うつわ)” の例文
しかし、英雄のうつわじゃありません。その証拠は、やはり今日の戦ですな。烏江うこうに追いつめられた時の楚の軍は、たった二十八騎です。
英雄の器 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この型を以て未来にのぞむのは、天の展開する未来の内容を、人の頭でこしらえたうつわ盛終もりおおせようと、あらかじめ待ちもうけると一般である。
イズムの功過 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ミワ」は、もと酒を盛るうつわの名であった、太古、三輪の神霊はことに酒を好んで、その醸造の秘術をこの土地の人に授けたという。
そのうつわでもなく、その大望もなかったと知る彼が、かくなって来たわけはただひとつ、「天下人信長」を討ったからにほかならない。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どれも小さなほど愛らしく、うつわもいずれ可愛かわいいのほど風情ふぜいがあって、そのたいかれいの並んだところは、雛壇の奥さながら、竜宮をるおもい。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今度は、三人の中の最後の者が、からになった酒を飲むうつわを下に置いて脣をぴちゃぴちゃ舐めながら、自分の言うことを言い出した。
その中へ林檎の裏漉しにしたのを入れてよくぜてそれからうつわごと水の中へ漬けると寒い時には一時間位で冷えて固まります。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「かれくろがねうつわを避くればあかがねの弓これをとおす、ここにおいてこれをその身より抜けばひらめやじりそのきもよりで来りて畏怖おそれこれに臨む」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
と、コトコトと音がした、下女が台所で洗い物をしていて、うつわと器とをぶっつけたのでもあろう。しかし部屋の中は静かであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうすると、まもなく、綿津見神わたつみのかみむすめ豊玉媛とよたまひめのおつきの女が、玉のうつわを持って、かつらの木の下の井戸いどへ水をくみに来ました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「忘れてはいけません、決して忘れてはいけませんぞ、この銀のうつわは正直な人間になるために使うのだとあなたが私に約束したことは。」
そのためであろうか、うつわは特に私の傍に在ることをよろこぶようにさえ思える。かくして長い間、お互いに離れがたく朝な夕なを共に過ごした。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
則重が凡庸のうつわであるとすれば、譜代ふだいの臣と云う訳でもない河内介がそう云う大志をいだくのは戦国の世の英雄として有りがちのことであり
あまり美しければ拾い上げたれど、これを食器に用いたらばきたなしと人にしかられんかと思い、ケセネギツの中に置きてケセネをはかうつわとなしたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
穴からくぐり出た釆女は、そこらの落葉を踏みしだいて、水を汲むうつわらしいものを探しあるくと、そこには乾いた栗のいがが幾つもころげていた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だれからかねえでも、おいらの見透みとおしだて。——人間にんげんは、四百四びょううつわだというが、しげさん、おめえのやまいは、べつあつらえかもれねえの」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
此島の官人等のめぐみをうけしに、ある日貴人来りて、おほいなる家をよくかざり、もろもろうつわを設いれおくべしといへり。
女はその晩もまたやって来て真澄に酒を飲ましたが、朝になって見ると同じように女も酒のうつわもなかった。しかし、真澄はもう夢とは思わなかった。
岐阜提灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「真空は、彼奴の住む月世界げっせかいの状態そっくりです。だから弱っている彼奴は、たちまち元気になって、うつわを破って逃走したのです。ああ、失敗失敗」
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
子貢問いて曰く、や如何と。子曰く、汝はうつわなりと。曰く、何の器ぞやと。曰く、瑚璉これんなりと。——公冶長篇——
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ふすまのあく音に、わたくしは筆を手にしたままその方を見ると、その頃うちにいた八重という女が茶と菓子とを好みのうつわに入れて持ち運んで来たのである。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
竹簀たけすの上に盛った手打ち蕎麦は、大きな朱ぬりのうつわにいれたものをぜんに積みかさねて出す。半蔵はそれを供の平兵衛に分け、自分でも箸を取りあげた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「二十二貫あるそうですよ。立派でしょう? う見たって、社長は矢っ張り社長です。おのずかうつわが備っています」
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
土師はじうつわなる所謂弥生式土器には朱丹を塗ったものが多く、隼人や倭人が赭土を手や顔に塗ったというのも、景行天皇が豊前山間の土賊を誘い給わんとて
遠慮深い人でないということは、もう経験していると云ってもい。どうしてもうつわを傾けて飲ませずに、渇したときの一滴にのどうるおさせる手段に違いない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今の詩人の好んで歌う「やるせなさ」が、銀のうつわに吹きかける吐息の、曇ってかつ消えるように掠めて行く。
『新訳源氏物語』初版の序 (新字新仮名) / 上田敏(著)
