野暮やぼ)” の例文
「ト云うと天覧をあおぐということが無理なことになるが、今更野暮やぼを云っても何の役にも立たぬ。悩むがよいサ。苦むがよいサ。」
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すべての取りまわしも野暮やぼではない。しかしその野暮でないのをひけらかすような処に、お絹には堪まらないほど不快の点が多かった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
野暮やぼにおびえさせて、お説教ばかり聞かしてもおられねえ、話がもてて来た日にゃ、夜が明けても帰さねえよ、てなことになってくる。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「いえ、もうこれだけ拝見すれば、ほかのは沢山で、そんなに野暮やぼでないんだと云う事は分りましたから」と一人で合点している。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「座敷へ上がり込んじゃ興がめる。ほうも、く方も、外でこそ流しの味、金襖きんぶすまでは野暮やぼになる。そうおっしゃっておくんなさい」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野暮やぼ先生正に何処かで捨子を拾って来たのだと思うた。爺は唯にや/\笑って居た。それは私生児であった。お春さんの私生児であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ラジオ放送用の小説なども、私のような野暮やぼな田舎者には、とても、うまく書けないのが、わかっていながら、つい引受けてしまいます。
みみずく通信 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「しかしね、藤波さん。私もあまり野暮やぼなことはしたくない。この手紙だけは池田甲斐守にとどけてあげてもいいのですが……」
「いや、これは伊賀の源三郎、あまりに野暮やぼでござった。必ずともにあなたの女をお立て申すにつき、ササ、壺をこちらへ……」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
東夷とうい南蛮の類であり、毛唐人けとうじんの仲間である。この「ヤヷナ」が「野蛮」に通じまた「野暮やぼな」に通ずるところに妙味がないとは言われない。
言葉の不思議 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今更いまさらあらためて、こんなことをくのも野暮やぼ沙汰さただが、おこのさんといいなさるのは、たしかにおまえさんの御内儀ごないぎだろうのう」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ゾオラが偶々たま/\醜悪しうあくのまゝをうつせば青筋あをすじ出して不道徳ふだうとく文書ぶんしよなりとのゝしわめく事さりとは野暮やぼあまりに業々げふ/\しき振舞ふるまひなり。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
「驚くなんて野暮やぼですよ。八百屋の配給だけで健康を保って行けないのは、いつかも議会で農商大臣も認めていましたね」
食べもの (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
されどかかる野暮やぼ評はしばらく棚に上げてずつと推察した処で、池を見て亡き乳母をおもふといふある少女の懐旧の歌ならんか。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
自分のそんな野暮やぼなまじめを繰り返してもなかったが、今朝けさの逸作が竹越氏に対する適応性を見て、久しぶりで以前の愚直ぐちょくな自分を思い出した。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
東京の女たちはそんな野暮やぼな和装を纏ってはいないのですのに。それに比べあの紺絣こんがすりの琉装を見ると如何に品位があるかに打たれざるを得ません。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それを聞くと多吉は半蔵が無事な帰宅を何よりのよろこびにして、自分らはそんな野暮やぼは言わないという顔つきでいる。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「それまで知つてゐるなら、言ふだけ野暮やぼだ。なア、東作、昔のよしみ。その三百八十兩を、この彦兵衞の顏に免じて返してくれ、きつと恩にる——」
仮令たとい泥棒にもせよ、貴様程の奴が、姿を現してくれたのだから、一概に野暮やぼな業もせぬつもりだ。こう申したとて、貴様をおどそうとする気持ではない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
その上、まぐろが熱し過ぎるというのは野暮やぼである。まぐろのなまを好まない人は余儀よぎないことであるが、前者のやり方の茶漬けに越したことはない。
鮪の茶漬け (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
青木は、大声に給仕を呼ぶのも野暮やぼだと思ったので、先ず椅子につく為に、片隅の鉢植の葉蔭へ這入って行った。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
命婦は真赤まっかになっていた。臙脂えんじの我慢のできないようないやな色に出た直衣のうしで、裏も野暮やぼに濃い、思いきり下品なその端々が外から見えているのである。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
甚だ野暮やぼな次第であるが、三組の夫婦づれで心斎橋を散歩した時、あまりにのどがかわいたのでお茶でも飲みましょうといったが、その適当な家がないのだ
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
地位や権勢を利用して他人の所有物を強奪ごうだつするのでは、ふたもない野暮やぼな話で、自慢にも何もなりはしない。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
石井柏亭の気に入つたのはこの姿ステイルだと思つたが、僕には十数年ぜんの日本の田舎ゐなかの女学生を見る様で野暮やぼ臭かつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ただ四五年の間絶えず茶屋酒に親んで来て修業が大分だいぶんに積んで来た上の彼としては、野暮やぼ臭いことを云つて一一女の所行を数へ立てて、女房かなにかのやうに
瘢痕 (新字旧仮名) / 平出修(著)
