真紅しんく)” の例文
旧字:眞紅
逆光線になったM子さんの姿は耳だけ真紅しんくいて見えます。僕は何か義務に近いものを感じ、M子さんの隣に立つことにしました。
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
霧は林をかすめて飛び、道をよこぎつて又た林に入り、真紅しんくに染つた木の葉は枝を離れて二片三片馬車を追ふて舞ふ。御者ぎよしや一鞭いちべん強く加へて
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
すぐ裏を行く加茂川の水には、もう、都から遠い奥の紅葉もみじが浮いてくる。近くは、東山の三十六峰も真紅しんくに燃えている秋なのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真紅しんくへ、ほんのりとかすみをかけて、新しい火のぱっと移る、棟瓦むねがわら夕舂日ゆうづくひんださまなる瓦斯暖炉がすだんろの前へ、長椅子ながいすななめに、トもすそゆか
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
御主おんあるじ耶蘇様イエスさま百合ゆりのやうにおしろかつたが、御血おんちいろ真紅しんくである。はて、何故なぜだらう。わからない。きつとなにかの巻物まきものいてあるはずだ。
真紅しんくや、白や、琥珀こはくのような黄や、いろ/\変った色の、少女おとめのような優しい花の姿が、荒れた庭園の夏をいろど唯一ゆいいつの色彩だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
原形は全く散逸してしまってうかがうべくもない。真紅しんくの布片や金色の刺繍の跡に、わずかに往時の荘厳な美しさがしのばるるのみである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
半分がた散り尽くした桜の葉は真紅しんくに紅葉して、軒並みに掲げられた日章旗が、風のない空気の中にあざやかにならんでいた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お浜は畳んでいた小手を上げて、そのたなごころから、手首から、二の腕のところまで、真紅しんくの血痕が淋漓りんりとして漂うのを示しました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
例えば、瑣末な例であるが『武道伝来記』一の四に、女に変装させて送り出す際に「風俗を使つかいやくの女に作り、真紅しんくの網袋に葉付の蜜柑を入」
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
腰の廻りに荒目昆布のごときびらびらのついた真紅しんく水浴着マイヨオを一着におよび、クローム製のたが太やかなるを七八個も右の手頸てくびにはめ込んだのは
赤い電燈などは、普段よりずっと真紅しんくのいろを濃くにじみ出させていた。二人が、浜ノ町を抜け、暗い海の方へ行くので、コヨは心配になった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
また、聖水ホリーウォーターの近くには、真紅しんくペティコートをはいて、レースのついている胸衣むなぎをつけた農家の女たちが、家畜のように動かずに地面に腰をおろしています。
深緑の葉、真紅しんくの花、さては薄紫の色に、或いは淡紅色に…… そして春の野は緑に包まれ、夏の森林は深緑がしたたり、秋の林は紅葉の錦をまとう。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
今まで微白ほのじろいように見えていた花はあざやか真紅しんくの色に染まっていた。彼は驚いて女の顔を見た。女の濃艶のうえん長目ながめな顔が浮きあがったようになっていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
朝焼けがそこここに真紅しんくのまだらを散らした。日の出が近づくにつれて、稲妻はだんだんあわく、短くなっていった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
海国日本の快男児九名は真紅しんくのオォル持つ手に血のにじめるがごとき汗をしたたらしつつ必死の奮闘ふんとうを続けてついに敗れた。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
かつては真紅しんくの色をなしていた口が、頬の色と同じように弱い薔薇色をしているだけの相違でありました。
かつその姿を写真に撮ることを怠らないのであったが、幸子は又、池に沿うた道端の垣根の中に、見事な椿つばきの樹があって毎年真紅しんくの花をつけることを覚えていて
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二人ふたりののぞくあたまのあいだから、太陽たいようものぞくように、ひかりはかんのなかこんで、金魚きんぎょのからだが、さんらんとして、真紅しんく金粉きんぷんをちらすがごとくもえるのでした。
夢のような昼と晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかし鶯という可憐な小鳥が、真紅しんくの小さな口を開けて、春光の下に力一杯鳴いてる姿を考えれば、なんらかそこにいじらしい、可憐かれんな、情緒的の想念が感じられる。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
或る朝目をさまして見ると、そこに思いも寄らぬ真紅しんくの花が歌っている。舞を舞っている。鶴見はその物狂いの姿を示す奇蹟の朝を楽しみにして待っているのである。
ふと目に着いたものは白蝋はくろうのような色をした彼女の肉体のある部分に、真紅しんくに咲いたダリアの花のように、茶碗ちゃわん大にり取られたままに、鮮血のにじむすきもない深いきずであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その色は真紅しんくであった。おれの眼は、河の岸辺にそそり立つ、月の光に照らされた、巨大な灰色の岩石に落ちた。その岩は灰色で、ものすごく、また高かった。——岩は灰色だった。
真紅しんくの厚い織物を脳天から肩先までかぶって、余る背中に筋違すじかいささの葉の模様を背負しょっている。胴中どうなかにただ一葉ひとは消炭色けしずみいろの中に取り残された緑が見える。それほど笹の模様は大きかった。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
