ねば)” の例文
かれこもつくこをかついでかへつてとき日向ひなたしもすこけてねばついてた。おしな勘次かんじ一寸ちよつとなくつたのでひどさびしかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
夫人の最後の夫ジョルジュには夫人はまだ未練があるようだ。そのせいかジョルジュの話をするときに夫人は一番新吉にねばりつく。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ねばる土でも踏んでいるように、やわらかな若草の崖を、少しずつ、しかし——いつわしのごとく飛ぶかも知れない姿勢をもちながら
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ニヤリニヤリと薄笑ひしながら、恐ろしくねばつた調子で、こんな齒切れの惡いことを言ふ人間を、平次は見たこともありません。
満谿——片品川上流のねば沢、柳沢、中岐沢の一部——を埋むる闊葉樹の大森林は、見渡す限り赤と黄と其間のあらゆる色とに染められて
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
庄造は頻りに溜息をついて、まだ何かしらねばつてみようとしてゐたが、その時おもてに足音がして、福子が風呂から帰つて来た。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私はいまでもひどくねばりづよいところがある。たとえば借金などする場合。そんなとき新聞やをしていたときのことがふと意識にのぼる。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
糸が……蜘蛛の巣のような釣り糸が、ねばって、光って、にじの如くに飛んだ。からんだのである。造酒の刀身に渦をまいてまつわりついたのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その一回もまたしばらくするとめになった。そうして葛湯の分量が少しずつ増して来た。同時に口の中が執拗しゅうねねばり始めた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
孔子のねばり強さもついに諦めねばならなくなった時、子路はほっとした。そうして、師に従ってよろこんで魯の国を立退たちのいた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それにまた、ねばりねばりとねばりつく。水浴する男は、彼女に抱きつかれると、浜辺を指して逃げて来る。罎詰めの糊をくっつけて逃げて来る。
それで古来木理の無いような、ねばりの多い材、白檀びゃくだん赤檀しゃくだんの類を用いて彫刻ちょうこくするが、また特に杉檜すぎひのきの類、とうの進みの早いものを用いることもする。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼曰ふ、上なるマーレブランケの濠の中、ねばやに煮ゆるところにミケーレ・ツァンケ未だ着かざるうち 一四二—一四四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
恐ろしいねばり強さで、ぐんぐんのしかかつて来る力と彼は真剣に闘つた。が、しまひに、彼は馬鹿馬鹿しくなつた。
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
納豆はそのまま混ぜてもよいが、普通に納豆を食べる場合と同じように、醤油しょうゆ辛子からし、ねぎの薬味やくみ切を加えて、充分ねばるまでかき混ぜたものを入れるとよい。
柘榴口ざくろぐちからながしへ春重はるしげ様子ようすには、いつもとおりの、みょうねばりッからみついていて、傘屋かさや金蔵きんぞう心持こころもちを、ぞッとするほどくらくさせずにはおかなかった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「貴方のその内はあてにならないから、その内/\つて最う二月になりますもの。」とねばつた調子である。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
内部なかからてのひらほどの青白い臓腑がダラリと垂れ下っているその表面に血にまみれたダイヤ、紅玉ルビー青玉サファイヤ黄玉トパーズの数々がキラキラと光りながらねばり付いておりました。
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
新しい材料を得て、焔はあめのようにねばっこく燃え上った。何気なく手をポケットに入れた。何かがさがさした小さなものが手指に触れた。つかんで、取り出した。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
日本の画は勿論もちろん支那の画と、親類同士の間がらである。しかしこのねばり強さは、古画や南画にも見当らない。日本のはもつと軽みがある。同時に又もつと優しみがある。
支那の画 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
吹き筆の軸も煙管きせる羅宇らおもべたべたねばり障子の紙はたるんで隙漏ひまもる風にはがれはせぬかと思われた。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たにそこにもちないで、ふわりと便たよりのないところに、土器色かはらけいろして、なはてあぜばうあかるいのに、ねばつた、生暖なまぬる小糠雨こぬかあめが、つきうへからともなく、したからともなく、しつとりと
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「口がねばって気持が悪いから蜜柑みかんを食べたいがな。辰さんはおごってくれんかな」とねだった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
ある年、文展の締切が近づきますのに、どうしたことか何としても構想がまとまらず、だんだんにねばってきてしまいました。今、思えは明治四十二年、文展第三回の時でした。
