるのを待っていました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ほかの地方にはべつに名はないが、このかるいの方法は奈良県の吉野よしの地方、その他、処々ところどころの山村にまでのこっている。そうして一方の木製の台は、名も形も土地ごとにことなっているのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
歩いて行くうちいつか浅草あさくさ公園の裏手へ出た。細い通りの片側には深いどぶがあって、それを越した鉄柵てつさくの向うには、処々ところどころの冬枯れして立つ大木たいぼくの下に、五区ごく揚弓店ようきゅうてんきたならしい裏手がつづいて見える。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
処々ところどころ、山の尾が樹の根のようにあつまって、広々とした青田あおたかかえたところもあり、炭焼小屋を包んだ処もございます。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十月だから朝風は相当冷めたかったが、船の中はモウ十二分に酒がまわって、処々ところどころ乱痴気騒らんちきさわぎが初まっている。吾輩の講演なんかどこへ飛んで行ったか訳がわからない状態だ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
町から少しはなれ家根やね処々ところどころに見える村だ。空は暗く曇っていた。おしまという病婦が織っているはたの音が聞える。その家の前に鮮かな紫陽花あじさいが咲いていて、小さな低い窓が見える。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
もの音ばかりすさまじく、両側の家はただ、黒い墓のごとく、寂しいまでにひそまり返って、ただ処々ところどころひさし真赤まっかな影は、そこへ火を呼ぶか、とすごいのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)