うなぎ)” の例文
バタバタと蒲焼を焼く煙の中で団扇うちわをたたく音が板場でする。うなぎを裂いたり、蒸したり、せわしげに男達がそこで働いているのだった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
立町老梅君たちまちろうばいくんさ。あの男も全く独仙にそそのかされてうなぎが天上するような事ばかり言っていたが、とうとう君本物になってしまった」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
死んだあゆを焼くとピンとそりかえったり動いたりする……、うなぎを焼くとぎくぎく動く、蚯蚓みみずを寸断すると、部分部分になって動く……。
首を失った蜻蛉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
うなぎどんぶりなら三つ以上五つ位食べなければ承知せん位の大食家だ。あの男に和女おまえの拵えた豚料理を御馳走したらさぞよろこんで食べるだろう。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「わこく橋のそばの堀っぷちにうなぎ蒲焼かばやきの屋台が出る」と栄二は続けた、「おらあ蒲焼の匂いをぐとがまんができなくなるんだ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この、成功か失敗かわからない乾杯があって後、この一座の、うなぎを食いながらの会話は、忍術の修行の容易ならざることに及ぶ。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小さいおちょこで二ツお酒をのんで、田所町の和田平か、小伝馬こでんま町三丁目の大和田のうなぎの中串を二ツ食べるのがおきまりだった。
「ひらめやかれいに附き合ひはないよ。うなぎといふ字と、くぢらといふ字なら看板かんばんで見て知つてるが、それでも間に合せるわけには行かねエのか」
そしてそのひげうなぎのそれの如く両端遙かに頤の方向に垂下して居る、恐らく向上といふ事を忘却した精神の象徴はこれであらう。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
かつて聖なる寺院を抱けり、彼はトルソの者なりき、いま斷食によりてボルセーナのうなぎとヴェルナッチヤを淨む。 二二—二四
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「さっきおとっさんおもしろかったよ。ネイおっかさん、ほんとにおかしかったわ、大きなうなぎ、惜しい事しちゃったの、ネイおっかさん……」
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
月の四日にはきっと両国の橋番の小屋へ行って、放しうなぎをして帰るのを例としている。神まいりにも行く。寺詣りにもゆく。
半七捕物帳:19 お照の父 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのちょっとのところに目をふさいで見れば、確かにわらが真綿になるに相違ないのである。山の芋がうなぎになったりする「事実」も同様である。
路傍の草 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「まずまず、おまえさんがたもっとからだをらくになさい。そしてね、うなぎあたまつけたら、わたしのところにってておくれ。」
かつて或る暴風雨の日ににわかうなぎいたくなって、その頃名代の金杉かなすぎ松金まつきんへ風雨を犯して綱曳つなひ跡押あとおしきのくるま駈付かけつけた。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
すし屋、うなぎ屋、菓子屋、果物屋と、方々から持って来る請求書の締め高が、よくもこんなに喰べられたものだと、驚くほど多額に上ったのです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
遠近をちこちやまかげもりいろのきしづみ、むねきて、稚子をさなごふね小溝こみぞとき海豚いるかれておきわたる、すごきはうなぎともしぞかし。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
例えば、日本ではうなぎといえば、まず第一等の御馳走である。ところが欧米の諸国では、鰻が最下等の食物とされている。
風土と伝統 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
極端に言へば、うなぎのやうになめらかで抑へどころのないといふ趣がある。度々逢つても打解けるといふやうな事はないやうだ。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
土用でうなぎを食べたかと思う間もなく立秋である。すると、早速にも入道雲の峰が崩れかかり、空の模様に異状を呈する。
室は、まるでうなぎ寝床ねどこのように、いやに細長かった。庭には、ももの木が植えられ、桃の実が、枝もたわわになっている。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
うなぎもそうである。三、四十匁の小串を好むものもあるが、それはただ、軽い味というだけである。ほんとうは五十匁以上、百匁近いものに味がある。
季節の味 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「アライところで一本」なぞいう御定連ごじょうれんは無いと云った方が早いくらい。しかもうなぎは千葉から来るのだと、団扇うちわ片手の若い衆が妙な顔をして答えた。
うなぎよりも美味しいトロッとした江戸前の穴子の握りの色を目に浮かべてつくづく恋しがらないわけにはゆかなかった。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
豆腐も洋人のテーブルにのぼらばいっそうの声価を増さん。うなぎの蒲焼き、茶碗蒸し等に至りては世界第一美味の飛び切りとて評判をることなるべし。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
膚のつやつやしいむき玉子の一つ二つ、白葡萄酒で煮たうなぎのはぜた肉などが老翁の節の短い太い指の間に取り上げられた。そしてまた老翁は考え直す。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
