一間ひとま)” の例文
一体二絃琴の響は一間ひとまへだてた方が丸味をおびてよいものだが、しかし、それは弾手の耳と、趣味の深さ浅さによるは論をまたない。
入口のふすまをあけてえんへ出ると、欄干らんかんが四角に曲って、方角から云えば海の見ゆべきはずの所に、中庭をへだてて、表二階の一間ひとまがある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一間ひとま通り越して奥まったところに八畳ほどの洋間があった。白いシーツの懸っている寝台があったが、こいつが少しねじれていた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして五か月の恐ろしい試練の後に、両親の立ち会わない小さな結婚の式が、秋のある午後、木部の下宿げしゅく一間ひとまで執り行なわれた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
伏したるはなき人なるべし。竈の側なる戸を開きて余を導きつ。この処は所謂いはゆる「マンサルド」の街に面したる一間ひとまなれば、天井もなし。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
桟敷さじき五人詰一間ひとまあたい四円五十銭で世間をおどろかした新富座——その劇場のまえに、十二、三歳の少年のすがたが見いだされる。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
半次郎はんじろうが雨のの怪談に始めておいとの手を取ったのもやはりかかる家の一間ひとまであったろう。長吉は何ともいえぬ恍惚こうこつと悲哀とを感じた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのののしり合う声々を戸外そとに聞いて、田丸主水正は、ここ作爺さんの住居すまい……たった一間ひとまっきりの家に、四角くなってすわっている。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
芝居町のまがきという茶屋の前まで来て、かごを捨てると、奥まった一間ひとまに通って、糸目をつけぬ茶代や、心づけを、はずんだが
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そのために、彼は、叡山から報復しかえしに来る者があっても、一切顔を出すなといわれ、一間ひとまのうちに、恐縮して首をすくめていたのだ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
といって、ある日そっとむすめあとから一間ひとまはいってきました。そしてむすめ一心いっしんかがみの中に見入みいっているうしろから、けに
松山鏡 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「ところが分った事がある。……何しろ、私が、昨夜ゆうべ、あの桟敷へ入った時、空いていた場所は、その私の処と、隣りに一間ひとま、」
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一間ひとま隔てて老夫婦の部屋があるので、彼らがおいの寝覚めの物語でも交しているのかと想像したが、それにしては人声が遠すぎる。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
我血は湧き返りて、渾身震ひ氣息ふさがりたり。此時人の足音して一間ひとまの扉は外より開かれ、主人はフエデリゴと共に入り來りぬ。
一間ひとまへだてた客間では話し声と、ナイフや皿のがちゃ/\鳴る音がしていました。二人は食事をしていて、ベルの音が聞えなかったのです。
と、挨拶すると、老人は、信祝が合図のひもを引いて、鈴を鳴らすのも待たないで、ふすまをあけた。一間ひとまへだたった所にいた侍が、周章あわてて立つと
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
戸と云う戸、障子と云う障子、窓と云う窓を残らず開放あけはなし、母屋おもやは仕切の唐紙からかみ障子しょうじを一切取払うて、六畳二室板の間ぶっ通しの一間ひとまにした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
五位は、利仁のやかた一間ひとまに、切燈台の灯を眺めるともなく、眺めながら、寝つかれない長の夜をまぢまぢして、あかしてゐた。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
露国に止まることを勧むれから或日あるひの事で、その接待委員の一人が私の処に来て、一寸ちょいとこちらに来てれろといって、一間ひとまに私を連れていった。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「え、私の家ですかな? ……ええまあ随分広うごすなあ」——その実多四郎は家ときたら一間ひとましかない裏店うらだななのである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
夢かとばかり驚きながら、たすけ參らせて一間ひとませうじ、身ははるかに席を隔てて拜伏はいふくしぬ。思ひ懸けぬ對面に左右とかうの言葉もなく、さきだつものは涙なり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
そして、一間ひとまに閉じ籠ったまま、誰とも顔を合せないようにしていた。彼としては、何よりもおしおにした約束を果さなかったことが気に懸った。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
ほかに六じょう二間ふたま台所だいどころつき二じょう一間ひとまある。これで家賃やちんが十円とは、おどろくほど家賃も高くなったものだ。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
おのおの静に窓前の竹の清韻せいいんを聴きて相対あひたいせる座敷の一間ひとま奥に、あるじ乾魚ひものの如き親仁おやぢの黄なるひげを長くはやしたるが、兀然こつぜんとしてひとり盤をみがきゐる傍に通りて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
今自分はこうして淋しい山の中へ来て唯一間ひとましかない所の狭い家に住んでいるけれども精神は真に平安で、毎日毎日を非常に楽しく暮しているのである。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
