とが)” の例文
また例のやつが彼の腹の中で初まった。すると急に元気づいて来て、口をとがらし、口笛で何かでたらめのマーチをやり出したりした。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
見違えるほど痩せ細って、頬骨ほおぼねとがり、目は青隈あおぐまをとったよう、眉間みけんにも血、腕にも血、足にも血……。ふた目とみられぬ姿である。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
またいう、コンモードは水陸ともに棲む、たけ十五フィート周十八インチ、頭ひらたひろく、尾細長くてとがる、褐色で脊と脇に栗色を点す。
あいちやんは心配しんぱいさうに木々きゞあひだのぞまはつてゐましたが、やが其頭そのあたま眞上まうへにあつたちひさなとがつたかはに、ひよいときました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
いっぽうはまた萱屋根かややねだけでなく、わらやその他の植物で葺いたものがいろいろあって、それはいずれもみな三角がうんととがっている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私は半分寝床から体をひ出しながら、口をとがらせながら、つぶやくやうに云つた。さう云ふ私を、兄は非難しようとさへしなかつた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
最早もはや、最後かと思う時に、鎮守のやしろが目の前にあることに心着いたのであります。同時に峰のとがったような真白まっしろな杉の大木を見ました。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窟の中央の窪んだ処に諧譃おどけた人物が寄つて、尖柱戯(向うに立てゝあるとがつた木の柱を、こちらから木の丸をころがし掛けて倒す戯)
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
夫は怪訝けげんそうな目で彼女を見た。土佐犬のような顔! が、その犬のようにとがった口を急に侮蔑ぶべつの笑いにゆがめて彼女の夫は駆けだした。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
しかしそんな言いわけらしい事を聞かなくても、僕は飲食物の入物の形を気にする程、細かくとがった神経を持ってはいないのであった。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
繁さん、真面目のような、我ながらびっくりしたような顔で、口をとがらせ乍ら、一生懸命本をつめている。前日にきまったのですって。
げに街道に据ゑたる關の、上に二三のとがれる塔を戴きたる、その側なる天然の洞穴、遠景たるべき山腹の村落、皆好畫料とぞ思はるゝ。
彼女は頭も毬栗いがぐりで、ほおはげっそりげ鼻はとがり、手も蝋色ろういろせ細っていたが、病気は急性の肺炎に、腹膜と腎臓じんぞうの併発症があり
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
とにかくしかしそれにしてもと、あんまりお帽子のひしがたが神経質にまあ一寸ちょっと詩人のやうに鋭くとがっていささかご人体にんていにかゝはりますが
電車 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
碧色の瞳は何処と信ってっかり見詰めないような平静な光りをただよわせて居る。が、時折り突き入るようにとがってきらめくこともある。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
もともと淋しい顔立ちだったが、日本を離れてから、目立って神経質になり、とがりが添っていたのが、晴ればれして見えるので
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
恐ろしく神経をとがらせ、程度次第では、絵図面を引いて公儀の許しを受けなければ、謀叛むほん同様に見做みなされる場合もあったのです。
次に出来る場合というのは、土の表面に小凹凸おうとつがあって、その中のとがった点から凍り初めた場合であるということを確めている。
「霜柱の研究」について (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それから鼻のくろい子供が唇をむっととがらせ、烈しい口調で相手に何か耳うちした。私は彼のからだを両手でゆすぶって叫んだ。
猿ヶ島 (新字新仮名) / 太宰治(著)
鮎子さんが、口をとがらせて何かしゃべっている。ピロちゃんとトクさんが、ひどく仔細らしい顔つきで、いちいちそれにうなずいている。
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
大次郎はこのごろ、人が変ったように、神経がとがり、千浪に対しても、以前とは打ってかわって、荒あらしい声を放つのだった。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
人の世界の投ぐる影、とがれるはしとなる處なるこの天は、クリストの凱旋に加はる魂の中彼をば最も先に受けたり 一一八—一二〇
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
米友は猿のような口をとがらして火を吹く。お玉は上着を脱いでしまうと下着、その上着だけを米友が手早く取って干場へかける。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
兄貴が口をとがらしても、にんじんが黙りこくっていても、それで、「さよなら」が延びるわけではない。別れなければならない時が来た。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
たか羽音はおとでもあるやうにうなつておとは、その竹竿たけざをにしたひと口端くちばたとがらせてプウ/\なに眞似まねをしてせたこゑでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
狐のようにとがった顔をした残忍そのもののような高利貸の玉島たましまの、古鞄を小脇にい込んで、テクテク歩いている姿に変った。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
と、たちまち、どんな隙を見つけ出したか、大蛸はそのとがつた口を、まるで電光のやうな速さで、海豚の胸の真つ只中ただなかに、ぐさりと一突き!