雅楽頭は煩労には耐える気力がなく、職をおさめ、政事を補佐するといううつわでないことは、みなともに認めるところだったから、本多民部左衛門もうなずいて
無惨やな (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
うつわ」と「からくり」の区別は漸変的であって、前者が自然的存在原型にその始源的出発点をもてるに反して
近代美の研究 (新字新仮名) / 中井正一(著)
これをたとえていえば、ここに数多あまたうつわがあるとする。これらのうつわ——仮りに徳利とくりとすればその仕事は水を入れるにある。そしていずれもその容積は異なっている。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
弊船へいせんに坐して深淵に下るに一任したるにせよ、彼は少くとも大臣たるのうつわを具えたるを許さざるを得ず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
自分は喉がかわいていたから、うつわのきたないのも何も知らず、ぐッと一息に飲み、なお三四杯たてつけに飲んだ,娘は口の傍へ持ッて往ッて見て少し躊躇ためらッていたが
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
それはそういう尊いラマが俗人の頭に手を着けるということが出来ないから、そこで采配さいはいのような仏器をこしらえてそのうつわで頭をさすってやるのが按法器礼であります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ややありてわたくし瀑布たき竜神りゅうじんさんにむかい、今日きょうせられた事柄ことがらいていろいろおたずねしましたが、いかにたずねてもたずねても矢張やはわたくしうつわだけのことしかわかはずもなく
ところで、わしが源平の武士を見るにどれもこれも小粒じゃ、将たるうつわなく士たる勇を持つ人もまれな程じゃが、拙僧の眼力をもってするに、残るは唯、御辺ごへんだけじゃ。
少女は青年に気づかざるように、ひたすらその洗ううつわを見て何事をも打ち忘れたらんごとし。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
かつ今日のごとく音語、新字陸続りくぞく更出こうしゅつするときは、多年の苦学にあらざれば通常の書も読むことあたわず。しからばすなわち和漢雑用もまた、教化訓導のほか日用便利のうつわにあらず。
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
雑然考えて行くと、凡そその適材てきざいたる方向が少くとも科学面であることが現われてくる。君子くんしうつわならずの格言のように、今後突然変異とつぜんへんいでも起さない限り、一路進行するのが幸福だろう。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
馬の食を盛るかご馬飼うまかいの籠から、旅人の食物を入れるうつわとなり、やがて旅人の食事まかないとなり、客舎となり、駅つぎの伝馬旅舎として縁のふかい名であり、うまや新道の名も、うまや
だから昔師匠のこしれえてくれたうつわじゃ、お前ってものはもうハミだすようになっちまったんだ。だから拠所よんどころなくほかの器へ入る。それがまた師匠にゃ無体むてい癪に障るとこういうわけなんだ。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
いわれた日にははなはだ困る。君はひどく謙遜して、自分はうつわではないといわれるが、現にこの私がその美術学校の教師をやっている。あなたも私も生い立ちは同じようなものじゃありませんか
そんなのは、べつうつわなかにいれて、みんなとべつにしてやりました。なぜなら、達者たっしゃで、元気げんきのいいのがばかにするからです。そのことは、ちょうど人間にんげん社会しゃかいにおけるとちがいがありません。
金魚売り (新字新仮名) / 小川未明(著)
一方は、燃ゆるがごとき新情想を多能多才のうつわに包み、一生の寂しみをうちめた恋をさえ言い現わし得ないで終ってしまった。その生涯しょうがいはいかにも高尚こうしょうである、典雅である、純潔である。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
人物のうつわけたが違うのである。——気押けおされて、小次郎がたじろいだのを
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
広間にはあかりがいっぱいついて、枢密顧問官すうみつこもんかんや、身分の高い人たちが、はだしで金のうつわをはこんであるいていました。そんな中で、たれだって、いやでもおごそかなきもちになるでしょう。
「わけあって人手のない家となってしまいましたので、ゆき届いたおもてなしをすることもできません。わずかに粗酒一献いっこんさしあげるだけでございます」といって、高坏たかつき平坏ひらつきの美しいうつわ
あさには患者等かんじゃらは、中風患者ちゅうぶかんじゃと、油切あぶらぎった農夫のうふとのほかみんな玄関げんかんって、一つ大盥おおだらいかおあらい、病院服びょういんふくすそき、ニキタが本院ほんいんからはこんでる、一ぱいさだめられたるちゃすずうつわすするのである。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
三合さんごう位はいっている大きいびんのを買って来て、たのしみにうつわへうつしてつかう。二年位あるような気がする。原稿用紙の前には小さい手鏡を置いて、時々舌を出したり、眼をぐるぐるまわして遊ぶ。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
彼は川の水に瓶をけた時、彼がそれを手にする前の通りに、金から立派な、ほんものの土焼のうつわになったのを見て、心からうれしく思いました。彼はまた、自分のからだにも変化を覚えました。
彼女が出会うあらゆる魂は、彼女にとってはうつわのようなもので、彼女は好奇心からまた必要から、すぐにその形をみずから取るのであった。存在せんがためには、いつも他の人となる必要があった。
貿易の道も開らけて、世間の風景、何となく文明開化の春をもよおし、洋学者の輩も人ににくまれ人にまるるその中に、時勢やむをえざるよりして、俗世界のためにうつわとして用いらるるの場合となり