かしこ)” の例文
今黒塗の盆を持ってかしこまっている彼女とを比較して、自分の腹はなぜこうしつこい油絵のように複雑なのだろうとあきれたからである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山浦環は、又の名を内蔵助くらのすけともった。まだ二十歳はたちぐらいで、固くかしこまって坐った。黒いひとみには、どこかに稚気ちき羞恥はにかみを持っていた。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
原来彼の黄金丸は、われのみならずかしこくも、大王までを仇敵かたきねらふて、かれ足痍あしのきずいえなば、この山に討入うちいりて、大王をたおさんと計る由。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
かしこきあたりの御おぼえ目出度い某名流夫人が創立して以来数十年、今年の某月某日、やんごとなき方々の台臨を仰いだ程の学校である。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
瑞雲棚引ずいうんたなびく千代田城のめでたさは申すもかしこいこととして、東京の魅力は何処どこにあるかと云えば、そのお城の松を中心にした丸の内一帯
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこで天皇がかしこまつて仰せられますには、「畏れ多い事です。わが大神よ。かように現實の形をお持ちになろうとは思いませんでした」
かしこまりました、二三日中には必ず連れて参りまする。それはそうと、殿様には房州で何か、おはじめなさるんでございますか」
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
予が面體めんたい見覺みおぼあるかとの御尋なり此時忠右衞門かしこまり奉る上意の通り私し儀山田奉行勤役中きんやくちう先年阿漕が浦なる殺生禁斷せつしやうきんだんの場所へ夜々よな/\あみ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
と白洲の戸を明けて、当人の這入るを合図に又大きな錠をおろしました。文治は砂上にかしこまって居りますと、町奉行は少し進み出でまして
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
元日参宮ということについては、今と昔でいろいろ事情の異るものもあろうが、めでたくかしこき年の初である点は同じであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
おおよそ現身うつせみのこのわが世間に、幽顕の二道あり。顕事は掛けまくもかしこ天皇命すべらみこと、これをしろしめし、幽事は大物主神おおものぬしのかみしろしめせり。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
かしこまりました」と意外にハッキリした返事であった。そして意を決したように書類を押しやって、私の顔を凝乎じっと見守った。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
さて谷本博士は、『古事記』に、品地別命ほむじわけみこと肥長比売ひながひめと婚し、ひそかに伺えば、その美人おとめごおろちなり、すなわちかしこみてげたもう。
したがって、こうわざとかしこまってますように見えるのもそのためでげして、あながち諸君をこわがってるわけではございません
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
姫は大門の閾を越えながら、童女殿上わらはめでんじやうの昔のかしこさを追想して居た。長いいしき道を踏んで、二の門に届いた時も、誰一人出あふ者がなかつた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
同じことを注意されると、かしこまりましたで引き退さがる。また呼ばれるとまた別の男が出る。その不得要領ふとくようりょうの中に縁日は済んでしまうのだそうです。
ここにおいて日本の上流社会は百事日本風を棄てて欧州風に変革しかしこくも宮廷内における礼式をさえ欧州に模擬したりき。
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
某が買求め候香木、かしこくも至尊の御賞美をこうむり、御当家の誉と相成り候事、存じ寄らざる仕合せと存じ、落涙候事に候。
神の国の真理は貴重なものですから、謹んでこれを宣べなければならず、また聞く者もかしこんで聞かなければなりません。
が、さむさはさむし、こたつのあなみづたまりをて、胴震どうぶるひをして、ちひさくなつてかしこまつた。夜具やぐ背負しよはして町内ちやうないをまはらせられないばかりであつた。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
八月には、かしこきあたりのえつをたまい、太政大臣、諸けい、開拓次官ら相会して、ここに北海道開拓の新しい計画を定めた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その声が襖越しにかしこあたりの御耳に入つた。そして何事かとのお尋ねがあつたので、皆は恐縮しながら、そのなかの一人から事の仔細を申し上げた。
師匠の前へかしこまつて、「何か御用でございますか」と、恭々しく申しますと、良秀はまるでそれが聞えないやうに、あの赤い唇へ舌なめずりをして
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
結句の、『あやにかしこき』は、畏れ敬ふ心のさまで、萬葉にも、『かけまくもあやにかしこきすめらぎの神の大御代』
愛国歌小観 (旧字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
かしこき御推賛の情け深き御瞳おひとみを、この処女作の上にくだしたまわらんことを、厚かましくもこいねがいたいのでありまする。
正目には仰ぎ見ることもかしこしと感ぜられる筈であり、千余年の秘封を明治十七年に初めて開いたのがフェノロサという外国人であったという事であるが
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
