天井てんじょう)” の例文
するとその声に母親が逆上して、声を荒らげるために親子の叫喚となり、それが、高い天井てんじょうに反響して、うわん、うわんとうなるのだ。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
通路の天井てんじょうが非常に高く、千メートル以上もあるような気がした。そのことをタクマ少年にいうと、少年は笑いをかみころしながら
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かまちがすぐにえんで、取附とッつきがその位牌堂。これには天井てんじょうから大きな白の戸帳とばりれている。その色だけほのかに明くって、板敷いたじきは暗かった。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二階の正面に陣取じんどって、舞台や天井てんじょう、土間、貴顕きけんのボックスと、ずっと見渡した時、吾着物の中で土臭つちくさからだ萎縮いしゅくするように感じた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
清逸の心はこのささやかな攪拌かくはんの後に元どおり沈んでいった。一度聞耳を立てるために天井てんじょうに向けた顔をまた障子の方に向けなおした。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それに、ゆかはぎしぎし鳴りますし、天井てんじょうは鏡のガラスでつくられているので、自分の姿が、さかさまにうつって見えるしまつです。
巌は繃帯ほうたいだらけの顔を天井てんじょうに向けたままだまった、父と子はたがいに眼を見あわすことをおそれた。陰惨な沈黙が長いあいだつづいた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
この端麗で、そして威のある姿が、朝の勤行ごんぎょうに、天井てんじょうのたかい伽藍がらんのなかに立つと、大きな本堂の空虚もいっぱいになって見えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて乙姫おとひめさまについて、浦島はずんずんおくへとおって行きました。めのうの天井てんじょうにさんごの柱、廊下ろうかにはるりがしきつめてありました。
浦島太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ガラスの向こうは部屋へやになっていて、部屋の中には、天井てんじょうまでとどきそうな木が立っている。ははあ、クリスマス・ツリーだな。
かれは天井てんじょうをあお向いて見た。いつもしおぶたがかかっていたかぎが目にはいったが、そこにはもう長らくなんにもかかってはいなかった。
余は天井てんじょうを眺めながら、腹膜炎をわずらった廿歳はたちの昔を思い出した。その時は病気にさわるとかで、すべての飲物を禁ぜられていた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
追いまわすうち、ガウンは一階のホールの天井てんじょうへパッといあがったかと思うと、落ちてきて、そのまま、へなへなっと動かなくなった。
お母さまも、何気ない表情で天井てんじょうを見ながら、そのお話を聞いていらっしゃる。なんでも無かったんだ、と私は、ほっとした。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
天井てんじょうを走る電線、卓上の湯呑み、うす汚れた壁。何もかも先刻の風景と変らなかった。私は上衣を肩にかけ、出口の方に歩き出そうとした。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
この話を天井てんじょうで聞いていた勘太郎かんたろうは「しめた」と思った。するとその時、大将たいしょうおにが鼻を天井に向けてもがもがさせながら
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
モンパルナスのキャフェ・ド・ラ・クーポールの天井てんじょうや壁から折り返して来るモダンなシャンデリヤの白い光線は、ほのかにもまた強烈だった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
白布が後を追って来ていて、数間の背後に身長たけ高く立ち、頭を天井てんじょうへ届かせそうにしながら、走って来るのが見てとられた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
足も立てられないような汚いたたみを二三枚歩いて、狭い急な階子段はしごだんを登り、通された座敷は六畳敷、すすけた天井てんじょう低く頭を圧し、畳も黒く壁も黒い。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
終戦のときには、西口家の倉庫そうこにも、軍の物資ぶっし天井てんじょうまで積みあげてあるといううわさもあったが、ほんとうかうそかさえも分からずにすぎている。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
「あのかべの上にあがったら……、あの山にあがったら……、あのくもにあがったら……、そしてあの空の天井てんじょうの上に……」
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
二人ふたりいろとりどりの金平糖こんぺいとうを、天井てんじょうかってげあげてはそれをくちでとめようとしましたが、うまくくちにはいるときもあれば、はなにあたったり
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
けれど、またまち人家じんか店頭みせさきつくってれるころになると、みんないえなか天井てんじょうなかはいってやすみます。
つばめの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ゴーシュが叫びますといきなり天井てんじょうの穴からぽろんと音がして一ぴきの灰いろの鳥が降りて来ました。床へとまったのを見るとそれはかっこうでした。
セロ弾きのゴーシュ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その気持の張りと柳吉が帰って来た喜びとで、その夜興奮して眠れず、眼をピカピカ光らせて低い天井てんじょうにらんでいた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
ったばかりの天井てんじょうにふんの砂子すなごらしたり、馬の眼瞼がんけんをなめただらして盲目もうもくにする厄介やっかいものとも見られていた。