メモの紙切れをくりながらその何行かをあわせようとすると、それがばらばらになってねばりがなくなりどうしてもくっ附かない、てんで書く気が動かないで嘔気はきけめいた厭気までがして来る。
みな雨に打たれたためにひどくびていて、黴のためにねばりついていた。草はそのまわりに茂り、その上にまで伸びていた。パラソルの絹は丈夫だったが、その糸は一緒にくっついていた。
おまけに其の晩は蒸し暑かったので、かれの額や首筋にはねばるような気味の悪い汗がにじみ出した。お蝶は長い紅いふさのついている枕のうえに、幾たびか重い頭の置きどこを取り替えてみた。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この島の大部分を覆うている唐竹は、屋根を葺くのには、藁よりもはるかに秀れていた。木の枝を、横にいくつも並べて壁にした。そして、近所からねばい土を見出して、その上から塗抹とまつした。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
八年! あなたはねばり強い方なんですね。そんな所にその半時もゐれば、どんな身體でも疲れてしまふと私は思つてたのだが。確かにあなたはまるで彼の世の人間のやうな顏をしてゐますよ。
そのねばねばした、泥のような、異様な怪物は、その死人のような白い眼でじっと僕を睨んでいるらしく、そのからだからは腐った海水のような悪臭を発し、濡れてあかびかりのした髪は渦を巻いて
と、千代松は何處までもねばり強さうな顏に、太い皺の波を打たせた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
甘げなる線のねばりのうちもつれやはらかにつがへるかれら。
浅草哀歌 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ねばり強く押して行って、落そうとしている。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
庄造は頻りに溜息をついて、まだ何かしらねばつてみようとしてゐたが、その時おもてに足音がして、福子が風呂から帰つて来た。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「だが? ……なんでござんす」お綱の手は汗にねばって、もがれても、離そうとはしなかった。弦之丞は悩ましい肉感に怖れた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後でわかつたことですが、八五郎に無理を言つて、錢形平次を誘ひ出させたのは、この老主人のねばり強い根性と、物柔かな驅け引きだつたのです。
ボイルドした秋田産のシギ鱈は季末になって、かなり脂づき、フォークで一へぎ/\する身の肉の間にも何だかもち/\したねばりが出来ています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
唾液は水なり、ムチンの存在によつてねばきも、其実は弱アルカリ性の水にして、酵素のプチアリンを含めるのみ。
(新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
二人ふたりわらくゝつたおほきなたばいてはねばつたものでもはがやうつかつて熱心ねつしんせはしくうすはらたゝきつけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
たとへば冬の日ヴェネーツィア人の船廠アールセーナに、すこやかならぬ船を塗替へんとて、ねばやに煮ゆるごとく 七—九
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
その頭を絞るように彼は、薄いまゆをグット引寄せながら、爪先つまさきねばり付いている赤い泥を凝視みつめた。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
片品川が大清水の上手かみてで、ねば沢と三平峠から来る沢とを分ち、三叉状をなしているその中央の本流を指して呼ぶ名であって、それが東北流又東流し、再び東北に転向するに至って
上州の古図と山名 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
思うまま春風にさらして、ねばり着いた黒髪の、さかに飛ばぬをうらむごとくに、手巾ハンケチを片手に握って、額とも云わず、顔とも云わず、頸窩ぼんのくぼの尽くるあたりまで、くちゃくちゃにき廻した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こゑも、玄米げんまいかゆに、罐詰くわんづめ海苔のりだから、しつこしも、ねばりも、ちからもない。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一方の狗熊を殺してその生皮なまかわを剥ぎ、すぐに自分の肌の上を包んだので、人の生き血と熊の生き血とが一つにねばり着いて、皮は再び剥がれることなく、自分はそのままの狗熊になってしまった。
「口が御ねばりになるんでしょう。——これで水をさし上げて下さい。」
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ねばりついたり、もつれたり
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのため紅い唇や、蜂蜜のようにねばる手や、甘酢あまずい髪の毛のにおいやらが、すぐ頭から去って、彼は、常の彼の身にかえっていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「嘘を言つちやいけない。腹掛の下に隱せば、矢尻の毒が腹掛へ附く筈だ。矢の根はやにのやうにベトベトねばつて居るぜ」
銭形平次捕物控:315 毒矢 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
津村も私も、歯ぐきからはらわたの底へとおめたさを喜びつつ甘いねばっこい柹の実をむさぼるように二つまで食べた。私は自分の口腔こうこうに吉野の秋を一杯いっぱい頬張ほおばった。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)