足駄あしだ)” の例文
(急に低くなりますから気をつけて。こりゃ貴僧あなたには足駄あしだでは無理でございましたかしら、よろしくば草履ぞうりとお取交とりかえ申しましょう。)
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
佐吉と滝蔵が、傘と足駄あしだをならべて、ほしていた。炭屋が来ていた。炭屋は、切った炭に、井戸から水をくんで行って、かけていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その店先の雨明あまあかりの中に、パナマ帽をかぶった賢造は、こちらへうしろを向けたまま、もう入口に直した足駄あしだへ、片足下している所だった。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「まあ、この子!」年増はいきなり女の子の背をばちでついた。女の子は足駄あしだをころばすと、よろよろして、見ていた人の足元にのめった。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
貧家に育てられたらしい娘は、わたくしよりも悪い天気や時候には馴れていて、手早くすそをまくり上げ足駄あしだを片手に足袋たびはだしになった。
雪の日 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ところどころには湧水わきみずもあり、又みちの砂だってまっ白で平らでしたから耕一は今日も足駄あしだをぬいで傘と一緒いっしょにもって歩いて行きました。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
御米ここから出かけるには、どこへ行くにも足駄あしだ穿かなくっちゃならないように見えるだろう。ところが下町へ出ると大違だ。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
四斗樽しとだるを両手に提げながら、足駄あしだ穿いて歩くと云う嘉助は一行中で第一の大力だった。忠次が心の裡で選んでいる三人の中の一人だった。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
こののこぎりなんなくれる家尻やじりを五つましたし、角兵ヱかくべえ角兵ヱかくべえでまた、足駄あしだばきでえられるへいを五つました。
花のき村と盗人たち (新字新仮名) / 新美南吉(著)
呼吸いき苦しそうな声である。長庵方の施療患者、浪人藤掛道十郎である。足駄あしだを穿き雨傘を持ちしょんぼりとして立っている。
村井長庵記名の傘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その晩は雨がしとしと降っていたので、お米は番傘をかたむけて急いでくると、途中で足駄あしだを踏みかえして鼻緒をふっつりと切ってしまった。
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
沼南夫人のジャラクラした姿態なりふりや極彩色の化粧を一度でも見た人は貞操が足駄あしだ穿いて玉乗たまのりをするよりもあぶなッかしいのを誰でも感ずるだろう。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
足駄あしだの歯はすれて曲がって、歩きにくいこと一通りでなかった。駒下駄こまげたよりはいいが、ハネはやっぱり少しずつあがった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
連日れんじつの雪や雨にさながらぬまになった悪路に足駄あしだを踏み込み/\、彼等夫妻はなまりの様に重い心で次郎さんの家に往った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
身体からだ全体が頭と胴で出来ていて、足などはほんの申訳もうしわけに着いている様だった。高い朴歯ほおば足駄あしだをはいた太短ふとみじかい足が地上二三寸のところでプラプラしていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ヘン嫌いどころか好きも好き、足駄あしだ穿いて首ッ丈と云う念の入ッたおッこちようだ。すこ水層みずかさが増そうものならブクブク往生しようと云うんだ。ナア内海」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
主婦はいつもこの雨のふるのにお風呂ですかと聞くが、自分は雨が降るから出掛けるのである。門を出ると傘をたたく雨の音も、高い足駄あしだの踏み心地もよい。
やもり物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
続いて田あるじのおきなが怪しげな着物にひもも結ばず、破れた大笠をさし足駄あしだをはいて悠然として練って行く。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
むこうは大々名のお姫さま、こっちはいかにも駕籠の虫だが、恋をへだてるせきはねえ。こんな杓子面でも恋しくてならねえと言われます。足駄あしだをはいて首ったけ。
按摩は悲しそうな笛のを立て、高い足駄あしだをはいて、杖でさぐりながら、こちらへ近よってきました。
現場の写真 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
駈けて来る足駄あしだの音が庭石につまずいて一度よろけた。すると、柿の木の下へ顕れた義弟が真っ赤な顔で、「休戦休戦。」という。借り物らしい足駄でまたそこで躓いた。
もちろん、まだそのままになっている死骸しがいのそばへ近づいていってみると、はかまに大小、白たび足駄あしだの藩士姿に変わりはないが、倒れている位置が少し違うのです。
兼好は山の庵へもどりかけたが、思い直したふうでそのまま傘をかかえ、酒つぼを提げ、足駄あしだの音も不器ッちょに、たそがれ近い洛東らくとう粟田口あわたぐちを、まごまごしていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
玄関にはいろいろの足駄あしだくつがならべてあったが、流行を作ろう、少なくとも流行に遅れまいというはなやかな心を誇るらしい履物はきものといっては一つも見当たらなかった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ふしぎにおもってそこらをお見回みまわしになりますと、くつぬぎにそろえてある足駄あしだかげに、豆粒まめつぶのようなおとこ一人ひとりになってつっっていました。宰相殿さいしょうどのはびっくりして