突然、一間ひとま置いた向の部屋から、冗談らしく怒鳴る聲がして、障子のあく音が續いた。三田の部屋が東の端とすると、その部屋は縁つゞきの西の端になる。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
もう幾日いくにち学校がっこうやすんで、一間ひとまにねていました。そのうちに、あきもふけて、いつしかふゆになりかかり、がらしがいえのまわりに、きすさんだのであります。
町の天使 (新字新仮名) / 小川未明(著)
珠運思い切ってお辰の手を取り一間ひとまうちに入り何事をか長らく語らいけん、いずる時女の耳のあかかりし。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして焼けた後しばらくは、近くに馬小屋とかがあって、馬丁のいたその一間ひとまに、石橋様というお大尽だいじんも、お嬢様たちも住んでいられたようであったというのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
こは何事なにごとやらんとむねもをどりてふしたる一間ひとまをはせいでければ、いへあるじ両手りやうてものさげ、水あがり也とく/\うら掘揚ほりあげ立退たちのき給へ、といひすてゝ持たる物を二階へはこびゆく。
細き枝に蝋燭ろうそくほのおほどの火燃え移りてかわるがわる消えつ燃えつす。燃ゆる時は一間ひとまのうちしばらくあかし。翁の影太く壁に映りて動き、すすけし壁に浮かびいずるは錦絵にしきえなり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
れいの通りおく一間ひとまにて先生及び夫人と鼎坐ていざし、寒暄かんけん挨拶あいさつおわりて先生先ず口を開き、このあいだ、十六歳の時咸臨丸かんりんまるにて御供おともしたる人きたりて夕方まではなしましたと、夫人にむかわれ
十五年という永い年月の間、彼女はこうして一間ひとまにとじ籠ったまま、じッと動かなかった。
狂女 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
……それ、その一間ひとまへだてた向うのふすまの中には、現在この俺を生んだ母が何か喋舌しゃべっているではないか。それがこの俺の耳に今聞えているではないか。そら! その襖が開くぞ。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
海禪は又小さい声で「挨拶するから此方こっち這入へえれよ」んな声で云ってもなまりが違いますから露顕しそうなものだが、そこは夢中で小兼が問掛けると、半治は一間ひとまから飛出しまして
八カ月もの間、壁と壁と壁と壁との間に——つまり小ッちゃい独房の一間ひとまに、たった一人ッ切りでいたのだから、自分で自分の声をきけるのは、ひとごとでもした時の外はないわけだ。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
下にもまだ八畳が一間ひとまあったが、其処には姿見がなかった。同じような部屋でありながら、間代が其処より此処の方が三割方高かったのは、半分は此姿見の為だったかとも思われる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
引き合わすと云っても、向うは一間ひとま隔てた部屋の床の間にいるのに、遥かこっちで平伏でもないが、坐っているわけなんです。一遍で参っちゃって、その後行きませんでしたよ。呵々。
私は隠居ではない (新字新仮名) / 吉田茂(著)
青眼先生は占めたと思いまして、なおも提灯を地面にさし付けて、紅玉ルビーを探しながら、だんだんと跡を付けて行きますと、その跡は一間ひとま置いて隣りのへやの窓の下に来て止まっています。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
朝、人々が眼を覚した時には、船はある小さな埠頭はとばに留つて居た。朝霧の晴れ間から、青い蚊帳かやを吊つた岸の二階屋の一間ひとまが見えたり、女が水に臨んで物を洗つて居るのが眺められたりした。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
はじめは宿屋の亭主もわたしたちに目をくれようともしなかった。けれども親方のもっともらしい様子がみごとにかれを圧迫あっぱくした。かれは女中に言いつけて、わたしたちを一間ひとまへ通すようにした。
鶯や婿むこに来にける子の一間ひとま 太祇たいぎ
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
きゝ道理もつともの願なりゆるし遣はすへだたれば遲速ちそくあり親子三人一間ひとまに於て切腹せつぷくすべければ此所へ參れとの御言葉に用人はかしこまり此旨このむね奧方おくがたへ申上げれば奧方には早速さつそく白裝束しろしやうぞくあらためられ此方の一間へ來り給ひなみだこぼさず良人をつとそばざして三人時刻を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
裁物たちものにせばき一間ひとまや冬籠 夕市
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
一間ひとまにこそはあゝ……」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
暗い一間ひとまを脱け出して
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
半次郎はんじらうが雨の怪談くわいだんに始めておいとの手を取つたのも矢張やはりかゝる家の一間ひとまであつたらう。長吉ちやうきちなんともへぬ恍惚くわうこつ悲哀ひあいとを感じた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
権之助の家へ戻って来てから、着のみ着のまま、一間ひとまを借りて横になったが、小鳥の声がし始める頃は、もう眼をさましていた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一間ひとまこもったまま足腰のきかなかったおばあさんが、ふとかげをかくして、行方知れずになったということがあるというのです。
糸繰沼 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
俳優の共進会と噂されたほどの大一座おおいちざであっただけに、入場料の高くなるのもまた自然の結果で、桟敷さじき一間ひとまが四円五十銭というのであった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)