隣家となり)” の例文
上杉の隣家となりは何宗かの御梵刹おんてらさまにて寺内廣々と桃櫻いろ/\植わたしたれば、此方の二階より見おろすに雲は棚曳く天上界に似て
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
家内のことばかり言うと家内を恐れているように誤解されるかも知れないが、実は先月一軒置いて隣家となりへ囲いものが越して来たのさ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
まずは、武大ぶだもそんな程度と聞くと、西門慶は大胆にも、たった二日ほどいただけで、またぞろ隣家となりへ来ては金蓮に呼びをかける。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いゝえ、お祖父樣ぢいさん、私は螢をつかまへに行くのでは無いのです。つい其處そこまで…… あの、お隣家となりの太一さんのとこまで行くのです。」
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
家の中でも、隣家となりでも、その隣家となりでも、誰一人起きたものがない。自分は静かに深呼吸をし乍ら、野菜畑の中を彼方此方あちこちと歩いて居た。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その金を稀塩酸で磨いて、紙の棒に包んだのを資金として、故意わざと直ぐの隣家となりに理髪店を開いていたところは立派な悪党であった。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
むかし小野浅之丞あさのじようといふ少年があつた。隣家となりの猫が度々たび/\大事なひなを盗むので、ある日築山つきやまのかげで、吹矢で猫をねらうちにした。
ト月過ぎタ月すぎてもこのうらみ綿々めんめんろう/\として、筑紫琴つくしごと習う隣家となりがうたう唱歌も我に引きくらべて絶ゆる事なく悲しきを、コロリン
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
が、まあ、爺が死ぬ、村のものを呼ぼうにも、この通り隣家となりに遠い。三度のおきてでその外は、火にも水にも鐘を撞くことはならないだろう。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五日ほど前から、千々子さまはお隣家となりのミドリさまを釣りだそうというので、いろいろと骨を折っていた。はじめの日は電話で
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あとで源助は奥の騒ぎを聞きつけて、いきなり自分の部屋を飛びだし、こぶしふるって隣家となりへいを打ち叩き、破れるような声を出して
歴史には名は出ていなくても、隣家となりの大将、裏のねえさん、お向うのあんちゃんには、神のように、父のように慕われ、うやまわれたんです。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
甲野さんが「無絃むげんの琴をいて始めて序破急じょはきゅうの意義を悟る」と書き終った時、椅子いすもたれて隣家となりばかりを瞰下みおろしていた宗近君は
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
してみますよって。お母はんも、もう、ちょっと静かにしてとくれやす。隣家となりが近うおすよって。そのことは私が、後でよう聴かしてもらいます
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
その隣家となりはこんもりした植込みのある——泉水などもある庭をもった二階家で、丁度そこの塀を二塀ばかりきりとって神田上水の井戸があるのを
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
セエラがお使から帰ってくると、隣家となりでは、ラム・ダスが鎧戸を閉めているところでした。セエラは鎧戸の間から、ちらと部屋の中を覗きました。
デカがいて来る。ピンは一昨夜子を生んだので、隣家となりの前まで見送って、御免をこうむった。朝来の雨は止んで、日が出たが、田圃はまだ路が悪い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
窓から隣家となりの二階の縁側が見えている。縁側の下はすぐ勝手のトタン屋根になっていて、そこから地続きの低い生垣を越えると、浅田家の庭である。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
薄暗い雨の夜に隣家となりへいから伸び出てゐる松の枝は、彼れの身體をぶら下げて息の根を絶つに役立つやうだつた。……
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
お雪は住居の近くに、二人の小母さんの助言者をも得た。一人は壁一重隔てて隣家となりに住む細君で、この小母さんは病身の夫と多勢の子供とを控えていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
はじめ、その姿すがたちいさかったのが、だんだんおおきくなって、よくわかるようになると、にブリキかんをっていました。それは、隣家となりたけちゃんでした。
夢のような昼と晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そのなかでもとりわけ立派りつぱ總縫模樣そうぬいもやう晴着はれぎがちらと、へいすきから、貧乏びんぼう隣家となりのうらにしてある洗晒あらひざらしの、ところどころあてつぎ などもある單衣ひとへものをみて
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
第二篇の饗庭篁村の『掘出し物』は丁度新店しんみせ見世開みせびらきに隣家となり老舗しにせの番頭をやとって来たようなものであるが、続いて思案の『乙女心おとめごころ』、漣の『妹背貝いもせがい』と
朝晩魚があたらしかつたり、庭先の砂地にかにが出てゐたり、隣家となりの井戸端に海水着が沢山干されてあつたりしてゐると、やはり避暑地の晴々とした安楽を感じる。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
二人が争っているところへ女の所天ていしゅはじめ隣家となりの者が三四人やって来た。勘作は女を渡して帰って来た。
ある神主の話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
