はや)” の例文
丁々坊 ははは、この梟、羽をはやせ。(戯れながら——熊手にかけて、白拍子のむくろ、藁人形、そのほか、釘、獣皮などをさらう。)
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一番最初しょっぱなに行ったのは「自惚かがみ」君の家であった。先生店に鯱構しゃちかまえていた。乃公は大人になっても那麽あんな鬚ははやしたくないと思った。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
阿呆陀羅経のとなりには塵埃ほこりで灰色になった頭髪かみのけをぼうぼうはやした盲目の男が、三味線しゃみせんを抱えて小さく身をかがめながら蹲踞しゃがんでいた。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼が自分の家まで歩いて行く間には、幾人いくたりとなく田舎風な挨拶をする人に行き逢った。長いひげはやした人はそこにもここにも居た。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すると、私の横に立っていた肥っちょのチョビ髭をはやしたW駅の助役が、傍らの駅手に、医務室の顕微鏡を持って来いと命じた。
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
頭髪の刈り方を違え、口髭をはやし、眼鏡めがねをかけ、医者の手術を受けて、一重眼瞼ひとえまぶたを二重にし、その上顔面の一部に、小さい傷さえ拵えた。
一人二役 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その百合の花非常に白きを嫉んでヴェヌス女神海波の白沫より出現し極浄無垢の花の真中にうさぎうま陽根いちもつそのままな雌蕊めしべ一本真木柱太しくはやした
若きダルガスはいいました、大樅がある程度以上に成長しないのは小樅をいつまでも大樅のそばにはやしておくからである。
又「へえー左様でげすかえ、貴方あなたは其の頭髪おぐしがだん/\延びますけれども、元御出家様で是からだん/\おはやしなさるのではないかと存じまして」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おのおの静に窓前の竹の清韻せいいんを聴きて相対あひたいせる座敷の一間ひとま奥に、あるじ乾魚ひものの如き親仁おやぢの黄なるひげを長くはやしたるが、兀然こつぜんとしてひとり盤をみがきゐる傍に通りて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
このモースという男は小柄ながっしりした体格をして黒い頬鬚をはやし、さっぱりした服装をしていたが、性質は善良とはいえない方で、博奕ばくちが非常に好きであった。
色は青味を帯びた、眉毛の濃く、眼の鋭い、五分ごぶ月代毛さかやけはやした、一癖も二癖もありそうなのが
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
炭竈を守るためであろう、ぼうぼう髭をはやした男が、両膝を抱いてそこにいる、というのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
村はずれの池から採って来た普通ただの菱の実で、取り立てて言うほど味のいいものではなかったが、いかつい角をはやした、その堅苦しい恰好がおもしろい上に、歯で噛むと
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
やがて、靄の底から、ぼんやり現われたのは、立派な白髯しらひげはやした、紅毛のおじいさんでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
私等あっしらの馬車に乗っている黒い頬鬚ほおひげはやした絹帽シルクハットの馭者がチョットむちを揚げて合図みたいな真似をすると、どの巡査もどの巡査も直ぐにクルリと向うを向いて行っちまったんです。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「サアその先を……」と綿貫わたぬきという背の低い、真黒の頬髭ほおひげはやしている紳士が言った。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
博士もひどい苦労をしているのか、髭をぼうぼうとはやし、頬がげっそりとこけている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
ふさ/\とした長い髯をはやしてゐましたところから、私は髯のぢい、髯のぢいと呼びなれましたが、今考へて見ますと、ぢいはその頃まだ五十にはなつてゐなかつたはずであります。
海坊主の話 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
その大広間のうちに一人翁は黒服を身に纏って半白の髭をはやし、頭に黒頭巾を被って顔色は青ざめて、幽霊のようにやつれてじっと教壇に向って真直まっすぐに何やら、一定のものを見詰めていた。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
『おい、若いの、今度部屋に来るときは、俺のやうな立派な髯をはやして来いよ——』
小熊秀雄全集-15:小説 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
黒いひげはやして山高帽をかぶった今の姿と坊主頭の昔の面影おもかげとを比べて見ると、自分でさえ隔世の感が起らないとも限らなかった。しかしそれにしては相手の方があまりに変らな過ぎた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お前はおらが髪をこんなにはやしているので、いやなのか。それから……こんな獣類けだものの皮をているので、いやなのか。髪は今でもすぐに切るよ。衣服きものは……金持になればすぐ衣類きものを買ってるよ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
他の二人はきれいな髭をはやした、疳癪で、威張りたがるような男だった。
豚群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
渠がこの家にきたりし以来、吉造あか附きたるふどしめず、三太夫どのもむさくるしきひげはやさず、綾子のえりずるようにりて参らせ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長吉はひげはやした堅苦しい勤めにんなどになるよりも、自分の好きな遊芸で世を渡りたいという。それも一生、これも一生である。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その日も、親指を出したり、小指を出したり、しまいに額のところへ角をはやす真似をしたりして、世間話を伝えながら笑った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
