平坦へいたん)” の例文
煙突は斜めにじられ、平坦へいたんにして長き胴体が波を破って進む形、それらの集合せる艦隊のレヴュー風の行進、大観艦式の壮大なる風景
その眺望に引きつけられて、幾度も来て見るごとにいよいよ気に入ったので、近い平坦へいたんな太田の原から、兄を連れて来て取極とりきめたのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
剃刀かみそりをとぐ砥石といし平坦へいたんにするために合わせ砥石を載せてこすり合わせて後に引きはがすときれいな樹枝状のしまが現われる。
物理学圏外の物理的現象 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
原生闊葉樹林帯を抜けると、馬車は植林落葉松からまつ帯の中を通り、開墾地帯に出ていった。道はようやく平坦へいたんになってきた。馬車は軽やかに走った。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
僕は剣を振りかざしながら明るく平坦へいたんな街道を駆けていた。頭の鳥の羽根が、バザバザという音をたてて莫迦ばかに心地颯爽さっそうとして風を切っている。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
爾来じらい数年の間自分は孤独、畏懼いく、苦悩、悲哀のかずかずを尽くした、自分は決して幸福な人ではなかった、自分の生活ライフは決して平坦へいたんではなかった。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
戦争中の狂乱怒濤どたうが、すつかりおさまりかへつて、波一つない卑屈なまでの平坦へいたんさが、ゆき子には喜劇のやうに思へた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
村をはずれると、街道は平坦へいたん田圃たんぼの中に通じて、白い塵埃ちりほこりがかすかな風にあがるのが見えた。機回はたまわりの車やつかれた旅客などがおりおり通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
それは小さな画で、低い壁のある、平坦へいたんな、白い、切れ目もなければなんの装飾もない、非常に長い矩形くけいあなぐらまたは地下道トンネルの内部をあらわしていた。
その平坦へいたんな草原の中央とおぼしきところの土が、どういうわけか分らないが、敬二の見ている前で、いきなりムクムクと下から持ちあがって来たから
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ですから、どこまでいっても平坦へいたんな道へ出ずに、めった深い山の中へ迷い入っていたのです。そして気が付いた時は、磁石もどこかへ落としていました
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
この二十曲一連のロマンティックな歌を、これほど巧みに、しかも正直に歌って、平坦へいたんなうちに繊細な美しさと、深沈たる悲しみを出し得る人はない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
平坦へいたん北上総きたかずさにはとにかく遊ぶに足るの勝地である。鴨は真中まんなかほどから南の方、人のゆかれぬ岡の陰に集まって何か聞きわけのつかぬ声で鳴きつつある。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
もう一息ひといき懺悔ざんげ深谷しんこくさかさまに突き落すつもりでいた彼女は、まだ兄のうしろ平坦へいたんな地面が残っているのではなかろうかという疑いを始めて起した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
情けある船長のとりはからいにて、これから一路平坦へいたんのごとき海上を談笑指呼だんしょうしこのあいだにゆくことになった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
街道は川の岸をうてぐにび、みたところ平坦へいたんな、楽な道であるが、上市から宮滝、国栖、大滝、さこ、柏木を経て、次第に奥吉野の山深く分け入り
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
山の斜面しやめんに露宿をりしことなればすこしも平坦へいたんの地を得す、為めに横臥わうぐわする能はず、或は蹲踞するあり或はるあり、或は樹株にあしささへてするあり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
何時いつの間にか捨吉は奥平の邸の内へ来ていた。その辺は勝手を知った彼がよく歩き廻りに来るところだ。道は平坦へいたんに成って樹木の間を何処ということなく歩かれる。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小篠こしのまでの、平坦へいたんな道のように、三五兵衛とお稲の話は、一向それ以上すすまなかった。ここでも自分の冷ややかなものが邪魔をして、女の心を寄せつけないのだ。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平坦へいたんで簡単で穏やかで微温的な朗詠法に、心ひかれないでもなかったが、しかしどうも単調なように思われ、ドイツ人の眼では真実のものだとは考えられなかった。
ソノくるしミヤおもフベシ。蘆野あしや駅ニ飯ス。ここニ至ツテ路平坦へいたん。雨モマタム。田塍でんしょう数百けい未収穫ニ及バズ。稲茎わずかニ尺余。穂皆直立シ蒼蒼然トシテ七、八月ノ際ノ如シ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
頂はやゝ平坦へいたんになって、麓からは見えなかった絶頂が、まだ二重になってうしろひかえて居る。唯一つある茶店は最早もう店をしまいかけて、頂には遊客ゆうかくの一人もなかった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
おとうとは、そうおもうと、ゆきうえをひたはしりにはしりはじめたのです。かわもどこも平坦へいたんしろたたみめたようでありましたから、どんな近道ちかみちもできるのでありました。
白すみれとしいの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
Kと私とは崩壊した家屋の上を乗越え、障害物をけながら、はじめはそろそろと進んで行く。そのうちに、足許あしもと平坦へいたんな地面に達し、道路に出ていることがわかる。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
