ふく)” の例文
溝にわたした花崗岩みかげいしの橋の上に、髮ふり亂して垢光りする襤褸を著た女乞食が、二歳許りの石塊いしくれの樣な兒に乳房をふくませて坐つて居た。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
しんり、しずみ、星斗と相語り、地形と相抱擁あいほうようしてむところを知らず。一杯をつくして日天子にってんしを迎え、二杯をふくんで月天子げってんしを顧みる。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
つばくろは年々帰って来て、どろふくんだくちばしを、いそがしげに働かしているか知らん。燕と酒のとはどうしても想像から切り離せない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
れ永楽帝のおそうれうるところたらずんばあらず。鄭和ていかふねうかめて遠航し、胡濙こえいせんもとめて遍歴せる、密旨をふくむところあるが如し。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
紅の上衣を頂より被りて、一人の穉兒をさなごには乳房をふくませ、一人の稍〻年たけたる子をば、腰のあたりなるの中に睡らせたる女あり。
「そなたも知っている通りお父様は御病気でおかくれになったので、何も筑摩家にふくわれはないのだから、その点は誤解のないように」
下町育ちらしい束髪の細君が、胸をはだけてしなびた乳房を三つばかりの女の子にふくませている傍に、切り髪のしゅうとめや大きい方の子供などもいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しつに、玉鳳ぎよくほうすゞふくみ、金龍きんりうかうけり。まどくるもの列錢れつせん青瑣せいさなり。しろきからなしあかきすもゝえだたわゝにしてのきり、妓妾ぎせふ白碧はくへきはなかざつて樓上ろうじやうす。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
妙義の妓はふくみ水でその血を洗うことを知っているので、今夜の客も相方あいかたの妓のふくみ水でその疵口を洗わせていた。
半七捕物帳:22 筆屋の娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
乳房をふくませてやらなければ絶対に泣き歇まぬ守が、其の場合急に静かになったので、何気無く好奇心を覚えて境目の襖を二尺程開き寝床を覗いたのであります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
「間さん」と、呼れし時、彼は満口に飯をふくみてにはかこたふるあたはず、唯目をげて女の顔を見たるのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ましら羽の鳥にふくます花ひとつ武蔵のあなた十里におちよ (上総なる林のぶ子の君を懐ひまつりて)
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
父は捨てどころにこうじて口の中にふくんでいた梅干の種を勢いよくグーズベリーの繁みに放りなげた。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
どんな「夢」でも、さう不自然でなく、すべての欲望は満たされない前に、既に十分な甘味としてこれを口にふくみ得るといふ時代、これは単純に幸福きはまる時代です。
実業家は冷めた盃をふくみながら、是公氏が何を泣いてゐるのだらうと色々想像してみた。後藤だんが新聞記者にいぢめられたからといつて泣く程の是公氏でもないと思つた。
昔、融禅師ゆうぜんじがまだ牛頭山ごずさんの北巌にんでいた時には、色々の鳥が花をふくんで供養くようしたが、四祖大師しそだいしに参じてから鳥が花を啣んで来なくなったという話を聞いたことがある。
愚禿親鸞 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
番頭はさかずきふくんで、「さあ誰でも来い」という顔付をした。「お貸しなさい、敵打かたきうちだ」と主人は飛んで出て、番頭を相手に差し始める。どうやら主人の手も悪く成りかけた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
また慾にかわいて因業いんごふ世渡よわたりをした老婆もあツたらう、それからまただ赤子に乳房をふくませたことの無い少婦をとめや胸に瞋恚しんいのほむらを燃やしながらたふれた醜婦もあツたであらう。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
と、手ずからその口へ薬をふくませてやったというにかかわらず、息をひきとってしまった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
而して半日の観劇を終りたるの後、予は「かの丸薬」の幾粒を口にふくみて、ふたたび予が馬車に投ぜん。節物せつぶつもとより異れども、紛々たる細雨は、予をして幸に黄梅雨くわうばいうの天を彷彿せしむ。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
残るくまなく雲の波にひたされて、四面圜海くわんかいの中、兀立こつりつするは我微躯びくを載せたるはう幾十尺の不二頂上の一撮土さつどのみ、このとき白星をふくめる波頭に、漂ふ不二は、一片石よりも軽かつ小なり
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
人目を避け他聞をはばかって、奥まった片隅に会議の席をしつらえ、コン吉とタヌが待ち構えていると、ガイヤアルを先登にして三人の山案内ギイドが、威風堂々舳艫じくろふくんで乗り込んで来た。
口移しに水をふくませ、お竹を□□めてわが肌のあたゝかみで暖めて居ります内に、雪はぱったり止み、雲が切れて十四の月が段々と差昇ってまいる内に、雪明りと月光つきあかりとで熟々つく/″\お竹の顔を見ますと
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そのおどろきに父さまの事は忘れたらしく候へば、箱根へかかり候まで泣きいぢれて、ようてをり候しげるを起しなど致し候へば、また去年の旅のやうに虫を出だし候てはと、まさぬはずの私の乳ふくませ
ひらきぶみ (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
溝にわたした花崗石みかげいしの橋の上に、髪ふり乱して垢光りする襤褸ぼろを着た女乞食をなごこじきが、二歳許りの石塊いしくれの様な児に乳房をふくませて坐つて居た。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
