まばゆ)” の例文
雲の峰は崩れて遠山のふもともや薄く、見ゆる限りの野も山も海も夕陽のあかねみて、遠近おちこちの森のこずえに並ぶ夥多あまた寺院のいらかまばゆく輝きぬ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
多賀屋の二階二た間をち抜き、善美を尽した調度の中に、まばゆいばかりの銀燭に照されて、凄まじくも早桶はやおけが一つ置いてあったのです。
と云いつつ、隠袋ポケットからかぎを取出して其箱を開けば、中から出て来たのは、金銀宝玉の装飾品数十種、いずれもまばゆきばかりの珍品である。
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
「えい!」と叫んだのは紋十郎で、まばゆいばかりの光を放す明皓々こうこうたる十本の剣は、それと一緒に次々に右衛門目掛けて飛んで行く。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
目は細く、常に、日光をおそれるごとくまばゆそうであり、顔じゅう、茶色のを持ち、笑うと不気味な歯並びが刃物のように真白だ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今日けふはれにと裝飾よそほひて綺羅星きらほしの如くつらなりたる有樣、燦然さんぜんとしてまばゆばかり、さしも善美を盡せる虹梁鴛瓦こうりやうゑんぐわいしだゝみ影薄かげうすげにぞ見えし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
その時と同じように、目を閉じた闇の中をまばゆい光を放つ灼熱の白金の渦巻がぐるぐると廻り出す。いけない! と思ってすぐに目を開く。
それから枝を通して薄暗い松の大木にもたれていらっしゃる奥さまのまわりをまばゆく輝かさせた残りで、お着衣めしの辺を、狂い廻り
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
金花はまばゆい眼をしばたたいて、茫然ばうぜんとあたりを見まはしながら、暫くは取り乱した寝台の上に、寒さうな横坐りを改めなかつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その日の食堂をあなたも御覽になつてゐらつしやればねえ——まあどんなに立派に飾つて、まばゆいほどともしびともつてゐましたでせう。
平一は縁側に立ったまま外套も脱がず、庭の杉垣にまばゆい日光を見ていたが、突然訳の分らぬ淋しさに襲われて座敷へはいった。
障子の落書 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
雲間を洩れた太陽が強烈な光を投げて、瀬も淵も岩もまばゆいまでに輝いていた。水の涸れた九月には、ここから下りて河の中が歩けるという。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
少女たち三人は、殿さまのまばゆいようなお姿にすっかり心を奪われ、これは自分たちの秘密であり、親きょうだいにも語るまい、と誓いあった。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何にも見分けられなかった。頭がくらくらした。ただまばゆいほどの幸福ばかりを覚えた。自分のうちにそれらの見知らぬ力を感じてうれしかった。
弟がつまみ上げたる砂を兄がのぞけば眼もまばゆく五金の光を放ちていたるに、兄弟ともども歓喜よろこび楽しみ、互いに得たる幸福しあわせを互いに深く讃歎し合う
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まアちゃんは例のぞんざいな口調で、ナオミのうしろに突っ立ったまま、まばゆい彼女の盛装を上からしげしげと見おろして
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
めざましいまばゆい花園ではなく、人が一寸ちよつと主人に羨望の念を抱く程度の美くしい花園を隣にして住む家に居るやうな幸福感を自分は与へられて居る。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
池のおも黄昏たそがれる空の光を受けて、きらきらとまばゆく輝き、枯蘆と霜枯れの草は、かえって明くなったように思われた。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
前の晩には金碧きんぺきまばゆい汽車だと思つたが朝になつて見ると昨日きのふ迄のよりは余程よほど古い。窓も真中まんなかに一つあるだけである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
始めは穴を出でてまばゆき故と思う。少しれたらばと、く日をつえに、一度逢い、二度逢い、三度四度と重なるたびに、小野さんはいよいよ丁寧になる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて正面上段の白雲黒雲のとばりが開かれますと、水晶の玉座の上に朝の雲、夕の雲、五色七彩のそで眼もまばゆく、虹霓こうげいの後光鮮かにホリシス神が出現しまして
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まばゆい許りの戸外そとの明るさに慣れた眼には、人一人居ない此室ここの暗さは土窟つちあなにでも入つた様で、暫しは何物なにも見えず、グラ/\と眩暈めまひがしさうになつたので
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
入口の隅のクリスマスの樹——金銀のまばゆい装飾、明るい電灯——その下の十いくつかのテーブルを囲んだオールバックにいろいろな色のマスクをかけた青年たち
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
そしてここからながめていると、まばゆい灯光を浴びて踊っている人々が、何か影絵のような、映画の一駒ひとこまでもあるような、違った世界をのぞいているような気持がする。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ことに蜀葵たちあおい、すべりひゆのまばゆい程の群団、大きな花のかたまりを持つ青紫の紫陽花あじさい等は、見事であった。梅や桜は果実の目的でなく、花を見るために栽培される。
