あく)” の例文
旧字:
わしはその前刻さつきからなんとなくこの婦人をんな畏敬ゐけいねんしやうじてぜんあくか、みち命令めいれいされるやうに心得こゝろえたから、いはるゝままに草履ざうり穿いた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「腰ぬけっ」またしても、あくたれや小石を、後ろから浴びせるのであったが、介は宗業のことばを思いだして耳の穴をふさぎながら
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これはあくの火の神アーリマンの術ではなくて、ぜんの火の神オルムーズドの煙だから、役に立たない不用な物しか煙にはなせないのだ」
手品師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
しかし、逸作達が批判的に見る世の子供達は一見可愛かわいらしい形態をした嫌味いやみあくどい、無教養な粗暴な、かもやり切れない存在だ。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そうすると相手はあざ笑って、お古ならまだいいが、新しいのだ、今でも月に二三度はお手がつくのだとあくたれたのでございます。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
むしろあくどい刺戟しげきに富んだ、なまなましい色彩ばかりである。彼はその晩も膳の前に、一掴ひとつかみの海髪うごを枕にしためじの刺身さしみを見守っていた。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、すぐそばでやかすようなわらごえきこえた。あくたれでとおっているドゥチコフのいやな声だ。シューラはおもいがけなさにぴくっとなった。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
また枳園に幾多のあく性癖があるにかかわらず、抽斎がどの位、その才学を尊重していたかということも、これによって想像することが出来る。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しんあまねくし衆を和するも、つねここおいてし、わざわいを造りはいをおこすも、つねここに於てす、其あくに懲り、以て善にはしり、其儀をつつしむをたっとぶ、といえり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
例へば、余り善良なものは却つてあく人であるかの如くおびえるものだといふシヱクスピヤの言事は高橋に当はまるだらう。
高橋新吉論 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
子供こどもにはつみがありません。みんな大人おとなおかしたあくむくいです。どうか、世間せけんにそのことがわかってもらいたいのです。
子供は悲しみを知らず (新字新仮名) / 小川未明(著)
少し大きい唇にさした嚥脂べにの、これもあくどい色の今は怖ろしいよう、そして釣目つりめは遠い白雲しらくもを一直線に眺めている。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
するとその超人はあわてて後をむいて、こっちをじろじろみながらあくたれぐちをたたいている連中の方に手でなにか合図をした。それはしかっているらしかった。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ゆえに富貴ふうき必ずしも不正ならず、子夏が「富貴ふうきてんに在り」と言ったのは、意味の取りようによって富貴必ずしもあくと言えず、むしろてん賜物たまものという意に取れる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
人間も米を食ったり、鳥を食ったり、さかなを食ったり、けものを食ったりいろいろのあくもの食いをしつくしたあげくついに石炭まで食うように堕落したのは不憫ふびんである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一日あるひ夢然、三条の橋を過ぐる時、一五二あくぎやくづかの事思ひ出づるより、かの寺ながめられて、白昼ひるながら物すざましくありけると、みやこ人にかたりしを、そがままにしるしぬ。
倉地にあくたれ口をきいた瞬間でも葉子の願いはそこにあった。それにもかかわらず口の上では全く反対に、倉地を自分からどんどん離れさすような事をいってのけているのだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そんなにあくどい苦しみだとは、孝子には察しもつかなかったが、桜津が自分への思慕しぼだと、思いちがいをした、長恨歌の、夕殿蛍飛思悄然という句を選みだしたということには
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
私がよほどあくたれたことでも言ったからであろうが、私としては、悔しくて悔しくて、ずいぶん永いあいだ泣いたように思う。そして一生涯、その不愉快の感じが幾らか残っていた。
私の父 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
ポローニヤス、わしは、もう君たちを許すのが、いやになった。君は、おろかだ。見え透いている。わしは、人間のあくを許す事は出来ますが、人間のおろかさは、許す事が出来ない。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
たすけて強きをくじくと江戸で逢ったる長兵衛殿を応用しおれはおれだと小春お夏を跳ね飛ばし泣けるなら泣けとあくッぽく出たのが直打ねうちとなりそれまで拝見すれば女冥加みょうがと手の内見えたの格を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
「これがとち、あれが桂、あくダラ、沢胡桃さわぐるみ、アサヒ、ハナ、ウリノ木、……」
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
その時にはもういつのまにか大きな月が出て、高野の満山を照らして居り、空気が澄んでゐるので光が如何いかにも美しく、あくどく忙しくせつぱつまつた現世げんぜでも、やはり身にみるところがあつた。