さもなくばくれない毛氈もうせん敷かれて花牌はなふだなど落ち散るにふさわしかるべき二階の一室ひとまに、わざと電燈の野暮やぼを避けて例の和洋行燈あんどうらんぷを据え、取り散らしたる杯盤の間に
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
私の上衣やズボンなども、躯よりは大きめの少しだぶだぶしているようなのが好きだ。私にとっては、なんによらず野暮やぼという様式位、居心地のいいものはない。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
意気いきでも野暮やぼでもなく、なおまた、若くもなくけてもいない、そしてばかでも高慢でもない代りに、そう悧巧りこうでも愚図ぐずでもないような彼女と同棲しうるときの
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
女子の悋気りんきはなほゆるすべし。男子が嫉妬しっとこそ哀れにも浅間あさましき限りなれ。そもそも嫉妬は私欲の迷にして羨怨せんえんの心憤怒ふんぬと化して復讐の悪意をかもす。野暮やぼ骨頂こっちょうなり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
なんでも、その時の話に、おでんというひと伝法でんぽうな毒婦じゃなくって、野暮やぼな、克明な女だから、そういうふうにるっていったことだが——そうかも知れないね。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そして、ただ自分じぶん野暮やぼがうらめしく、かなしく、気恥きはずかしくなって、ふかいためいきをつくのでした。
しいたげられた天才 (新字新仮名) / 小川未明(著)
シテ見ると一夫一婦の説も隠然いんぜんの中には随分勢力のあるもので、ついては今の世に多妻の悪弊をのぞいて文明風にするなんと論ずるは野暮やぼだと云うような説があるけれども
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
もっとも若い男のことだから、美しい女給の誰かにお思召ぼしめしのあったらしいことは言うだけ野暮やぼである。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
殺す様な方でないし、只お前さんへ執心が有った処から角力取と喧嘩、ありゃア一体角力の方がいけないよ、変に力が有ってねえ、あれだけは先生ひど野暮やぼになりますな
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「大丈夫だよ。そんなこたあ、いうだけ野暮やぼさ。ヘッヘッヘヘヘヘ」三上は表へ出て行った。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
どこから手に入れるかって君、聞くだけ野暮やぼだよ。あながちに北九州ばかりとは云わない。全国各地の炭山、金山、鉱山の中に、本気で試掘を出願しているのがドレ位あると思う。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
人間が見て、俺たちを黒いと云ふと同一おなじかい、別して今来た親仁おやじなどは、鉄棒同然、腕に、火の舌をからめて吹いて、右の不思議な花を微塵みじんにせうとあせつてるわ。野暮やぼめがな。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
吾人を以て之を見る是れ彼れの正直なる所なり。彼れは自ら野暮やぼと呼ばるゝを嫌ふべし。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
国民学校の前に茶店ちゃみせ風の家があって、その前に縁台を置き、二三人の特攻隊員が腰かけ、酒をのんでいた。二十歳前後の若者である。白い絹のマフラーが、変に野暮やぼったく見えた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その癖、お徳はその男の名前も知らなければ、居所いどころも知らない。それ所か、国籍さえわからないんだ。女房持か、独り者か——そんな事は勿論、くだけ、野暮やぼさ。可笑しいだろう。
片恋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これこれ何だ、野暮やぼな声を出すな。殺しはしない、折っぺしょるだけだ。取ったこの手を逆にひねる。するとメリメリと音がする。骨のつがいが離れるのさ。と腕がブランコになる。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すなわち「いき」をも「上品」をもひとしく要素として包摂ほうせつし、「野暮やぼ」「下品」などに対して、趣味の「繊巧」または「卓越」を表明している。次に coquet という語がある。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
田舍物いなかものいなかもの町内てうないむすめどもにわらはれしを口惜くやしがりて、三きつゞけしことありしが、いまれより人々ひと/″\あざけりて、野暮やぼ姿すがたうちつけのにくまれぐちを、かへすものもりぬ。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
野暮やぼなことを言ふのアお止しよ、辰つアん」とお銀ちやんが口を出した。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
もっとも一代の方では寺田の野暮やぼ生真面目きまじめさを見込んだのかも知れない。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
あれは梅干ばゝあと云ふのぢやから、最早もうくのうのと云ふ年ぢや無いわい、安心しちよるがい、——其れよりも世の中に野暮やぼなは、其方そちの伯父ぢや、昔時むかしは壮士ぢやらうが、浪人ぢやらうが
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
いつにない髪を唐人髷とうじんまげに結うて、銘仙の着物に、浅黄色の繻子しゅすの帯の野暮やぼなのもこの人なればこそよく似合う。小柄な体躯からだをたおやかに、ちょっと欝金色うこんいろ薔薇釵ばらかざしを気にしながら振り向いて見る。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
いかにも西洋じみた野暮やぼくさい綿入わたいれを着ている葉子であった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
中にはあの生人形の大山スッテン童子——いうだけ野暮やぼだが
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)