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
ところが人形には、うす着物きものの下にくぎがいっぱい、とがったさきを外にけてつまっているのです。いくら大蛇おろちでもたまりません。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
まず驚くほどせていた、薄く化粧をしているらしいが、顔色もわるく、やつれてみえ、まるい二重顎だったのが、こけたようにとがっていた。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
伸びた口髭くちひげをグイ/\引つ張り/\詩を考へてゐた狂詩人は、私が問ふと矢にはに跳ね起きあごを前方に突き出し唇をとがらせて
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
コーリヤは眼が鈴のように丸くって大きく、常にくるくる動めいている、そして顔にどっかとがったところのある少年だった。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
しかし法華経ほけきょう信者の母は妻の言葉も聞えないように、悪い熱をさますつもりか、一生懸命に口をとがらせ、ふうふう多加志の頭を吹いた。………
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もう一方の助手はいつもすぐそのマフラーを、たえず動いている長いとがった指でKの顔から払いのけはしたのだが、事はよくはならなかった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
女の先生の印象はいい加減なものだったが、理髪師の方は「此処のところがとがっていた。」とか、非常にはっきりしていた。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
神経のとがった現代の子供たちはおそらくこの花火に対して、その昔の私たちほどの興味を持っていないであろうと思われる。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
我々の闖入ちんにゅうしてきたのに神経をとがらせているこの国の人たちにとっては、決して嬉しい感情のものではなかったに違いない。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
がさがさに割られてとがり切った氷の破片が、ふくろの中で落ちつく間、私は父の禿げ上った額のはずれでそれを柔らかにおさえていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ラランの悪知慧わるぢえ有名いうめいなもので、ほかのとりがうまくんでるのをると、近寄ちかよつては自分じぶんとがつた嘴先くちさきでチクリとして墜落ついらくさせてしまふのだ。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
福々爺もやや福々爺で無くなった。それでも流石さすがとがり声などは出さず、やさしい気でいじらしい此女を、いたわるように
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
胸の肉が膨らんでいて下の方へ手を当ててみると肋骨あばらぼね中央まんなかの一番しまいが突出てとがって、それで柔いのは若鳥の証拠です。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そしてその真白な谷の向うに、何処かの教会のとがった屋根らしいものが雪の間から幻かなんぞのように見え隠れしていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
やゝ色づいたかば、楢、イタヤ、などのこずえからとがった頭のあかい駒が岳が時々顔をす。さびしい景色である。北海道の気が総身そうみにしみて感ぜられる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それを又、一々、神経をとがらせて、その都度誰れに頼まれたでもなく、すくなくともハガキ代の自腹を切ってやる馬鹿があるかと、蔑視されもしよう。
青バスの女 (新字新仮名) / 辰野九紫(著)
アフリカ某地方ちはうの土人は土堀つちほり用のとがりたるぼう石製せきせいをばつばの如くにめてをもりとし、此道具どうぐ功力こうりよくを増す事有り。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
咽喉仏のどぼとけが大きくとがって見えた。そのたくましい首を見ていると、耐えていた泪が鼻の裏にしみて、私は遠い時計の方を白々と見るより仕方がなかった。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
突然清逸の注意は母家おもやの茶の間の方にき曲げられた。ばかげて声高な純次に譲らないほど父の声も高くとがっていた。言い争いの発端ほったんは判らない。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
おいねさんにそのままじゃと近所の人のいうとおり、ミチは母親に生写しで、広い生えぎわや、とがったようにやせた顔つきなどまったく似ている。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
ウツボグサの紫花の四本の雄蕊は尖端がまたになっていて、その一方の叉にはやくがあるのに他の一方はそれがなくてとがったままで反り曲っている。
高原 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
庄造はつぱいやうな顔をして、口をとがらせて俯向うつむいてしまつた。母から云はせて福子をなだめる目算もくさんでゐたのが、すつかり外れてしまつたのである。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
四年目で耳に触れた兄の声は、相変らずとがっていた。辰男はその声を聞くと同時に、ペンを筆筒に収めてインキつぼふたをした。ランプをも吹消した。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)