あかい絹の意である。うらうらと霞む長閑のどかな日の下に、水に浸してざぶざぶと洗う、その絹の紅が日にえてまばゆいような感じがする、という趣を詠じたものと思われる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
プロマイド屋の飾窓かざりまどに反射する六十燭光のまばゆい灯。易者の屋台の上にちょぼんと置かれている提灯ちょうちんの灯。それから橋のたもとの暗がりに出ている螢売の螢火のまたたき……。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
子家鴨こあひるいままでにそんなとりまったことがありませんでした。それは白鳥はくちょうというとりで、みんなまばゆいほどしろはねかがやかせながら、その恰好かっこうのいいくびげたりしています。
ここでは、ぴかぴか光る白鑞しろめの器が長い食器戸棚にいく列も並んでおり、目もまばゆいほどだった。
銀燭まばゆき小座敷へ、押据えられしと思ふ間に。奇麗な首が五ツ六ツ。しやんしやんしやんの三味の音も、いつしか遠くなる耳の、熱さに堪えず。ばつたりと、身体を畳に横霞。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
越前北の庄の城の大広間に、いま銀燭はまばゆいばかりに数限りもなく燃えさかっている。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
外套室クロークルームに外套と帽子シルクハツトを預けて番号札を受取り、右折すれば電灯の光まばゆ大玄関おほげんくわんなり。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
こうもまばゆい白昼においてさえ、彼を襲う、奇怪な恐怖を制し得なかったのである。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
うるはしえたる空は遠く三四みつよついかの影を転じて、見遍みわたす庭の名残なごり無く冬枯ふゆかれたれば、浅露あからさまなる日の光のまばゆきのみにて、啼狂なきくるひしこずゑひよの去りし後は、隔てる隣より戞々かつかつ羽子はね突く音して
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
狂乱に近い画家の精神が一種の自爆性を帯びて激しく発散する。いかなる怒濤どとうにもほろぼされまいとする情意の熱がそこにまばゆいばかりの耀かがやきを放って、この海景の気分をまとめようとあせる。
例によって、西日は、もう畳三分の一ぐらいのところまで、まばゆく躍りこんでいる。粗末な譜本を膝の前にひろげ、あぐらを組み、伸子は譜と首っぴきで、フラットの多い民謡を稽古していた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
なにやらひと気配けはいかんじましたのであたまをあげてますと、てんからったか、からいたか、モーいつのにやら一人ひとりまばゆいほどうつくしいお姫様ひめさまがキチンともうけの座布団ざぶとんうえにおすわりになられて
汝何ぞこゝに在らざる物を視んとて汝の目をまばゆうするや 一二一—一二三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そのもやの中には広漠こうばくたるうねりがあり、まばゆきばかりの幻影があり、今日ほとんど知られない当時の軍需品があって、炎のような真紅しんくの毛帽、揺らめいている提嚢ていのう、十字の負い皮、擲弾用てきだんよう弾薬盒だんやくごう
何知れずまばゆき雲やはげしくぞ眼をしばたたき我はありける
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
おのまばゆ風情ふぜいあり
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
そして、深窓しんそう処女おとめには、あまりに強烈すぎるものへむかったように、まばゆげな眼をそらして、ひとにも分かるような吐息といきをついた。
玄関に居た頃から馴染の車屋で、見ると障子を横にしてまばゆい日当りを遮った帳場から、ぬい、と顔を出したのは、酒井へお出入りのその車夫わかいしゅ
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらくののち、そこには絹を張ったような円錐形えんすいけいふくろが一つ、まばゆいほどもう白々しろじろと、真夏の日の光を照り返していた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
夫はすぐに気がついて私のベッドへはいって来た。アルコールの力を借りないで、まばゆい燭光を強く浴びつつ事を行って成功したのは珍しいことであった。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
南東に鹿島槍ヶ岳、牛首山、岩小屋沢岳などが見え、南には仙人山の尾根が間近く聳え立ち、北には餓鬼奥鐘の連嶺の上に猫又山の雪がまばゆい光を放っていた。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
暫くして、餘りのまばゆさに海から眼を外らして前を見ると、つい先刻まで私と話してゐた若い警官は、布製の寢椅子に凭つたまゝ、既にこころよげな寢息ねいきを立ててゐた。
裲襠姿うちかけすがた眼もまばゆく、足の運びも水際立みずぎわだち武士の後から歩いて行く。二人の姿が奥へ消えると、鳥市の云った進物なのであろう、十個の大行李が次々に奥の方へ運ばれる。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
えん遅日ちじつ多し、世をひたすらに寒がる人は、端近くかすりの前を合せる。乱菊にえり晴れがましきをゆたかなるあごしつけて、面と向う障子のあきらかなるをまばゆく思う女は入口に控える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こはきだごとに瓶花いけばな、盆栽の檸檬リモネ樹を据ゑたればなり。階の際なる兵は肩銃の禮を施しつ。「リフレア」着飾りたるしもべは堂に滿ちたり。フランチエスカの君はまばゆきまで美かりき。