うず)” の例文
季節とは関係なしに工場の中は暑く、石灰粉の微粒はうずを巻いたり、しまを描いたりしながら、白くて厚い幕のように漂いあふれていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
半蔵や香蔵は平田篤胤没後の門人として、あの先輩から学び得た心を抱いて、互いに革新潮流のうずの中へ行こうとこころざしていた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ひっきりなし、川のみずはくるくるまわるようなはやさで、うずをまいて、ふくれがり、ものすごいおとててわきかえっていました。
鬼六 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
うずを巻いている処、波状はじょうになった処、ねた処、ぴったりと引っいた処と、その毛並みの趣が、一々実物の趣が現わされている。
不思議な好奇心と恐怖とが、頭の中でうずを巻いた。女が自分の性癖をみ込んで居て、わざとこんな真似をするのかとも思われた。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
濛々もうもうと天地をとざ秋雨しゅううを突き抜いて、百里の底から沸きのぼる濃いものがうずき、渦を捲いて、幾百トンの量とも知れず立ち上がる。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うっかりしたら、お守役もりやくわたくしまでが、あの昂奮こうふんうずなかまれて、いたずらにいたり、うらんだりすることになったかもれませぬ。
だが、かのじょえかけた自分の体を、その薬でやそうとする希望より強く、今の話が胸の底にいろいろな想像のうずを起こしていた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
断えず込み上げて来る好色心が、それからそれへとうずを巻いて、まだ高々と照り渡っている日の色に、焦慮しょうりょをさえ感じ始めたのであった。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
あぜに突き当たってうずを巻くと、其処そこの蘆は、裏をみだして、ぐるぐると舞うに連れて、穂綿が、はらはらと薄暮うすくれあいをあおく飛んだ。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、実はう小説どころでなかった。根本の人生の大問題が頭の中でうずを巻いていた。身に迫る生活上の苦労がヒシヒシと押寄せて来た。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と、ミサ子がもじもじしたので、そこで笑いがうずまいた。だいぶってきたマスノは、磯吉のそばによってきて、コップを手ににぎらせ
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そして周囲にたえずうず巻いている。それらの顔、身振り、運動、音響……。子供は疲れてくる。眼は閉じて、彼は眠ってゆく。
湖水のここは、ふちの水底からどういう加減か清水しみずが湧き出し、水が水を水面へ擡げるうずが休みなく捲き上り八方へ散っている。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
次郎は、かれらが眼を光らせ、耳をそばだてて聞いている沈黙ちんもくの底に、すさまじくうずを巻いている感情のあらしを明らかに感ずることができた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
校長先生のお話がここまで参りました時に、満場から湧き起った拍手のたまらないうず巻き……それからしばらくの間続いたススリ泣きと溜息……。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ううん、美事な命中率だ。素晴らしいぞ、照準手!」船長は紅蓮ぐれんうずを巻いて湧きあがる地上を見て、雀躍こおどりせんばかりに、喜んだのだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その男の立っている辺まで来ますと、ゆるうずをまき、躊躇ちゅうちょでもするように漂ったあげく、沈んでしまうではありませんか。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
えたいの知れぬ混沌こんとんを成しており、この上もなく矛盾むじゅんした感情や、想念や、疑惑ぎわくや、希望や、喜びや、なやみが、つむじ風のようにうずまいていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
水のとおらない皮膚ひふをもっているのですから、あのうずまいている流れをわたることができないと言われては、だまっているわけにはいきません。
が、守人の心中には、浮世のあらしよりも、今夜の雨風よりも烈しい、大きなうずがまいていた。近寄る人をまき込まずにはおかない愛慾あいよく鳴門なるとだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
僕はねむたくなって、ゴロリと横になると、帽子を顔にかぶせて眼をとじた。まぶたの部屋の中は真暗まっくらだが、うずのような七色のものがくるくる舞っている。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それがおりからのからび切った木枯らしにほこり臭いうずを巻いては、ところどころの風陰に寄りかたまって、ふるえおののきあえいでいるのである。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さっき私がお縁側に立って、うずを巻きつつ吹かれて行く霧雨を眺めながら、あなたのお気持の事を考えていましたら
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その署名たるや、水に石を投げ込んだように、正確で、しかも気紛きまぐれな線の、波とうずだ。そして、それが、ちゃんと花押かきはんになり、小さな傑作なのだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
わずかに風があって、所々にちりうずを立てていた。去年の秋から残ってる少しの黄色い落葉が互いに愉快げに追っかけ合って、戯れてるがようだった。
