表向おもてむき)” の例文
けれども表向おもてむき兄の承諾を求めると、とうてい行われにくい用件が多いので、自分はつい機会おりを見ては母のふところに一人かれようとした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
学校の規則もとより門閥もんばつ貴賤きせんを問わずと、表向おもてむきの名にとなうるのみならず事実にこの趣意をつらねき、設立のその日より釐毫りごうすところなくして
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そのいえではいささかの酒宴が催されました。父は今年六十。たとえ事情は何であっても、表向おもてむきいえ嫡子ちゃくしという体面をおもんずるためでしょう。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うむ、おれを。お貞、ずるい根性を出さないで、表向おもてむきに吾を殺して、公然、良人殺しの罪人になるのだ。お貞、良人ころしの罪人になるのだ。うむお貞。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いや、私は先代の亡くなった後、人のすすめで、入婿いりむこに入ったとは言っても、表向おもてむき祝言しゅうげんをしたわけではありません」
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
むろんそれは表向おもてむきで実はこの土地に隠れて居り、荒木と井上へ別々に発見されるようにして脅迫状を送ったのです。
海浜荘の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
母といもととは自分達夫婦と同棲どうせいするのが窮屈で、赤坂区新町に下宿屋を開業。それも表向おもてむきではなく、例の素人しろうと下宿。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
允成は表向おもてむき侍医たり教官たるのみであったが、寧親の信任をこうむることが厚かったので、人のあえて言わざる事をも言うようになっていて、しばしばいさめてしばしばかれた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
これは何かの間違ひであらうといふので、表向おもてむきは牢中病死と披露ひろうして、實は生かして置いて下すつたのだ。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
などと酔った紛れに冗談を仰しゃると、此方こちらはなか/\それしゃの果と見えてとう/\殿様にしなだれ寄りましてお手が付く。表向おもてむき届けは出来ませんがお妾と成って居る。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
高窓が表向おもてむきになって付いているばかりで、日も当らない、斯様こう汚らしい処をかりるつもりでなかったが、値段が安くて、困っている当時のものだからつい入ることにしてしまった。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
七八人投付なげつけたれども漸々やう/\折重をりかさなりて捕押とりおさ自身番じしんばんへ上られたりんでも大盜人おほどろばうにて手下てしたが百人ばかりもありと云はなしなり然れども表向おもてむきは一文もらひの袖乞そでごひをして居たと云などとうそにも理を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ことに今夕のように、皆様がおそろいで私を歓迎して下さるのは、私にとりては実に有難い。かくもうしても、私の心情をお話しないと、有難いというのが、ただ表向おもてむきの挨拶のように聞こえましょうが……。
人格を認知せざる国民 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
往年さきのとし鬼怒川きぬがわ水電水源地工事の折、世に喧伝けんでんされた状況ありさまを幾層倍にして、今は大正の聖代に、ここ北海道は北見きたみの一角×××川の上流に水力電気の土木工事場とは表向おもてむき、監獄部屋の通称とおりなが数倍判りいい
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
それから宿へさがった妊婦が男の子を生んだという報知を待って、また子供だけ引き取って表向おもてむき自分の子として養育したのだそうである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もっと表向おもてむきは手が切れた事になったんで、中に人もはいり、師匠の方もわびが叶い、元通り稽古を始めましたから、食う道はつくようになりました。
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかのみならず文学は下士の分にあらずとて、表向おもてむきの願を以て他国に遊学ゆうがくするを許さざりしこともあり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
照子さん、内証ですよ、高い声では申されぬが、駿河台の御隠居様の急病というのは、まあまあ表向おもてむきで、実は何か、鮫ヶ橋の方のものに間接にお殺されなすったようです。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いや最前から各々方おの/\がたのお話を聞いていると、可笑おかしくてたまらんの、拙者も長旅で表向おもてむき紫縮緬むらさきちりめん服紗包ふくさづゝみはす脊負しょい、裁着たッつけ穿いて頭を結髪むすびがみにして歩く身の上ではない
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
十一月六日に神田紺屋町こんやちょう鉄物問屋かなものどいや山内忠兵衛妹五百いおが来り嫁した。表向おもてむきは弘前藩目附役百石比良野助太郎妹かざしとして届けられた。十二月十日に幕府から白銀はくぎん五枚を賜わった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それが一般の評判になったので、表向おもてむきの罪人にこそならないけれども、御親類御一門も皆その奥様を忌嫌いみきらって、たれも快く交際する者もなく、はて本夫おっとの殿様さえも碌々ろくろくことばかわさぬくらい
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たれよわりしていに安間平左衞門はそばに居たりしが冷笑あざわら否早いやはや御前の樣に御心弱くては表向おもてむき吟味ぎんみの時は甚だ覺束おぼつかなしすべて物事は根深ねぶかはかり決して面色かほいろに出さぬ樣なさねばならぬ事なり然るを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「止さないか。サア、此處で素直に百兩出しや、表向おもてむきはならねえことだが、此儘默つて歸つてやる。どうしても嫌だといふなら、仕方がねえ、お前を縛つて、家搜しをするばかりだ。どうだお時」
だから表向おもてむき挨拶をする必要もないのである。ただ、こうして黙っていれば、平岡からは、内心で、冷淡な奴だと悪く思われるに極っている。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「先生。こういう盆栽なんぞはいかがなものでしょう。当節じゃやはりひな人形や錦絵にしきえなんぞと同じように表向おもてむきには出せない品なんで御座いましょうか。」