真白まっしろりつぶされたそれらのかたちが、もなく濡手拭ぬれてぬぐいで、おもむろにふききよめられると、やがてくちびるには真紅しんくのべにがさされて、菊之丞きくのじょうかおいまにもものをいうかとあやしまれるまでに
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
上も下もただひといろの白の中に、真紅しんくの胴をくっきりと浮かせた平七が、さっと水しぶきを立て乍ら乗り入れたときは、岸の顔も、舟の中の顔も、打ちゆらぐばかりにどよめき立った。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
無論むろんそれはわばかたなせいだけで、現世げんせかたなではないのでございましょうが、しかしいかにしらべてても、金粉きんぷんらした、朱塗しゅぬりの装具つくりといい、またそれをつつんだ真紅しんく錦襴きんらんふくろといい
その手で、す早く、たぎつて居る鉄瓶を下したが、再び莟を撮み上げると、直ぐさまそれを火の中へ投げ込んだ。——莟の花片はぢぢぢと焦げる……。そのおこり立つた真紅しんくの炭火を見た瞬間
そのもやの中には広漠こうばくたるうねりがあり、まばゆきばかりの幻影があり、今日ほとんど知られない当時の軍需品があって、炎のような真紅しんくの毛帽、揺らめいている提嚢ていのう、十字の負い皮、擲弾用てきだんよう弾薬盒だんやくごう
相手が上段に構えている、しないの先へポッツリと、真紅しんくのしみが現われたが、それが見る間に流れ出し、しないを伝いつばを伝い、柄頭まで伝わった。と思うとタラタラと、床の上へ流れ落ちた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
フランス人特有の身振みぶりの多い饒舌じょうぜつの中にも、この時ばかりはどこかに長閑のどかさがある。アペリチーフは食欲を呼びます酒——男は大抵たいていエメラルド・グリーンのペルノーを、女は真紅しんくのベルモットを好む。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
眼は邪慾の光に物凄ものすごく輝き、額には疲れと恐怖のしわがたたみ、口元は色情の罪のゆがみに引歪められて、毒々しい真紅しんくな唇が妖怪らしくあおざめた顔色と物恐ろしい対照を作り、とても人の姿とは思われぬ
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
だから、真紅しんくの波紋絹に、かの女の愛の言葉は乗って
毛糸の真紅しんく頭巾ずきんをかぶって首をかしげ
貧しき信徒 (新字新仮名) / 八木重吉(著)
犬よ、その真紅しんくのこぼれを噛め。
新頌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
真紅しんく薔薇ばらを摘むこころ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
梅子のかほ真紅しんくを染めぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
夜みれば真紅しんくなる
ヒウザン会とパンの会 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
怏々おうおうと、楽しまない日を、幾月もうそこで暮したことか、人知れず葉隠はがくれに燃えて腐って、やがて散るしかない——真紅しんくの花の悩みのように。
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
岩の上には処どころ石南花しゃくなげ真紅しんくの花が咲いていた。谷の上に見える狭い空にはひる近い暑いがぎらぎらしていたが、谷底は秋のように冷びえしていた。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そう云いながら、瑠璃子は右の手に折り持っていた、真紅しんくの大輪のダリヤを、食卓テーブルの上の一輪挿いちりんざしに投げ入れた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
黒琥珀くろこはくの袋に入れた長い折り畳み式釣竿のごときものを小脇にかかえ、大きな自動車用のちり除け眼鏡をかけ、真紅しんくの靴下にズックの西班牙靴エスパドリエイをはいた異装の人物。
彼等の一人は、——真紅しんくの海水着を着た少女は特にずんずん進んでいた。と思うと乳ほどの水の中に立ち、もう一人の少女を招きながら、何か甲高かんだかい声をあげた。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
高い石垣いしがき蔦葛つたかつらがからみついて、それが真紅しんくに染まっているあんばいなど得も言われぬ趣でした。
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
唯違ふのは彼女の眼の緑色の光が、前よりも輝かないのと嘗ては燃えたつやうな真紅しんくの唇が、今は其頬の色のやうな、微かなやさしい薔薇色に染んでゐるとの二つである。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
さのみ大きな滝とは見えないが、懸崖けんがいを直下に落ちて、見上ぐるばかりに真紅しんくの色をしたもみじい重なって、その一ひら二ひらが、ちらちらと笠の上に降りかかって来ました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
はじめてこの人ならばと思って、打明うちあけて言うと、しばらく黙ってひとみえて、私の顔を見ていたが、月夜に色の真紅しんくな花——きっと探しましょうと言って、——し、し、女のおもい
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして宅へ帰ったら瓦が二、三枚落ちて壁土が少しこぼれていたが、庭の葉鶏頭はげいとうはおよそ天下に何事もなかったように真紅しんくの葉を紺碧こんぺきの空の光の下に耀かがやかしていたことであった。
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
股のところまで下っている真紅しんくのチョッキを着、鹿皮の半ズボンをはき、赤い毛の靴下と、大きな銀の締め金のついた重い靴とをはき、青貝の大きなボタンのついた長い上着を着ている。
鐘塔の悪魔 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)