昨夜隣家となりに越して来た凄い引き眉毛の洋装少女のことも、共にすっかり忘れてしまわねばならなかった。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
理髪所とこやの裏が百姓で、牛のうなる声が往来まで聞こえる、酒屋の隣家となり納豆売なっとううりの老爺の住家で、毎朝早く納豆なっとう納豆と嗄声しわがれごえで呼んで都のほうへ向かって出かける。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
信實まこととなし貴妃きひ小町にも勝るとも劣はせじと思ふ程なる美人であれば其樣な病ももとより有るまじと思ふが故に近所きんじよ隣家となりの人にも更に平常の行跡ぎやうせきさへも聞事なくえん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
生垣などで隣家となりと境いし、並んでいるというような——ざっと中流以下の人が、かくし女を囲って置くのに、うってつけとでもいいたげの、そういう場所の一軒から
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
隣家となりのラディオも閉めた雨戸にさえぎられて、それほどわたくしを苦しめないようになったので、わたくしは家に居てもどうやら燈火に親しむことができるようになった。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
家の前うしろや隣家となりまでなら、さるも同様にむき出しでもかかえて行けるが、散ったりこぼれたり人に見られたりするのをいとえば、容器すなわち入れ物がほしくなる。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一昨日おとつい昇に誘引さそわれた時既にキッパリことわッて行かぬと決心したからは、人が騒ごうが騒ぐまいが隣家となり疝気せんき関繋かけかまいのないはなし、ズット澄していられそうなもののさて居られぬ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
予は翁からの注文で、隣家となりの着古るしの芝簑を一領携へて行つた。翁は直ぐと着て見て大喜び。
大野人 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
雲根志うんこんし灵異れいいの部に曰、隣家となり壮勇さうゆうの者あり儀兵衛といふ。或時田上谷たがみだにといふ山中にゆき夜更よふけかへるに、むかうなる山の澗底たにそこより青く光りにじの如くのぼりてすゑはそらまじはる。
何人なんぴとの会合か隣家となりの戸口へかけて七八輛の黒塗車が居并らび、脊に褐色ちゃや萠黄や好々の記号しるしを縫附けた紺法被こんはっぴが往来し、二階は温雅しっとりした内におのずからさゞめいて居るので
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
この騒ぎの最初の日、欣之介は自分の家にとどまつてゐるにへない気がして、朝から隣家となりの病身の大学生のところへ出かけて行つた。友達は以前から見るとまた一層弱つてゐた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
すると隣家となりに十二ばかりの女の子を上に八歳やつばかりと五歳いつつばかりの男の子が居た。
闥の響 (新字新仮名) / 北村四海(著)
幾が親類みうち隣家となり一人ひとりそんながございましてね、もとはあなたおとなしいで、それがあの宗旨の学校にあがるようになりますとね、あなた、すっかりようすが変わっちまいましてね
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「なんだ、先刻さつきにから戸の破れる程叩いたじやあないか、なぜ開けない、隣家となりへ聞こえても不都合じやないか、夫を戸外に立たせておいて、優々閑々と熟睡しておるとは、随分気楽な先生だ」
こわれ指環 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
隣家となり中庭にはのこつちをばこつそり通り抜けるのでした。
隣家となりは空に 舞ひ去つてゐた!
上杉の隣家となりは何宗かの御梵刹おんてらさまにて寺内じない広々と桃桜いろいろうゑわたしたれば、此方こなたの二階より見おろすに雲は棚曳たなびく天上界に似て
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そして、今日隣家となりの松太郎と云ふ若者わかいものが、源助さんと一緒に東京に行きたいと言つた事を思出して、男ならばだけれども、と考へてゐた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
時たま活動を見に行く事もあったが、その時は、隣家となりの店に居る泊り込みの小使い爺さんに留守を頼んで、表から南京錠をかけて行った。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこで裸体はだかで手をかれて、土間の隅を抜けて、隣家となり連込つれこまれる時分には、とびが鳴いて、遠くで大勢の人声、祭礼まつり太鼓たいこが聞えました。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
隣家となりの書生が木刀を握って武者慄いをした。お歌さんは乃公の手をつかまえている。捉えているのか捉っているのか分らない。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
じょうに足らぬひのきが春に用なき、去年の葉をかたとがらして、せこけて立つうしろは、腰高塀こしだかべい隣家となりの話が手に取るように聞える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
耳朶みみたぶにして、お蔦は、外へ出て行った。すぐ、隣家となりの格子が鳴り、がたぴしと、壁越しに、箪笥たんすかんの音があらっぽく聞こえてくる。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と裏の枯れた渋辛声で名乗ったので、これが係長の話していたお隣家となりの太田夫人なのだと、鈍い百々子にもすぐわかった。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
貴郎あなた、そんな身装みなりをしてお隣家となりへ往つてらしたんですか。襟飾ネクタイもつけないで、何てまあ礼儀を知らない方なんでせう。」