お銀は白い胸をはだけながら、張り詰めた乳房をふくませると、子供の顔から涙を拭き取って、にっこり笑って見せた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
唯だ骨喜店カツフエエの前には、幾個の希臘人、土耳格トルコ人などの彩衣を纏ひて、口に長き烟管きせるふくみ、默坐したるあるのみ。
椀のふちがほんのり汗を掻いているので、そこから湯気が立ち昇りつゝあることを知り、その湯気が運ぶ匂に依って口にふくむ前にぼんやり味わいを豫覚する。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
市郎はある岩角に腰をかけて、用意の気注薬きつけぐすりふくんだ。足の下には清水が長く流れているが、屏風のような峭立きったての岩であるから、下へは容易に手がとどかぬ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
幅はのみひろからぬ川ながら、船の往来のいと多くして、前船後船舳艫じくろふくみ船舷相摩するばかりなるは、川筋繁華の地に当りて加之しかも遠く牛込の揚場まで船を通ずべきを以てなり。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
御新造ごしんぞは何しろ子供のように、可愛がっていらしった犬ですから、わざわざ牛乳を取ってやったり、宝丹ほうたんを口へふくませてやったり、随分大事になさいました。それに不思議はないんです。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
飛天の銃は、あの、清く美しい白鷺を狙うらしく想わるるとともに、激毒をふくんだ霊鳥は、渠等に対していかなる防禦をするであろう、神話のごとき戦は、今日のうちにも開かるるであろう。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
じっと、ばいふくんで、待機——)
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のんどは又ふさがりて、銕丸てつがんふくめるおもひ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
又太閤は三成以下の五奉行に旨をふくめ、二月朔日ついたちまでに諸役人共こと/″\く伏見へ着到するように国々へ廻文を出させたので、当日までに集まった武士を始め、大工、土工
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
血気の男二人に、突き戻され、押遣おしやられて、強情なお杉も漸次しだいあと退すさったが、やがて口一杯にふくんだ山毛欅ぶなの実を咬みながら、市郎の顔に向ってふッと噴き付けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
われうけがはねば、この少女しば/\武を用ゐき。或る日われまた脅されて泣き出しゝに、さては猶穉兒をさなごなりけり、乳房ふくませずては、啼き止むまじ、とて我を掻き抱かむとす。
房吉は時々出かけてゆく、近所の釣堀つりぼりへ遊びに行っていたし、房吉の姉のお鈴は、小さい方の子供に、乳房をふくませながら、ちゃの方で、手枕をしながら、乱次だらしなく眠っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いや彼塔あれを作つた十兵衞といふは何とえらいものではござらぬ歟、彼塔倒れたら生きては居ぬ覚悟であつたさうな、すでの事に鑿ふくんで十六間真逆しまに飛ぶところ、欄干てすりを斯う踏み
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
読者どくしやるや、とんさんと芥川あくたがは……あゝ、面影おもかげえる)さんが、しか今年ことしぐわつ東北とうほくたびしたときうみわたつて、函館はこだてまづしい洋食店やうしよくてんで、とんさんが、オムレツをふくんで、あゝ、うまい、とたん
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
我がふくめる泥土ひづちけ沈みぬ。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
憲房も、杯をふくんで。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
リヽーはそれをすつかり呑み込んでゐるらしく、頬ぺたへ顔を擦りつけてお世辞を使ひながら、彼がさかなふくんだと見ると、自分の口を大胆に主人の口のはたへ持つて行く。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いや彼塔あれを作った十兵衛というはなんとえらいものではござらぬか、あの塔倒れたら生きてはいぬ覚悟であったそうな、すでのことにのみふくんで十六間真逆まさかしまに飛ぶところ、欄干てすりをこう踏み
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
水を貰って洗おうとすると、ただ洗っても取れるものではない、一旦は水を口にふくんで、いわゆるふくみずにして手拭てぬぐいか紙に湿しめし、しずかに拭き取るのが一番よろしいと、案内者が教えてくれました。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
またよく杯をふくんだ。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
リリーはそれをすっかりみ込んでいるらしく、ほっぺたへ顔を擦りつけてお世辞を使いながら、彼が魚をふくんだと見ると、自分の口を大胆に主人の口のはたへ持って行く。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
リヽーはそれをすつかり呑み込んでゐるらしく、ほっぺたへ顔を擦りつけてお世辞を使ひながら、彼がさかなふくんだと見ると、自分の口を大胆に主人の口のはたへ持つて行く。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
而も三成の命をふくんで細作さいさくとなるべく志した行者順慶、当時の下妻左衛門尉は、此の圓一と入魂じっこんであったのを幸いに、彼の盡力に依って短時日の間に当道の瞽官こかんを得たと云う。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
咽喉のどかわいておいでゞしょうと云って柘榴ざくろをすゝめたのを、丞相は取って口にふくんでひしひしとみ砕き、妻戸のふちに吐きかけたかと思うと、見る/\一条の火焔となって燃え上ったが
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)