次の間へかす位にまでてやったのに、何んだヤイ悪党、鼻の下へ附髭つけひげか何だか知らねえがはやかして、洋服などを着て東京とうけい近い此の伊香保へ来て居るとは、本当に呆れちまったな
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その内に始まった饗応きょうおうの演芸が、いかにも亜米利加三界まで流れてきたという感じの浪花節なにわぶしで、虎髭とらひげはやした語り手が苦しそうに見えるまで面をゆがめて水戸黄門様の声をしぼりだすのに
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
この庭には奇麗きれいなローンがあって、春先の暖かい時分になると、白いひげはやした御爺おじいさんが日向ひなたぼっこをしに出て来る。その時この御爺さんは、いつでも右の手に鸚鵡おうむを留まらしている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
からぬ口髭くちひげはやして、ちひさからぬ鼻に金縁きんぶち目鏡めがねはさみ、五紋いつつもん黒塩瀬くろしほぜの羽織に華紋織かもんおり小袖こそで裾長すそなが着做きなしたるが、六寸の七糸帯しちんおび金鏈子きんぐさりを垂れつつ、大様おほやうおもてを挙げて座中をみまはしたるかたち
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と云って、別離わかれの会釈につむりを下げたが、そこに根をはやして、傍目わきめらず、黙っている先達に、気を引かれずには済まなかった。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長吉ちやうきちひげはやした堅苦かたくるしいつとにんなどになるよりも、自分の好きな遊芸いうげいで世を渡りたいとふ。それも一生、これも一生である。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
幾株かの苺は素晴らしい勢で四方八方へつるを延ばしていた。長い蔓の土に着いた部分は直ぐそこに根をはやした。可憐かれんな繁殖はそこでもここでも始っていた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
われは旅稼ぎの按摩で、枕探しで旅を稼いで居たのが、処を離れて頭髪つむりはやして黒の羽織を着て、藪医者然たる扮装なりして素人をおどかし、大寺などへ入込いりこんで勝手は少し心得て居るだろうが
洋服をきて髯などはやしたものはお廻りさんでなければ、救世軍のような、全く階級を異にし、また言語風俗をも異にした人たちだと思込んでいた。
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、いう、肩ずれに雪のはだが見えると、おぶわれて出た子供の顔が、無精髯をはやした、まずい、おやじの私のつらです。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
捨吉達が同級生の一人のお父さんにあたる人で、新撰讃美歌集の編纂へんさん委員たる長い白いひげはやした老牧師が通った。青山と麻布あざぶにある基督教主義の学院の院長が通った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
徳「なんだア、てまえなんどは生利なまぎきに西洋物を売買うりかいいたすからてえんで、鼻の下にひげなんぞをはやして、大層高慢な顔をして居ても、碌になんにも外国人と応接が出来るという訳じゃアあるめえ」
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
白っぽい浴衣ゆかた兵児へこ帯をしめ、田舎臭い円顔に口髯くちひげはやした年は五十ばかり。手には風呂敷に包んだものを持っている。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
謂う処に依れば才子に思うさま煽がせさえすれば、畳にはやした根も葉も無く、愛吉は退散しそうに見える。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「惜しいことをした。矢張やっぱり君には髭が有った方が好い。国へ帰るまでには是非はやして行き給え」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こゝのうちは女二人ぎりで、菓子などは方々から貰っても、喰い切れずに積上げて置くものだから、皆かびはやかして捨てるくらいのものですから、喰ってやるのがかえって親切ですから召上れよ
十年以前自分が高等學校を退校される時分には白筋の制帽に衣服きものはかまの汚れたのを殊更自慢に着けて居た書生が、今ではいづれも頭髮かみを分け八字髯をはやして居る。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
見得でも何でもないけれど、身体からだのためにはやしたと、そういったよ。だから衛生髯だわね。おほほほほ。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ずっと以前には長い立派なひげいかめしそうにはやした小父さんであった人がそれをり落し、涼しそうな浴衣ゆかた大胡坐おおあぐら琥珀こはくのパイプをくわえながら巻煙草をふかし燻し話す容子ようす
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
土間で米をいていました權六という、身のたけ五尺五六寸もあって、鼻の大きい、胸からすねへかけて熊毛くまげはやし、眼の大きな眉毛の濃い、ひげの生えている大の男で、つか/\/\と出て来ました。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
口髭くちひげはやした五十年配の主人に出ッ歯の女房、小僧代りに働いている十四、五の男の子の三人暮らし。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さあ、のつぺらぱうか、目一めひとつか、おのれ真目まじ/\とした与一平面よいちべいづらは。まゆなんぞ真白まつしろはやしやがつて、分別ふんべつらしく天窓あたま禿げたは何事なにごとだ。顱巻はちまきれ、恍気とぼけるな。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
次第に停車場へ集って来る人の中で岸本は白い立派なひげはやした老人を見つけた。その人が妻の父親であった。老人は岸本の外遊を聞いて、見送りかたがた函館はこだての方から出て来てくれた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)