急足いそぎあし)” の例文
卯の花の礼心には、きぬたまき、紅梅餅、と思っただけで、広小路へさえ急足いそぎあし、そんな暇は貰えなかったから訪ねる事が出来なかった。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夏の炎天えんてんではないからよいようなものの跣足すあしかぶがみ——まるで赤く無い金太郎きんたろうといったような風体ふうていで、急足いそぎあしって来た。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今しもその、五六軒彼方かなたの加藤医院へ、晩餐ゆふめし準備したくの豆腐でも買つて来たらしい白い前掛の下婢げぢよ急足いそぎあしに入つて行つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と立ちつづく小家こいえの前で歌ったが金にならないと見たか歌いもおわらず、元の急足いそぎあし吉原土手よしわらどての方へ行ってしまった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
忌々いま/\しさうに頭をふつて、急に急足いそぎあし愛宕町あたごちやうくらい狭い路地ろぢをぐる/\まはつてやつ格子戸かうしどの小さな二階屋かいやに「小川」と薄暗い瓦斯燈がすとうけてあるのを発見めつけた。
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
いと更におもてつつまほしきこの場を、頭巾脱ぎたる彼の可羞はづかしさと切なさとは幾許いかばかりなりけん、打赧うちあかめたる顔はき所あらぬやうに、人堵ひとがきの内を急足いそぎあし辿たどりたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
斯麼こんな奴に見込まれてはたまらないと思つて、急足いそぎあし伊太利イタリイ銀行の前へ出て折好く来合せた六号の電車に飛乗つてサンタ・マリア・デレ・グラツチイの方にむかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
かう云つていて来る母親から次第に遠く離れて双子ふたご急足いそぎあしで女子学院に添つた道を歩くのであつた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
部屋々々へ膳を運ぶ忙がしそうな足音が廊下に轟いて、何番さんがお急ぎですよ、なぞと二階から金切声でかしましくわめく中を、バタバタと急足いそぎあしに二人ばかり来る女の足音が私の部屋の前で止ると
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
出帆に遅れまいとする船員が三人、買物の包みを抱えて為吉の前を急足いそぎあしに通った。濃い咽管パイプ煙草のかおりが彼の嗅覚を突いた。と、遠い外国の港街が幻のように為吉の眼に浮んで消えた。彼は決心した。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
『や、寢※ねすぎたぞ。』といそ飛起とびおき、衣服ゐふくあらため、櫛髮くしけづりをはつて、急足いそぎあし食堂しよくどうると、壯麗さうれいなる食卓しよくたく正面しようめんにはふね規則きそくとしてれいのビールだる船長せんちやう威儀ゐぎたゞして着席ちやくせきし、それより左右さゆう兩側りやうがわ
良寛さんは、前かがみになつて、野道を急足いそぎあしでいつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
そして元来た方へ急足いそぎあしで引返していった。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ぐるツと取卷とりまかれてはづかしいので、アタフタし、したいくらゐ急足いそぎあし踏出ふみだすと、おもいものいたうへに、落着おちつかないからなりふりをうしなつた。
迷子 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と立ちつゞく小家こいへの前で歌つたが金にならないと見たか歌ひもをはらず、元の急足いそぎあし吉原土手よしはらどてはうへ行つてしまつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
奥のかたなる響動どよみはげしきに紛れて、取合はんともせざりければ、二人の車夫は声を合せておとなひつつ、格子戸を連打つづけうちにすれば、やがて急足いそぎあしの音立てて人はぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
四辺あたり憚からぬ澄んだ声が響いて、色せた紫の袴をなびかせ乍ら、一人の女が急足いそぎあし追駆おつかけて来た。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そらまた化性けしやうのものだと、急足いそぎあし谷中やなかく。いつもかはらぬ景色けしきながら、うで島田しまだにおびえし擧句あげくの、心細こゝろぼそさいはむかたなし。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
智恵子は一歩ひとあし毎に顔が益々上気のぼせて来る様に感じた。何がなしに、吉野と昌作が背後うしろから急足いそぎあし追駆おつかけて来る様な気がする。それが、一歩ひとあし々々に近づいて来る……………
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
母はかく挨拶あいさつしつつ彼を迎へて立てり。宮は其方そなたを見向きもやらで、彼の急足いそぎあしちかづく音を聞けり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
急足いそぎあしに黒壁さして立戻る、十けんばかりあいを置きて、背後うしろよりぬき足さし足、ひそかに歩を運ぶはかの乞食僧なり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
汚れた萌黄もえぎ裁着たッつけに、泥草鞋どろわらじの乾いたほこりも、かすみが麦にかかるよう、こころざして何処どこく。はやその太鼓を打留うちやめて、急足いそぎあしに近づいた。いずれも子獅子の角兵衛かくべえ大小だいしょう
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すかさず、この不気味な和郎を、女房から押隔てて、荷を真中まんなかへ振込むと、流眄しりめに一にらみ、直ぐ、急足いそぎあしになるあとから、和郎は、のそのそ——おおきな影を引いて続く。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あい、」といいすてに、急足いそぎあしで、与吉は見るうち間近まぢかな渋色の橋の上を、黒い半被はっぴで渡った。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あい、」といひすてに、急足いそぎあしで、與吉よきちうち間近まぢか澁色しぶいろはしうへを、くろ半被はつぴわたつた。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
右の方へかくれたから、角へ出て見ようと、急足いそぎあしに出よう、とすると、れないびっこですから、腕へ台についた杖を忘れて、つまずいて、のめったので、生爪なまづめをはがしたのです。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらくして、大分しずまった時だった。幕あきに間もなさそうで、急足いそぎあしになる往来ゆききの中を、また竹のひらきからひょいと出たのは、娘を世話した男衆でね。手に弁当を一つ持っていました。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蝙蝠こうもりが黒く、見えては隠れる横町、総曲輪から裏の旅籠町はたごまちという大通おおどおりに通ずる小路を、ひとしきり急足いそぎあし往来ゆききがあった後へ、ものさみしそうな姿で歩行あるいて来たのは、大人しやかな学生風の
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婦人おんなただ御新姐ごしんぞ一人、それを取巻く如くにして、どやどやと急足いそぎあしで、浪打際なみうちぎわの方へ通ったが、その人数にんずじゃ、空頼そらだのめの、余所よそながら目礼どころの騒ぎかい、貴下あなた、その五人の男というのが。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
片辺かたえ引添ひっそい、米は前へ立ってすらすらと入るのを、蔵屋の床几しょうぎに居た両人、島野と義作がこれを差覗さしのぞいて、あわただしくひょいと立って、体と体がれるように並んで、急足いそぎあしにつかつかと出た。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はてさて、いやどうも何でござりまして、ええ、廊下を急足いそぎあしにすたすたお通んなすったと申して、成程、跫音あしおとがしなかったなぞと、女は申しますが、それは早や、気のせいでござりましょう。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二足ふたあし三足みあし五足いつあし十足とあしになって段々深く入るほど——此処ここまで来たのに見ないで帰るも残惜のこりおしい気もする上に、何んだか、もとへ帰るより、前へ出る方がみちあかるいかと思われて、急足いそぎあしになると
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かんざしをまだささず、黒繻子くろじゅすの襟の白粉垢おしろいあかの冷たそうな、かすりの不断着をあわれに着て、……前垂まえだれと帯の間へ、古風に手拭てぬぐいこまかく挟んだ雛妓おしゃくが、殊勝にも、お参詣まいりもどりらしい……急足いそぎあしに、つつッと出た。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
急足いそぎあしになつてる。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)