かさ)” の例文
 千仭せんじんがけかさねた、漆のような波の間を、かすかあおともしびに照らされて、白馬の背に手綱たづなしたは、この度迎え取るおもいものなんです。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
樣々な懊惱あうのうかさね、無愧むきな卑屈なあなどらるべき下劣な情念を押包みつゝ、この暗い六疊を臥所ふしどとして執念深く生活して來たのである。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
ひとりや(六二)猜忍さいにん人也ひとなり其少そのわかときいへ、千きんかさねしが、(六三)游仕いうしげず、つひ其家そのいへやぶる。(六四)郷黨きやうたうこれわらふ。
今御覧の通り幾重いくえにも幾重にもして焼いたものですから横から見てちょうど紙を幾百枚もかさねたようにならなければいけません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
十九にして恋人を棄てにし宮は、昨日きのふを夢み、今日をかこちつつ、すぐせば過さるる月日をかさねて、ここに二十はたちあまりいつつの春を迎へぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
で、此目的で、最初は小狐おぎつねに居た頃喰付いた人情本を引続き耽読たんどくしてみたが、数をかさねると、段々贅沢になって、もう人情本も鼻に附く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
無秩序に積みかさねられたところは、九千尺に近い山中というよりも、かきやはまぐりの殻を積み上げた海辺にでも、たたずんでいるようであった。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
これは恨みかさなるお瀧と松五郎を殺して、自分は腹でも切って死のうと云う無分別、七歳なゝつになります男の子と生れて間もない乳呑児ちのみごを残し
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かほど正確を以て聞えた宝典も、巻かさなればかかる記事の矛盾もありて読者を迷わす。終始一貫の説を述べ論を著わすは難くもあるかなだ。
蘭軒伝は初未だ篇をかさねざるに当つて、早く既に人の嘲罵に遭つた。無名の書牘しよどくはわたくしを詰責して已まなかつたのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「年長く病みし渡れば、月かさね憂ひさまよひ、ことごとは死ななと思へど、五月蠅さばへなす騒ぐ児等を、うつててはしには知らず、見つつあれば心は燃えぬ」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
これもとより一朝一夕のく尽す所にあらず、まさに日を積み月をかさねてまさに始て自ら尽して余りなきことを得べし。
重要な大昔の一つの言葉でも、年をかさね世の中が改まれば、その受け取りかたがいつとなく変ってくると、どうして考えてみることができなかったか。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかるにこれを筆舌にのぼすときは、語をかさねて句をし、句を積みて章を作し、一の零碎の景に接するに他の零碎の景を以てす。たとへば寄木細工よせきざいくの如し。
鍛冶かじを業とする者は家毎に甲冑かっちゅう、刀槍をきたえ、武器商う店には古き武器をかさねてその価平時に倍せり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
その折諸君のまちまちの憶出おもいでを補うために故人の一生の輪廓を描いて巻後に附載したが、草卒の際序述しばしば先後し、かつ故人を追懐する感慨に失して無用の冗句をかさ
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
断片的で且つ半ば読み難い草稿の積みかさねてあるのを見ておったが、やがて夫人を顧みて
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
自ら善を積み、仁をかさね、忠孝純至の者でないかぎり、とても免れることはできない、まして普通一般の人民では天のたすけすくないから、この塗炭とたんに当ることがどうしてできよう、しかし
富貴発跡司志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
〔譯〕臨時りんじしんは、こうを平日にかさぬればなり。平日の信は、こうを臨時にをさむべし。
に入つてから、ト或る山の下へ来た。山の上は町で、家が家におぶさつたやうにかさなり合つてゐて、燈火あかりが星のやうに見える。もう夜更よふけだのに、何処でか奏楽のがして、人通りが絶えない。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
爲ながらも餘りに不審ふしんと思ふ故此方に向ひてひざを進めちと失禮しつれいな事では御座れど營業しやうばいゆゑに貴君樣に伺ひまするは外でもなき只今おほつけられし彼お藥の調合にて弊家共も代をかさね此營業を致しを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
生白い手をきちんと膝の上にかさね、それすら、ぐったりと、かさね手の重みで感覚もないように見えた。お弓蔵近くの桜が白くさらされはじめ、詰所詰所では、うす睡い碁将棋の音も途絶えていた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
諸司諸役ことごとく更替して、大老の家の子郎党ともいうべき人たちで占められている。驚くばかりさかんな大老の権威の前には、幕府内のものは皆屏息へいそくして、足をかさねて立つ思いをしているほどだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かくて対塁たいるい日をかさぬるうち、南軍に糧餉りょうしょうおおいに至るの報あり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
敬虔に年をかさねた師父しふたちよ
