かけひ)” の例文
高い山々は雪嵐に包まれて、全体の姿を顕す日もまれだ。小諸の停車場に架けたかけひからは水があふれて、それが太い氷の柱のように成る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
拝啓昨今御病床六尺の記二、三寸にすぎすこぶる不穏に存候間ぞんじそうろうあいだ御見舞申上候達磨だるま儀も盆頃より引籠り縄鉢巻なわはちまきにてかけひの滝に荒行中御無音致候ごぶいんいたしそうろう
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
もちろん、かしぎのことも、朝夕ちょうせきの掃除も、まったく一人でするのであって、まだかけひが引いてないので飲水のみみずは白河へ出て汲んでくる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わが腰を休めたる石の彼方かなたには、山より集り落つる清水のかけひありて、わが久しく物を思へる間、幾人いくたり少女をとめ來りて、その水を汲みては歸りし。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
かけひの水はいと清ければ、たとい木の実一個ひとつ獲ずもあれ、摩耶も予も餓うることなかるべく、甘きものも酢きものもかれはたえて欲しからずという。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分は子供ながら、この爺さんの年はいくつなんだろうと思った。ところへ裏のかけひから手桶ておけに水をんで来たかみさんが、前垂まえだれで手をきながら
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かけひからは涼しげな垂水たるみが落ちてゐる……硝子戸越しに見える店主らしいのが照明燈の下で静かに黙々と印章を彫つてゐる……それが私なのである。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
板屋根の上のしたたるばかりにうるおいたるは昨夜の雲のやどりにやあらん。よもすがら雨と聞きしもかけひの音、谷川の響なりしものをとはや山深き心地ぞすなる。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
きでないかあのものしづかなかけひおとを。とほりにゆき眞白ましろやまつもつてゐる。そして日蔭ひかげはあらゆるものの休止きうし姿すがたしづかにさむだまりかへつてゐる。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
元康の士かけひ正則等が之に乗じて進み、門を閉ざすいとまを与えずに渡り合い、松平義忠の士、左右田正綱一番乗りをし、ついに火を放って焼くことが出来た。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かめを見てもあいにく——外のかけひは氷っている、やむを得ず、谷川まで御苦労をしたと思えば思えないこともない。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かけひは雨がしばらく降らないと水がれてしまう。また私の耳も日によってはまるっきり無感覚のことがあった。
筧の話 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
本物ほんものの」青年が一人、小川のほとりに横たわって、「青銅の」かけひから流れ落ちる泉にのどをうるおしている。
それから鳴子なるこを繩の中程に掛けて、風で自然に鳴るようにしてある他に、片隅にはかけひで山水を引いて来て、それが自然にブリキの罐を叩くようにもしてある。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
少しは楽になるかとかけひの水をかけると、焼けた石や鉄のように水がはね返ってじゅうじゅうと音をたてる。
これはかけひ克彦博士が初めて發議せられたものであつたとおもふ。翁もさう言はれた。そして翁は多年機會あるごとにこの實地宣傳を試みられつゝあるのださうだ。
樹木とその葉:07 野蒜の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
後の山から引いてあるかけひの水が小さい瀑になって落ちている下で、素裸の子供が二人で水遊びをしている。蟹の子が石の間からちょろちょろ出て来てまた引込む。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
山番小舎のトボトボと鳴るかけひの前で、勝気な眼を光らして米をいでいる妻の横顔や、自分の姿が枯木立の間から現われるのを待ちかねたように両手を差し上げて
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
半之助の住居は「お小屋」という一棟で、松林と竹藪たけやぶに囲まれ、北がわに迫っている丘の中腹から、かけひでひいた水が、台所と縁先とに、絶えず爽やかにあふれていた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「三ツ四ツおちし村雨は、つゝみかねたるが涙かな」にて結び、更に「玉鉾たまぼこの道は小暗し、たどりゆく繩手はほそし、松風のかけひの音も、身にしみていとうらかなし、」
温泉附近の路がひどくくずれている、宿の前でうがいをしたかけひの水などは、埋没してしまっている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
山中の水を羅馬の市に導くなる、許多あまたかけひの數をば、はじめこそ讀み見むとしつれ、幾程もあらぬに、みて思ひとゞまりつ。さて我は母上とマリウチアとに問ひはじめき。
そのゝち銭にかしこき人かの池のほとりに混屋ふろやをつくり、かけひを以て水をとるがごとくして地中の火を引き湯槽ゆぶねかまどもやし、又燈火ともしびにもかゆる。池中の水をわかあたひを以てよくせしむ。
四邊はしんと聲をひそめ、犬の遠吠えすら聞えない。ポトリ/\とバケツに落ちる栓のゆるんだ水道の水音に誘はれて、彼は郷里の家の裏山から引いたかけひの水を懷しく思ひ出した。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
雪が積っていてまだまなかった。私はかけひの水で顔を洗い終ってからも昨夜のことを思うと、石に垂れた氷柱の根の太さが気持ち良かった。久しく崩れていた元気も沸いて来た。
蘆のかれ葉に霜のみ冴ゆる古宅の池も、かけひのおとなひ心細き山したいほも、田のもの案山子かがしも小溝の流れも、須磨も明石も松島も、ひとつ光りのうちに包みて、清きは清きにしたがひ
琴の音 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