一寸法師 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
雪の降る日、九段坂の途中で、おさんが足駄あしだの鼻緒を切って困っていた。作次は自分の手拭を裂いて鼻緒をすげてやり、それから淡路あわじ町の鳥屋で、いっしょにめしを喰べた。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
歩きづめであるから足駄あしだの歯はぐんぐん減って行くが、新しいのを買うことができなかった。
日和ひより下駄でもなく、足駄あしだでもない中位の下駄、……晴雨兼帯というので実に奇妙なものだが、これはなかなか経済的、一つあれば随分長い間天気にかかわらず役に立つ……ただ
石につまずいてどうと横ざまに倒れる——この時まで壮士は足駄あしだを穿いていたものです。
正太しようたくゞりをけて、ばあとひながらかほすに、ひとは二三げんさき軒下のきしたをたどりて、ぽつ/\と後影うしろかげれだれだ、おいお這入はいりよとこゑをかけて、美登利みどり足駄あしだつツかけばきに
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それ以前にも三味線しゃみせんを肩に載せ、足駄あしだばきにねエさんかぶりなどという異様な行装こうそうで、春の野路のみちを渡り鳥のごとく、わめきつれてくる盲女の群があって、これも尋ねるとみな越後から来たとっていた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
やがて一つ自分も上って見ようと恐る恐る足駄あしだをふみ入れると
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
老婢は傘と足駄あしだとを置きて悄々すごすご還りぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
下駄げた足駄あしだぼつちやんに
草履ぞうり足駄あしだのとんからこ
赤い旗 (旧字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
足駄あしだ華靴はなぐつゆき
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そしてたしかに三時みときは経ったと思われる足駄あしだの歯跡が、通りから裏口の方へ点々として続いているのが、遠くから藤吉の眼にはいった。
きふひくくなりますからをつけて。こりや貴僧あなたには足駄あしだでは無理むりでございましたか不知しらよろしくば草履ざうりとお取交とりかまをしませう。)
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
父は田崎が揃えて出す足駄あしだをはき、車夫喜助の差翳さしかざ唐傘からかさを取り、勝手口の外、井戸端のそばなる雞小屋とりごや巡見じゅんけんにと出掛ける。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
御米およね此所こゝから出掛でかけるには、何處どこくにも足駄あしだ穿かなくつちやならないやうえるだらう。ところ下町したまちると大違おほちがひだ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
半七は町内の湯屋へ行って、け方からの小雨こさめのなかを帰って来ると、格子の内に女の傘と足駄あしだが見いだされた。
半七捕物帳:64 廻り灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
手に足駄あしだ穿ける乞食 い時につたものだ。もう二三日早かつたら、胴中どうなかに矢の穴が明いたかも知れぬ。
往生絵巻 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
雪の来たあとの道路は泥濘でいねいが連日かわかず、高い足駄あしだもどうかすると埋まって取られてしまうことなどもある。乗合馬車は屋根のおおいまではねを上げて通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
雨も降らぬのに足駄あしだをはいている、その足音が人通りのまれな舗道に高く寒そうに響いて行くのであった。
蒸発皿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さらにあわれをとどめたのは——大勢おおぜいの客を呼びあつめ足駄あしだばきで三ぼうにのっていた歯磨はみがき売りの若い男、居合いあいの刀を持っていたところから、一も二もなく目がけられて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と見ると茶店の方から古びた茶の中折帽なかおれぼうをかぶって、れいくせ下顋したあごを少し突出し、れ手拭を入れた護謨ごむふくろをぶらげながら、例の足駄あしだでぽッくり/\刻足きざみあしに翁が歩いて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
賊の出入口は、庭に面した湯殿の窓のほかにはない。波越警部は部下を引連れて庭に廻り、一足の足駄あしだの跡をたよりに、庭の奥、塀の外まで隈なく検べたが、何のる所もなかった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
やがて足駄あしだ歯入はいれ鋏磨はさみとぎ、紅梅の井戸端に砥石といしを据ゑ、木槿むくげの垣根に天秤てんびんを下ろす。目黒の筍売たけのこうり、雨の日にみの着て若柳の台所を覗くもゆかしや。
草あやめ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
雨はいつかんで、両側とも待合つづきの一本道には往来ゆききする足駄あしだの音もやや繁くなり、遠い曲角まがりかどの方でバイオリンを弾く門附かどづけの流行唄が聞え出した。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
足駄あしだでも長靴でもむやみに歩く訳にはゆきません。誰でもみちの真中に自然と細長く泥がき分けられた所を、後生ごしょう大事だいじ辿たどって行かなければならないのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)