丁余ちょうよの上流では白波しらなみの瀬をなして騒いだ石狩川も、こゝでは深い青黝あおぐろい色をなして、其処そこ此処に小さなうずを巻き/\彼吊橋の下を音もなく流れて来て
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その光の輪は広くて、光の線はうず巻く火柱のように大空ぜんたいにひろがって、緑とくれないとにきらめいていました。
始終履歴りれきよごくさい女にひどい目に合わされているのを見て同情おもいやりえずにいた上、ちょうど無暗滅法むやみめっぽう浮世うきようずの中へ飛込もうという源三に出会ったので
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そのうずの中からのがれたい。たとえこの荒れた島はいかにさびしくとも、ここで静かに余生よせいを送りましょう。私が朝夕心をつくしてご奉公申し上げますから。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
竹の落葉が烈しいうずを巻いて、二人の足許に乱れ散り始める。風の音に交って、不安げな山鴿の声、しきり。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
雪婆んごの、ぼやぼやつめたい白髪しらがは、雪と風とのなかでうずになりました。どんどんかける黒雲の間から、そのとがった耳と、ぎらぎら光る黄金きんの眼も見えます。
水仙月の四日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
私の頭は取りとめのない事でうずを巻いていた。夜はいつの間にか明けて、すがすがしい朝の空気がもやに閉ざされた窓外そとから飛込んで来た。乗客はざわめき出した。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
ところが、その翌日から、フローラをめぐって、この島には激しい情欲のうずが巻き起こることになった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼女を擁護しようと焦慮あせったことが、二重に彼を嘲笑ちょうしょううずきこんで、手も足も出なくしてしまった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
悪くしていた源吉は死ぬ前にどうしても、青森に残してきた母親に一度会いたいとよくそう言っていた。二十三だった。源吉が、二日前の雨ですっかり濁って、うず
人を殺す犬 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
昨夜のあの護摩壇ごまだんへ行こうとして大師堂の傍まで来たのであったが、不意に火事よという声で振返って見ると、すぐ眼の下の、室町屋のあたりから黒煙がうずをまく。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いわば悠々ゆうゆう閑々と澄み渡った水の隣に、薄紙一重ひとえさかいも置かず、たぎり返ってうず巻き流れる水がある。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
硝子戸ガラスどの外れるのと共に、へやの中へ吹き入った風と雨とは、たちまちに、二十畳に近い大広間にうず巻いた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
下手の方、路の片隅かたすみによりて月色うずをなし、陰地には散斑ばらふなるあおき光、木の間をれてゆらめき落つ。風の音時ありて怪しき潮のごとく、おののける々の梢を渡る。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
社会活動のうずからはねとばされ、もしくははねとばされんとしつつ、なにもかも思うようにできないで、失意しついなげいてる人などに、ひとりだって同情どうじょうするものはない。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
両国広小路の人混みの中にうずを巻いた喧嘩の輪が、雪崩なだれを打って柳橋の方へ砕けて来たのでした。
激しい憤りが頭の中でうずを巻いた。老母や幼児のことを考えると心はけるようであったが、涙は一滴も出ない。あまりに強い怒りは涙を涸渇こかつさせてしまうのであろう。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
くつがえるかと思う位でしたが、その内に耳をもつんざく程、大きな雷鳴がとどろいたと思うと、空にうず巻いた黒雲の中から、まっ赤な一本の火柱が、杜子春の頭へ落ちかかりました。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あいあお群青ぐんじょうと、また水浅葱みずあさぎと白と銀と緑と、うず飛沫ひまつ水漚すいおうと、泡と、泡と、泡と。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
すべて女性中心のうずき起り、生々とした力を持ってふるい立った。その時に「人形の家」のノラに異常な成功をした彼女は、驚異の眼をもって眺められた。彼女の名はあがった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
たちまち、しろくもうずいて、そらひくながれてゆきます。それは、すぐに太陽たいようかくしてしまうばかりでなく、あるときは、まったくそのありかすらわからなくしてしまうのでありました。
公園の花と毒蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たちまち狂おしく痙攣けいれんし、——高まり、きたち、ざわめき、——巨大な無数のうずとなって旋回し、まっさかさまに落下する急流のほかにはどこにも見られぬような速さで、渦巻きながら
すなわち谷川のふちの水がひとところ、うずを巻いているのが珍らしいので、正月の松を刈りに来た爺さんが、その松を一束ひとたば投げ込んで見たところが、くるくると廻ってつぶりと沈んで行くのが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
清新な暖かい気流、うららかな陽光。静かに青波あおなみを打つ麦畑。煤煙に汚れた赤煉瓦れんがの建物が、重々しく麦畑の上に、雄牛のように横たわっていた。白い煙突からは黒い煙がうずを巻いて立ちのぼった。
汽笛 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)