要するに山芋やまいもうなぎすずめはまぐりとの関係も同じで、立会たちあいのうえで甲から乙へ変化するところを見届けぬかぎりは、真の調書は作成しえなかった道理である。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一度たべる樣に致てすこしにても母樣の御口に適物を調へてあげんと思へども夫さへ心の儘ならずされどもうなぎあげたらお力も付ふかと存夜業よなべに糸をくりし代にて鰻を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
四人は先づ大阪へ出て、船の出る川口に近い博多山はかたやまといふ家で、道臣の好物のうなぎで飯を喰べた。道臣は嬉しさうにして何時までもチビリ/\飮んでゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「君と、柴又しばまた川甚かわじんへ行った事があったね。えらい雨に降りこめられて、飯のないうなぎを食った事があったなア」
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
彼は、男衆に教わって、天竺てんじく針をかけることや、どうけを沈めることを知った。日暮にかけておいた天竺針には、朝になるときっとうなぎなまずがかかっている。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「こんどはうなぎです。面白いですね。みんな砂の上に寝そべっていやがる。先生、どこを見ているんですか?」
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
時々うなぎ位用いたとても六十五万石の大身代おおしんだいでは減るようなこともあるまいゆえ、三日に一度位は油の乗った大串おおぐしを充分に食して、もッと胆を練るようにとな。
ヴェラ・ケンペルが彼女夫婦の暮しているうなぎの寝床のように細くて奥ゆきばかりある住居をモスクヷの壁と壁とのわれめ、といったのが当っているとすれば
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
山上の湖水なんかにどうしてうなぎがいるか知ってるかい? 鰻って奴は、必ず海に卵を産んで、その卵からかえったのが、川を遡って内地……と云っちゃあ変だが
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
秋の沙魚はぜ釣に、沙魚船を呼ぶはまだしも、突船つきぶねけた船の、かれいこちかにも択ぶ処なく、鯉釣に出でゝうなぎを買ひ、小鱸せいご釣に手長蝦てながえびを買ひて帰るをも、敢てしたりし。
釣好隠居の懺悔 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
すずめ雌雄しゆうを知らず不如帰ほととぎすの無慈悲を悟らずして、新しき神学説を蝶々ちょうちょうするも何ぞ。魚類の如き一として面白からぬはなく、うなぎの如き最も不可解なる生物である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
四角な水槽みずおけうなぎを泳がせ釣針を売る露店が、幾軒となく桜田本郷町の四ツ角ちかくまで続いて、カフエー帰りの女給や、近所の遊人らしい男が大勢集っている。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは美しい貝殻に入ったままの大きな腹足類(Rapana bezoar アカニシ?)、煮た烏賊いか、あげたうなぎ、御飯という献立で、どれも美味であった。
だれがいいだしたのかうなぎがいるといううわさがたってから、子どもたちの熱意は川底に集まり、毎日土手どての見物と川の漁師とのあいだで時ならぬやりとりがつづいた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
時分時じぶんどきではあり、何もないけれど、お光さんの好きなうなぎでもそう言うからと、親子してしきりに留めたが、俥は待たせてあるし、家の病人も気にかかるというので
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
現に精神的教養を受けない京阪辺の紳士諸君はすつぽんの汁をすすつた後、うなぎさいに飯を食ふさへ
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
うなぎの寝床みたいな狭い路地だったけれど、しかしその辺は宗右衛門町の色町に近かったから、上町や長町あたりに多いいわゆる貧乏長屋ではなくて、路地の両側の家は
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
この一ヶ月中、このあなたときたらまるでうなぎのやうに掴まへやうがなく、野薔薇のばらのやうに刺したんですからね! どこにだつて一寸手をれゝば突き刺されたんだもの。
祗園ぎおんの祭には青簾あおすだれを懸けてははずし、土用のうしうなぎも盆の勘定となって、地獄の釜のふたの開くかと思えば、じきに仏の花も捨て、それに赤痢の流行で芝居の太鼓も廻りません。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そしてその子供だと云ふ、五つになる愛らしい子が、餉台ちやぶだいの傍にすわつてうなぎを突ついてゐた。
花が咲く (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「水はこんなにきれいでたつぷりしてゐるだらう。鯉だつて鮒だつて、なまずも、ハヤも、うなぎ、アカハラ、それに鮎は名物だらう。こんなに沢山魚のゐる河が他にありますかい」
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
車屋に沿うて曲って、美術床屋に沿うて曲ると、菓子屋、おもちゃ屋、八百屋、うなぎ屋、古道具屋、皆変りはない。去年穴のあいた机をこしらえさせた下手な指物師さしものしの店もある。
車上の春光 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
靴底魚したひらめうなぎとでサ、勿論もちろん』とグリフォンは焦心じれッたさうにこたへて、『えびけ』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
成程なるほど南洲も大きかつたに相違ないが往時むかしの偉人をめるばかりではつまらぬ、吾々自ら偉人となつた積りで働かなければならぬと、蜀山人しよくさんじんが見たといふうなぎになりかけた薯蕷やまのいものやうに