思わせ振りを捨てたならば、人生は、意外にも平坦へいたんなところらしい。いわの上に、小さい家を築こう。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そのまつたくの卵形たまごがたをした肌理きめの細かな顏には何一つ力といふものがなく、その鷲鼻わしばなにも小さな櫻桃さくらんぼのやうな口にも斷乎だんこたるものはなく、その狹い平坦へいたんひたひには思慮などなく
丁謂もこれに先だつこと一年か二年、明道年間に死んだのであるが、寂照が平坦へいたんな三十年ばかりの生活をした間に、謂は嶮峻けんしゅんな世路を歩んで、上ったり下ったりしたのであった。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかるに実際は平坦へいたんな道を、荷物もなく折々休みながら、鼻唄はなうたうたって通ったに過ぎぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
もなく一つのけわしいさかのぼりつめると、其処そこはやや平坦へいたん崖地がけちになっていました。
中央に広く陣取じんどってならんでいる管状かんじょう小花は、その平坦へいたん花托面かたくめんおおめ、下に下位子房かいしぼうそなえ、花冠かかんは管状をなして、その口五れつし、そして管状内には集葯しゅうやく的に連合した五雄蕊ゆうずいがあり
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
たふげうちこし四里山径やまみち隆崛りうくつして数武すぶ平坦へいたんの路をふま浅貝あさかひといふえき宿やどなほ二居嶺ふたゐたふげ(二リ半)をこえ三俣みつまたといふ山駅さんえきに宿し、芝原嶺しばはらたふげを下り湯沢ゆさはいたらんとするみちにてはるか一楹いちえい茶店さてんを見る。
にちさうしてもなくつて巨人きよじん爪先つまさきには平坦へいたんはた山林さんりんあひだ介在かいざいしてかく村落そんらく茅屋あばらやこと/″\落葉おちばもたげてきのこのやうなちひさな悲慘みじめものでなければならなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
山科から醍醐までは下りやすい道です、歩き易い距離でした。道は平坦へいたんだが、前に言う通り、流れにさおさして下る底の道であります。ほどなく、逆三位一体は、醍醐三宝院の門前に着きました。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
やがて平坦へいたんな道にさしかかると、朝がた出あった生徒の一団も帰ってきた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
平坦へいたんに叙してあってちょっと見たところでは平凡な句としか見えないが、それを平凡な句としてうっちゃってしまうのは鑑識のない人であって、いわゆる眼光紙背がんこうしはいに徹するという人であって
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
平坦へいたんな氷の島のうえに、白堊はくあの家が建っているのだ。その一室が、病室になっている。いや、白堊の家だけではない、工場もあるし、動力所とおぼしい建物もあるし、飛行機の格納庫さえある。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
四面高くして中央平坦へいたん、ここに家宅を構えるものは、富貴延命六ちくさん、加増されて名誉の達人起こり、君には忠、親には孝、他に類少なき上相となす——家相にピッタリとはまっております。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もしも事情が許すなら、私はこの広い平坦へいたんな高台の森影の一つに小さな小家を建てて、一週のうちのある一日をそこに過ごしたいと思ったりした。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
例えば素晴らしく平坦へいたんな阪神国道、その上を走るオートバイの爆音、高級車のドライヴ、スポーツマンの白シャツ、海水着のダンダラ染め、シネコダックの撮影
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
八五郎の考へでは、お縫殺しの下手人として、當然お萬か民彌を縛るべき筈ですが、平次はそんな氣振りもなく至つて平坦へいたんな態度で、この若い二人に逢つたのです。
時間の平坦へいたんな野の中央に、ぽかりと多くの穴が口を開いて、その中に自分の全存在が埋没していった。クリストフはその光景を、自分に無関係なことのようにながめた。
露営ろえいの塲所亦少しく平坦へいたんにして充分あしばして睡眠すいみんするを得、且つ水にちか炊煎かんせんに便なり、六回の露営ろえいじつに此夜を以て上乗ぜう/\となす、前水上村長大塚直吉君口吟こうぎんして曰く
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
と一方の、若い頬かぶりをした前髪の影が、鞍の上から指さした頃——ようやく道もやや平坦へいたんになり、行く先の平野には、入間川の水が、闇の中にいた帯のようにうねっていた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右は近いが左のほうが歩きやすいとか、右は平坦へいたんだが左道ひだりは清潔だとか何とか、たいがいのことには得失問題を起こす理由がある。そしてその判断には少なからず苦しむものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
(12)船首から船尾にいたるまですっかり平坦へいたんに張られた上甲板。通し甲板。
欄間らんま、天井等の角度は、著しく平坦へいたんにして、窓、垣、池などに咲く花は人物家屋に比してその権衡けんこうを失したれば、桜花は常に牡丹ぼたんの如く大きく、河骨こうほねの葉はさながら熱帯産の芭蕉ばしょうの如し。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
他のものはこれを護衛ごえいして、左門洞にひきあげた、しかし道は平坦へいたんではない、たんかは動揺どうようした、そのたびに架上かじょうのドノバンは、悲痛ひつう呻吟しんぎんをもらした、このうめきをきく富士男の心は
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
彼は仏蘭西中部の平坦へいたんな耕地、牧場、それから森なぞをめずらしく見て行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たふげうちこし四里山径やまみち隆崛りうくつして数武すぶ平坦へいたんの路をふま浅貝あさかひといふえき宿やどなほ二居嶺ふたゐたふげ(二リ半)をこえ三俣みつまたといふ山駅さんえきに宿し、芝原嶺しばはらたふげを下り湯沢ゆさはいたらんとするみちにてはるか一楹いちえい茶店さてんを見る。
此処ここはアイヌ語でニケウルルバクシナイと云うそうだ。平坦へいたん高原こうげんの意。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)