はじかえでなんどの色々に染めなしたる木立こだちうちに、柴垣結ひめぐらしたる草庵いおりあり。丸木の柱に木賊もてのきとなし。竹椽ちくえん清らかに、かけひの水も音澄みて、いかさま由緒よしある獣の棲居すみかと覚し。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
かけひの水音を枕に聞く山家やまがの住居。山雨常に来るかと疑う渓声けいせいうち。平時は汪々おうおうとして声なく音なく、一たび怒る時万雷の崩るゝ如き大河のほとり。裏にを飼い門に舟をつなぐ江湖の住居。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その光の流れはこちらへも向うの横丁へも流れて行かず、かけひを流れる水がそのまま氷結してしまったように見えた。何か暗澹あんたんとした気持で、光を避けて引きかえしたが、また明るい通りに出た。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
わずかに庭前のかけひの傍にある花梨かりんつぼみが一つほころびかけているのを、いかにも尼寺のものらしく眺めなどしながら、山の清水の美味なのに舌鼓を打ちつつコップに何杯もお代りを所望したりして
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
早苗とる山田のかけひもりにけり。ひくめ縄に 露ぞこぼるゝ(新古今)
湿しめりたるかけひのすそに……いまし魔睡ますゐす……
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かけひの水は、物語る
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
茶屋の裏へ廻って、権六は、かけひの水を竹筒へ汲んだ。——そして戻りかけたが、ふと、窓口から、薄暗い屋の内をのぞいて、足をとめた。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こゑあるはひとりかけひにして、いはきざみ、いしけづりて、つめたえだかげひかる。がためのしろ珊瑚さんごぞ。あのやまえて、たにえて、はるきたきざはしなるべし。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
私が目ざしてゆくのは杉林の間からいつも氷室ひむろから来るような冷気が径へ通っているところだった。一本の古びたかけひがその奥の小暗いなかからおりて来ていた。
筧の話 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
関守氏は、やおら起き出でて、かけひの水で含嗽うがいを試みようとする時、米友はすり抜けて、早くも庭と森の中へ身を彷徨ほうこうさせて、ちょっとその行方がわかりません。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かけひの水をうけ入れた桶の中には、見事な山桜の枝が無造作に投げ込んである。直ぐそばには下葉を摘み採られて茎の伸びた五、六本の青菜がそれでも花を着けている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
又平が裏のかけひへ手足を洗いにいったあと、炉端へあがった休之助は、弟の耳になにごとか囁いた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それだからわざわざ川や池に出かけたり、またはかけひというものを架けて、遠くから水を引いて来たので、あまり離れたところには家を建てて住むことが出来ませんでした。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
内端うちは女心をんなごゝろくにもかれずこほつてしまつたのきしづくは、日光につくわう宿やどしたまゝにちひさな氷柱つらゝとなつて、あたゝかな言葉ことばさへかけられたらいまにもこぼれちさうに、かけひなか凝視みつめてゐる。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
かけひの細きに、水の來りてその桶につること遲く、少女をとめは立ちてさま/″\の物語をせしが、果ては久しくとゞまりて石の如く動かざる我が上に及びしと覺しく、互に此方こなたを見ては
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
火脉くわみやく気息いき人間にんげん日用にちよう陽火ほんのひくはふればもえてほのほをなす、これを陰火いんくわといひ寒火かんくわといふ。寒火をひくかけひつゝこげざるは、火脉の気いまだ陽火をうけて火とならざる気息いきばかりなるゆゑ也。
「いえ別にどうもしやしませんがね。朝起きて巻煙草まきたばこをふかしながら裏の窓から見ていると、向うのかけひそばで、薬缶頭やかんあたまが顔を洗っているんでさあ」「爺さんか婆さんか」と主人が聞く。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頼んだ強力ごうりきのくるまで、欄干によって庭を見ている。枝振りのいい松に、頭を五分がりにした、丸々しいツツジや、梅などで囲んだ小池があって、かけひからの水がいきおい込んで落ちている。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その頭の片隅で……俺はきょうこそ間違いなく汽車に轢き殺されるのだぞ……といったようなハッキリした、気味の悪い予感を感じながら、冷たいかけひの水でシミジミと顔を洗ったのであった。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かけひかけとる谷水にうち浸しゆれば白露手にこぼれくる
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
駒木根こまきね肥前守かけひ播磨守久松ひさまつ豐前守稻生いなふ下野守御目附には野々山のゝやま市十郎松田勘解由まつだかげゆ徳山とくやま兵衞へゑとう諸御役人しよおんやくにん輝星きらぼしの如く列座れつざせらる此時松平伊豆守殿進出すゝみいでて申されけるは此度天一坊殿關東くわんとう下向げかうに付今日御役人ども御對面ごたいめん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
静かさはかけひ清水しみず音たてゝ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
箭四郎やしろうは、牛小屋の牛を世話したり、厨や湯殿の水汲みをする雑人ぞうにんだったが、やはり心配になって、井口のかけひに、水桶を置きはなしたまま
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)