蛆の効用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼女かのじょの借りた傍屋は、いかにも古びて手狭てぜまで、おまけに天井てんじょうの低い家なので、いくらか小金こがねを持った連中なら、とても住む気にはならないからである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
行燈あんどんをとりに立とうとした時、ちょうど眼のまえの空に、天井てんじょうから糸を垂れて降りてきた一匹の子蜘蛛こぐもを見つけた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
天井てんじょうといわず、床下までも、残るところもなく捜索しましたが、インド人の姿はどこにも発見されませんでした。
少年探偵団 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
(大納言、嬉し気な表情)昨夜ゆんべ、あれの部屋に行って、ふと何気なく見ましたところが、お手紙ふみつるに折られて、天井てんじょうからぶるさがっておりましたじゃ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
家中の畳の数や電燈の数は固よりのこと、障子の格子こうし天井てんじょうさんまで数えている。数に兎角興味がある。この間銀座へ行く途中、電車に故障があった時
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
室内の区劃の上に現わるる二元性としては、まず天井てんじょうゆかとの対立が両者の材料上の相違によって強調される。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
先にここに入りし際は、穴のように思いしに、夜明けて見れば天井てんじょう高く、なかなか首をつるべきかかりもなし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
へりに金を入れた白い天井てんじょう、赤いモロッコ皮の椅子いすや長椅子、壁にかっているナポレオン一世の肖像画、彫刻ほりのある黒檀こくたんの大きな書棚、鏡のついた大理石の煖炉だんろ
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すると、そこには、当惑とうわくして天井てんじょうを見ている顔や、にがりきって演壇をにらんでいる顔がならんでいた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
壁の石が湿気しっけを帯びて光っている。にんじんの髪の毛は、天井てんじょうをこするのだ。彼はそこにいると自分のうちにいる気がし、そこでは邪魔じゃまっけな玩具おもちゃなんかいらない。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
すなわち天井てんじょう小旦那こだんなという言葉さえできているが、是などもやはりまた近年の変化かと思われる。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
天井てんじょうから床下ゆかしたから、押入も、戸棚も、土竈へっついの中も、羽目板の後ろも、絶対に見落さないはずですが、夜中までかかって、小刀一挺、いや、針一本見付からなかったのです。
おしまいには、見上げて居る天井てんじょうに、幾つも/\妻の顔が、現れて、媚びのある微笑を送った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しろへつきますと、おきさきさまは女の子を上の三つのへやにつれていきました。見れば、どのへやにもそれはそれはみごとなアサが、ゆかから天井てんじょうまでぎっしりつまっています。
玄関げんかんさきはこの別室全体べっしつぜんたいめているひろ、これが六号室ごうしつである。浅黄色あさぎいろのペンキぬりかべよごれて、天井てんじょうくすぶっている。ふゆ暖炉だんろけぶって炭気たんきめられたものとえる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
健ちゃんは、すすけた天井てんじょうから薬袋くすりぶくろを降して見知らぬ男のひとのところへ持ってゆきました。
(新字新仮名) / 林芙美子(著)
そこで何でもでもいお茶良いお茶と金にかして、天井てんじょう知らずに珍奇なお茶を手に入れては、それを自慢にして会合を催したり、ピクニックを試みたりして行くうちには
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この大きな石の建物たてものは、かべ天井てんじょうがたいへんあついので、内がわには、ただ厚い壁だけがあるようなありさまです。階段かいだん廊下ろうかもせまくて、部屋へやはほんのわずかしかありません。
口を開けっ放しにして天井てんじょうばかり見ているもの、眼をしかめたり閉じたりぐるぐるまわしたりしているもの、洟汁はなを絶えず舌の先ですすっているもの——いちおうは正面を向いて
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
音無く天井てんじょうを走るだけでも、その業を申し立てればお取り立てになる程のものだ。貴様も、つまらない遠慮を抜きにして、この家へだけは、一芸の達者として、威張って出入りするがいい
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
二十七日、払暁荷車にぐるまに乗りて鉄道をゆく。さきにのりし箱にくらぶれば、はるかにまされり。固より撥条バネなきことは同じけれど、壁なく天井てんじょうなきために、風のかよいよくて心地あしきことなし。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
わたくし自身じしんやま修行場しゅぎょうばうつるまでは、矢張やは岩屋いわやずまいをいたしましたが、しかし、ここはずっとおおがかりに出来でき岩屋いわやで、両側りょうがわ天井てんじょうもものすごいほどギザギザした荒削あらけずりのいわになってました。
僕はあんまりわがままをやったもので、お坊さんの感情を害したらしいんです。それでどうも具合がわるくて、もう一度見たいのを辛抱しんぼうしているんです。ええ、夢殿の天井てんじょうだの柱だのの具合を。——
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
と、病人の眼は半眼に見開かれて、斜めに、寝台のすその方の天井てんじょうに注がれたまま、凝然と動かなくなっていた。「死んだのだ」———私はそう思って傍へ寄り、手に触れてみると、冷たくなっていた。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)