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
表向おもてむきになれば名跡みょうせきけがれるから重次郎のなさけで旅費を貰うて家出を致したが、丁度懐妊中の子を生落うみおとして夏という娘を得たから、ようやく十五歳まで育って楽しみに致した所が
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そのうち玉司へ行って、表向おもてむき縁を切りかたがた、あの男は手切てぎれを取ると言われても構わない。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母の病気に付き早々帰省致せと云う表向おもてむきの手紙と、又別紙に、実は隠居からう/\云う次第、余儀なく手紙を出したが、決して母の身を案じるなとつまびらかに事実を書いてれたから
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
何故なにゆえに枳園が茝庭さいていの門人として召し出されたかは知らぬが、阿部家への帰参は当時内約のみであって、まだ表向おもてむきになっていなかったのでもあろうか。枳園は四十二歳になっていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
なすか又は家尻やじりにても切しならんかれは元浪人者だと云から表向おもてむきは一文貰ひ内職ないしよくには押込おしこみ夜盜よたうをするに相違なし兎角とかく然樣さうなければ金の出來るはずはなし假令よしや然樣なくとも我が胸算むなさんの相違なればきやつ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もしくは夫等それらからてられた。學校がくかうからは無論むろんてられた。たゞ表向おもてむきだけ此方こちらから退學たいがくしたことになつて、形式けいしきうへ人間にんげんらしいあととゞめた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
もみじでは表向おもてむき休業という札を下げ、ないないで顔馴染のお客とその紹介で来る人だけを迎えることにしていたが、それでも十日に一遍は休みにして、肴や野菜
羊羹 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
手前てめえ考えて見ろ、あれまでおめえが世話になって、表向おもてむき亭主ではねえが、大事にしてくれたから、どんな無理な事があっても看病しなければならねえ、それをお前が置いて出りゃア
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
はい、こうして鉦太鼓で探捜さがしに出ます騒動ではございますが、捜されます御当人のうちへ、声が聞えますような近い所で、名を呼びましては、表向おもてむきの事でもきまりが悪うございましょう。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
塾長になっても相替あいかわらず元の貧書生なれども、その時の私の身の上は、故郷に在る母と姪と二人は藩からもらう少々ばかりの家禄かろくで暮して居る、私は塾長になってから表向おもてむきに先生まかないを受けて
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
腹の中で自分の父母兄弟を弁護している彼女は、表向おもてむき夫とり合って行ける所まで行く気はなかった。彼女は理智に富んだ性質たちではなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
つまり表向おもてむき人のものにさして置いて内所で入込めばいつでも自由にする事の出来る女である。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
森「だ本当の祝儀をしねえから何処どこへも知らせねえのだ、大丈夫だ、心配しんぺいしなくもよろしい、祝いものは何処からも来やしねえ、表向おもてむきに婚礼をすりゃアおめえの所へも知らせらア」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
刀に掛けても、おっつけ表向おもてむきの奥方にいたす、はッはッはッ、——これげまい。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
表向おもてむきにするときびしいものですから、こうして見物に来た時、そうっと売りつけようてんで、支那人はじつ狡猾こうかつですからね。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたくし云い籠められ、弓のおれにてしたゝか打たれ、いまだに残る額のきず口惜くやしくてたまり兼ね、表向おもてむきにしようとは思ったなれど、此方こちらは証拠のない聞いた事、ことに向うは次男の勢い
渠等かれらなかまの、ほとんど首領とも言うべき、熊沢という、おって大実業家となると聞いた、絵に描いた化地蔵ばけじぞうのような大漢おおおとこが、そんじょその辺のを落籍ひかしたとは表向おもてむき、得心させて、連出して
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御母さんはむきになって、表向おもてむきよしを取りにやると、与吉の御袋がどうも御気の毒さまと云ったぎりで毬はとうとう喜いちゃんの手に帰らなかった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私から山平殿に一緒に行って下さいとは、何うも養子に来て間もなし、頼む訳には表向おもてむきいかんから、お前はお父様とっさまやお母様っかさまへの申訳に、わたくしも武士の家へ生れ女ながらも敵討を致したい故
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
貴女が困っているものを、何も好き好んで表向おもてむきにしようと言うんじゃない。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は兄のいえ厄介やっかいになりながら、もう少し立てば都合がつくだろうと慰めた安之助の言葉を信じて、学校は表向おもてむき休学のていにして一時の始末をつけたのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うも女の声のようだからおかしい事だと、嫉妬やきもちの虫がグッと胸へ込み上げたが、年若とは違い、もう三十五にもなる事ゆえ、表向おもてむき悋気りんきもしかねるゆえ、あんまりな人だと思っているうちに
かれあにいへ厄介やくかいになりながら、もうすこてば都合つがふくだらうとなぐさめた安之助やすのすけ言葉ことばしんじて、學校がくかう表向おもてむき休學きうがくていにして一時いちじ始末しまつをつけたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
な天民の作の観音と薬師如来の利益りやくであろうと、親子三人夢に夢を見たような心地こゝちで、其の悦び一方ひとかたならず、おいさを表向おもてむきに重二郎の嫁に致し、江戸屋の清次とは親類のえんを結ぶため
あなたは表向おもてむき延子さんを大事にするような風をなさるのね、内側はそれほどでなくっても。そうでしょう
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)