「周文ですかな……」ちょっとひろげて見たばかしで、おやおやと言った顔して、傍にかしこまっている弟子の方へ押してやる。弟子は叮嚀ていねいに巻いて紐を結ぶ。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
夫人はやっとソファの端にひざを下ろした。しかし、両手で袖口そでぐちを引っぱってからかしこまるように膝をそろえ、あごを引いて、やっぱり顔を伏せ気味にしている。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
森羅万象しんらばんしょうことごとく皇国すめらみくにに御引寄せあそばさるる趣きをく考へわきまへて、外国とつくにより来る事物はよく選み採りて用ふべきことで、申すもかしこきことなれども
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
また斯く言はんもかしこけれど、あゝいと尊きジョーヴェ、世にて我等の爲に十字架にかゝり給へる者よ、汝正しき目をほかの處にむけたまふか 一一八—一二〇
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
八日の日のかしこさを守護しようとした霊物の名が、ミカワリからミカエリに移り動いたということは、むしろほほえましい自然の変化とも私には受取られる。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
おことばまことにかしこくて、何とお答へいたしていゝか、とみに言葉もでませぬ。とは云へいまや私は、生きた骨ともいふやうな、役に立たずでございます。
北守将軍と三人兄弟の医者 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「サクソンのかしこき神にちなみてぞ、けふをば『ヱンスデイ』といふ。その神見ませ、よるよりも暗くさびしき墳墓おくつきに、くだりゆくまで我が守る宝といふは誠のみ。」
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
「そう重ねて上が仰せられるのではなるほど辞退はかないますまい、かしこまりました、謹んで参上仕ります」
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
片岡中将としいえば、当時予備にこそおれ、驍名ぎょうめい天下に隠れなく、かしこきあたりの御覚おんおぼえもいとめでたく、度量濶大かつだいにして、誠に国家の干城と言いつべき将軍なり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
かしこくも天の下しろしめす皇帝、ピョートル一世陛下の御名代ごみょうだいとして、本癲狂院ほんてんきょういん査閲さえつを宣す!」
しろがねの恩賜の時計、かしこむやその子秘めにき。秒かず死ぬまででぬ。子が死にてかなしき時計、形見よと、父は後愛あとめで、命よと、いとほしと、日も夜も持ちき。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
心抱蔵と出かけて、秀吉の方の催促にもかしこまり候とは云わずに、ニヤクヤにあしらっていた。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かしこまりぬと答へばかりよくして中々なか/\持ち來らずうゑもしかはきもしたるなり先づひやにてよし酒だけを
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
上野の森に、用のない、松は見えても、お邸の、お庭の松がなぜ見えぬと。なくなく行けば、かしこかる、神の御前の大鳥居。ここは恐れの、横道へ、たどり入るこそ不便なる。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
「かけまくもかしこき……ムニヤ/\、大神おほがみ大前おほまへにムニヤ/\……。」と、ちつとづゝ蛇いちごをたべては、お水をいたゞいてゐますと成程どうも不思議におなかがすいて来ます。
蛇いちご (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
かしこくも、一億民草の康寧こうねいと、人類の福祉とを、深く御軫念しんねんあらせらるる天皇陛下の大御心おおみこころを体し、之にい奉るべく、八月九日以来、軍統帥部ぐんとうすいぶとも連絡し、慎重なる熟議を重ね
あたゝまるやうにとふてれしときありし、なつかしきは其昔そのむかし、有難ありがたきはいま奧樣おくさまなさけと、平常へいぜい世話せわりぬることさへ取添とりそへて、いかかたもすぼまるばかりかしこまりてるさまを
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
大将が杯をさすともう深く酔いながらかしこまっている顔つきは気の毒なようにせていた。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
夷狄いてきは□□よりもいやしむべきに、かしこくも我が田鶴見の家をばなでう禽獣きんじゆうおりと為すべき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いろいろの事情に遮られて今日までのびのびになっていることがかしこく存ぜられますので、他の一切のことを謝絶していますが、間々あいあいの謡曲の稽古だけは娯しみたいと思っております。
無表情の表情 (新字新仮名) / 上村松園(著)
槇君と私とは、人夫達が遅れて到着したので、お伴申上げることが出来なかった。後に藤岡少佐から、かしこくも殿下は「槇と木暮はどうした」と再三御下問あらせられた由を拝承した。
は、かしこまりましてござります——これこれ鹿間紋十郎とやら、それでは身分を明かせて取らせる。この乗り物においで遊ばすは、将軍家お部屋お伝の方様に、お仕え申すおつぼね様じゃぞ。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
時に、多至波奈大郎女たちばなのおほいらつめ、悲哀嘆息し、かしこみて、天皇の前にまをしていはく、これまをさむはかしこしといへども、おもふ心み難し。我が大王おほきみが母王とするがごとく従遊したまひ、痛酷いたましきことし。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
今年かしこくも即位の大典を挙げさせたまふ拾一月の一日いちじつに、この集の校正を終りぬ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)