仏法僧鳥 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
その頃銀座には関西の思ひ切つてあくどい趣味の大規模のカフヱが幾つも進出してゐた。女給の中にはスタア級の映画女優にも劣らない花形女給も輩出してゐて、雑誌や新聞の娯楽面をにぎはしてゐた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
しかしおれ有害ゆうがいなことにつとめてるとうものだ、自分じぶんあざむいている人間にんげんから給料きゅうりょうむさぼっている、不正直ふしょうじきだ、けれどもおれそのものいたって微々びびたるもので、社会しゃかい必然ひつぜんあくの一分子ぶんしぎぬ、すべまち
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
天道てんどうぜんさいわいあくわざわいす。きみの忠誠は大丈夫天に通じています」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
あく」と「わく」とは声も近いようで
濡れつつよどあくの雲そのとどろきに
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
最前、ここをだしてくれなければ、火をつけるぞとあくたれをいていた、その弁天べんてんさまのほうへ、声をしぼって救いをよんだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
氏のむすこのまれに見るいたずらっ子が、あくたれたり、あばれたりすればするほど、氏は愛情の三昧ざんまいに這入ります。
その時分の僕は随分あくもの食いの隊長で、いなご、なめくじ、赤蛙などは食いきていたくらいなところだから、蛇飯はおつだ。早速御馳走になろうと爺さんに返事をした。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたくしは強いて静廬を回護するに意があるのではないが、これを読んで、トルストイの芸術論に詩的という語のあく解釈を挙げて、口を極めて嘲罵ちょうばしているのを想い起した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
葬礼のひかえのようにさかさとじなどと言うあくはしてありませんから、何なら、初筆しょふでを一つ……
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
オルムーズドから世の中に遣わされたのだと心得ていなければならない。もしよからぬ心を起こすと、お前の術はあくの火の神アーリマンのものとなって、自分をほろぼすようなことになる
手品師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
あくの雲とどろとどろの乱擾らんぜう
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「——十手捕縄をもつ人間は、鬼のごとく無慈悲なものと思われているが、人間みなあく、人間皆善、情涙じょうるいには誰も変りはない」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わざわざ出かけて行って其処そこにふみ入ったり、きまつわったりするのはあくどくて嫌だ。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あく驕奢おごりは言葉なくして
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
いまにおれの気合きあいが乗って、この水独楽みずごまがブンとうなって見ろ、あくたれをいったその口がまがって、面目めんぼく名古屋なごや乾大根ほしだいこん尻尾しっぽいてげだすだろう。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きずつけるあくのうごめき
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そのぜんあくたるをわず、さきに神文のやくをやぶれば天下の武芸者ぶげいしゃにそのしんうしなわなければならない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帝との流人るにん暮らしを共にして来たなどは、小宰相にはかなしみだったにはちがいないが、しかし彼女は、隠密おんみつあくそのものを、つらい役目とも罪深いこととも思っていなかった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われらは世からぬすといわれています。だが人は言っても、われらの内ではとうは盗でも、ただのあくには終るまい、何か一善は、世間にお返ししようぜと、これは鉄則にしていたはず。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『決して、元金利子共、一文も御損はおかけいたさぬつもり。それに、拝借した金子は二両、あの後藤ぼりの目貫は、少くも廿枚以上の品と承知しておる。それではあまりあくどいではないか』
鍋島甲斐守 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまあるひとのかきの、あだし妻花つまばな寝盗ねぬすむのとが、その罪業ざいごうあくえ、無間地獄むげんじごくの火坑に落ちんもよし。何かは、この想いの苦しみにまさるべきかは。——盛遠は、夢に、うなされぬくのである。
だから一概に今を悲観するにはあたらないし、世相の「あく」だけを見て、見えない「ぜん」を否定するのは、過去において「善」のみを肯定して一切の「悪」を無視したのと同じ間違いの因になろう。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
納屋の中から、暗くなるまで、日吉のわめあくたいが聞えた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おらんことを、一緒になって、あくていいうからだい」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いまのあくたれを」