『春と修羅』 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
かかるゆふべのかさねに
硝子箱がらすばこへ物を入れたように中の品物が見えかねばならん。しかるに我邦の文章とか文学と言われるものは鉄板をかさりにしてある。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
もう一ツ小盥をかさねたのを両方振分にして天秤てんびんで担いだ、六十ばかりの親仁おやじやせさらぼい、枯木に目と鼻とのついた姿で、さもさも寒そう。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしは筆をさしおくに臨んで、先づ此等の篇を載せて年をかさね、謗書旁午ばうしよばうごの間にわたくしをして稿をふることを得しめた新聞社に感謝する。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
さてその一片ひとひら手繰たぐらんと為るに、長きこと帯の如し。好き程に裂きてはかさね、累ぬれば、皆積みて一冊にも成りぬべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
中阿や南阿の土人が、象と花驢いと多かった時、これを馴らし使う試験をかさねず、空しくこれを狩り殺したは、その社会の発達をいたく妨げた事とおもう。
この年の五月の末に、私は東京を発して九州の南半を一巡し、広島まで還って来てから電命で又土佐へ渡り、百余日をかさねてへとへとに疲れて戻って来た。
予が出版事業 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
我等儀主家しゅか滅亡の後八ヶ年の間同類を集め、豪家又は大寺へ強盗に押入り、数多あまたの金銀を奪い、実に悪いという悪い事はすべて我等が指揮さしずして是迄悪行をかさねしが
かさねて打っ違えたような、むくむくと鱗形をした硫煙が、火孔から天にちゅうしたかとおもうと、山体は渋面をつくって、むせッぽい鼠色に変化した、スケッチをしていた人は
日本山岳景の特色 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
二つとも類似歌であるがどちらが本当だかつまびらかでないから、かさねて載せたという左注がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
なんとくしたがそのもつとおほい(五三)彰明しやうめい較著かうちよなる者也ものなり近世きんせいいたるがごとき、(五四)操行さうかう不軌ふきもつぱ(五五)忌諱ききをかし、しか終身しうしん逸樂いつらくし、富厚ふうこうかさねてえず。
ヂドは夫のわすれたる武器を取りて立てり。その歌は沈みてその聲は重く、忽ちにして又激越悲壯なり。同胞はらからなるアンナアが彼を焚かんとて積みかさねたる薪は今燃え上れり。幕は下りぬ。
当り作が出てからは、黙っていても、雑誌社から頼みに来る、書肆しょしから頼みに来る。私は引張凧ひっぱりだこだ……トサ感じたので、なに、二三軒からの申込が一一寸ちょっとかさなったのに過ぎなかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
(これは驚いた……かねて山また山の中と聞いたから、がけにごつごつと石をせた屋根がかさなっているのかと思ったら、割合に広い。……)
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三杯かさねるまで容易にふたを取らないからいいけれども西洋風に客の待っている処へ直ぐ持って来て客があわてて口へ入れるとたちまち舌を焼くね。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
この用無用を問わざる期間は、ただとしを閲するのみではない。あるいは生を終るに至るかも知れない。あるいは世をかさぬるに至るかも知れない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
これ蛇王の信号で、今まで多くの小山と現われて動かず伏しいた無数の蛇ども、皆その方へ進み行き、小山ついに団結して乾草たいの大きさに積みかさなった。
そこで最初にはまずの国の問題、是がいかなる変遷をかさねて今日に伝わっているかを考えてみようと思う。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
両岸はり合うように近くなって、洗ったような浅緑の濶葉に、蒼い針葉樹が、三蓋笠さんがいがさかさなり合い、その複雑した緑の色の混んがらかった森の木は、肩の上に肩を乗り出し
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
うるはしく飾りたる馬車は、緑しげき檞の並木の道を走り、白き鵝鳥は、柳の影うつれる靜けき湖を泳ぎ、機泉しかけのいづみは積みかさねたる巖の上にほとばしり落つ。道傍には、農家の少女ありて、鼓を打ちて舞へり。
彼はここに於いてさきに半箇の骨肉の親むべきなく、一点の愛情の温むるに会はざりし凄寥せいりようを感ずるのみにてとどまらず、失望を添へ、恨をかさねて、かの塊然たる野末のずゑの石は、霜置く上にこがらしの吹誘ひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
研究せざれば無用の冗費じょうひのみかさなりて人はむなしく金銭を浪費するのみ。主人の中川新式の火鉢とスープ鍋を客の前にいださしめ
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
検事代理村越欣弥は私情のまなこおおいてつぶさに白糸の罪状を取り調べ、大恩の上に大恩をかさねたる至大の恩人をば、殺人犯として起訴したりしなり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
百千の媚惑脅迫と難闘して洞穴や深山に苦行をかさねたが、修むるところ人為をいでずで、妻を持ち家を成し偽り言わず神を敬し、朝から晩まで兀々こつこつと履の破れを繕うて
このあらそいは週をかさね月を累ねてまなかった。五百らは百方調停を試みたが何の功をも奏せなかった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)