あやまち)” の例文
衣の綻びたるは、かきまがき穿うがちし時のあやまちなり。われ。さらば女はいかなりし。渠。晝見しよりも美しかりき。美しくしてかたくなならざりき。
火近うなりて物の焼くる音おそろしきに、大路も人多くなりて所狭ところせく、ようせずばあやまちもありぬべし、疾く逃ぐるこそよかなれと人々云ふ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
子供のうちあやまちをして罰せられた時泣くのは、自分のわるかつたことを後悔するのか、罰しられるが悲しいのか、よく区別がつかぬものです。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
あやまちがなかったと立派な口がけるものはないはずで、人間の良心というものは、ほかの欲望の働く時は眠っていますけれども
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
士はあやまちなきを貴しとせず、過を改むるを貴しと為す。善く過を改むるはもとより貴しと為すも、善く過をつぐなうを尤も貴しと為す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
然りといへども小人しょうじんにしてたまを抱けばかならずあやまちあり。鏡につらをうつして分を守るは身を全うするの道たるを思はば襤褸買必しも百損といふを得んや。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
夫人は驚いてかごに乗ってゆき、かぎけて亭に入った。小翠ははしっていって迎えた。夫人は小翠の手をって涙を流し、つとめて前のあやまちを謝した。
小翠 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
満枝はさすがあやまちを悔いたる風情ふぜいにて、やをら左のたもとひざ掻載かきのせ、牡丹ぼたんつぼみの如くそろへる紅絹裏もみうらふりまさぐりつつ、彼のとがめおそるる目遣めづかひしてゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
若気わかげあやまちだった、魔がさしたのかも知れない、ふとしたはずみに足を踏み外したのが、取返しのつかぬ事になった」
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
たとい一旦いったんは下げたとしても、実は少しも改心しないで、此方こっちを甘く見くびって、二度も三度も同じあやまちを繰り返すようになりはしないか? そして結局
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
併しすべての人に一様に私が考へてゐる程重大な事であるかどうかは私にもわからない。たゞこれは私一個のあやまちをふり返つて見て思ひついた事に過ぎない。
感想の断片 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
彼はそれを自分のあやまちではないとして自ら弁解した。しかし心のうちでは別に不快を覚えてるのでもなかった。
成程花は半開、興は八分、あまりに狂へばあやまちに終る、最早夜も一時を過ぎて、宮家の方々も帰りたまひぬ。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
一たんのあやまちから、賀奈女などにおぼれたのは、惡いには違ひありませんが、死ぬ程の目に逢ひ乍らそれを許してやつた娘も立派なら、今となつて娘の貞女に思ひ當り
すみやかあやまちを改めて一身を慎しみ、或は妻に侮られても憤怒せずして唯恐縮謹慎す可し云々と、双方に向て同一様の教訓を与え、双方共に斯の如く心得なば、夫婦の中
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
さてある日用ありて二里ばかりの所へゆきたる留守るす隣家りんかの者あやまちて火をいだしたちまちのきにうつりければ、弥左ヱ門がつま二人ふたり小児こどもをつれて逃去にげさり、いのち一ツをたすかりたるのみ
なかのある号で、Mountainマウンテン Accidentsアクシデンツ と題する一篇につて、かつてこゝろおどろかした。それには高山をのぼる冒険者の、怪我あやまちが沢山にならべてあつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
嗚呼ああ盲目なるかな地上の人類、汝等なんじらは神の名においあやまちを犯せる人の子の生命を断ちつつある。
あるいは謙遜けんそんに過ぎて卑屈になるおそれもありとするものもあるであろうが、仮りに僕自身は個人としてこのあやまちがあるとしても、国民全体はなかなか謙遜の態度をる恐もないから
真の愛国心 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
然りと雖も、小人のあやまち刻薄こくはく、長者のあやまち寛厚かんこう、帝の過をて帝の人となりを知るべし。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
われわれに取っては漢文を誤読するようなあやまちをせずに済む。それが先ずありがたい。
今になつて、私は、堅實にしてゐればよかつたと思ふ——その氣持は神樣が御存じだ! あなたがあやまちに誘ひ込まれた時には、後悔こうくわいといふことをお恐れなさい。後悔は人生の毒ですよ。
父母、太郎夫婦、此の恐ろしかりつる事を聞きて、いよよ豊雄があやまちならぬをあはれみ、かつは妖怪もののけしふねきを恐れける。かくて三〇一やむをにてあらするにこそ。妻むかへさせんとてはかりける。
ヨブのこの言たるパウロの「我れみずからかえりみるにあやまちあるを覚えず、されどもこれによりて義とせられず、我を審判さばく者は主なり」(コリント前四の四)とその精神を一にするものであって
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
諫説かんぜいしてきみかほをかすにいたつては、所謂いはゆるすすみてはちうつくすをおもひ、退しりぞいてはあやまちおぎなふをおもものなるかな(七三)假令もし晏子あんしにしてらば、これめにむちるといへど忻慕きんぼするところなり。
*あゝおぢ、我のあやまちを君は正しく説き得たり、 115
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
「おお、二度とあやまちをせぬのが、何よりじゃ。」
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あやまちすとも、自らさとらざりし
男は自分のあやまちを謝した。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
われは物語の昔日のあやまちに及ばんことをおもんぱかりしに、この御館みたちを遠ざかりたりしことをだに言ひ出づる人なく、老公は優しさ舊に倍して我を欵待もてなし給ひぬ。
此間寺僧にして能くあやまちを悔いて、一旦處分した墓を再建したものは、恐らくはたゞ昌林院主一人あるのみであらう。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
夜明けぬれど夫婦の出で来ざりけるは、あやまちなど有りしにはあらずやと、警官は出張して捜索に及べり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さてある日用ありて二里ばかりの所へゆきたる留守るす隣家りんかの者あやまちて火をいだしたちまちのきにうつりければ、弥左ヱ門がつま二人ふたり小児こどもをつれて逃去にげさり、いのち一ツをたすかりたるのみ
山にれた兄が酢川岳などであやまちをするはずはない、兄は生きている、きっと生きているのだ。
峠の手毬唄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
流儀の奧傅祕事おくでんひじこと/″\くお前に傅へた上は、あの『禁制の祕曲』もかへしても宜いやうなものだが、何んと言つても、まだ三十前の若さでは、萬一のあやまちがあつては取返しがつかぬ。
小翠は自分のあやまちじて王夫妻の前へいってあやまった。王はちょうど免官になって不平な際であったから怒って口をとがらしてののしった。小翠も怒って元豊の所へいっていった。
小翠 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
犯人の方にあやまちの弊があったとするも、法律の方に刑罰の一層の弊がありはしなかったであろうか。はかりの一方に、贖罪しょくざいの盛らるる一方の皿に、過度の重さがなかったであろうか。
その中のある号で、Mountainマウンテン Accidentsアクシデンツ と題する一篇に遭って、かつて心をおどろかした。それには高山をじ上る冒険者の、怪我あやまちが沢山に並べてあった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
残酷の豎儒じゅじゅとなし、諸王は太祖の遺体なり、孝康こうこう手足しゅそくなりとなし、これを待つことの厚からずして、周王しょうだいせい王をして不幸ならしめたるは、朝廷のために計る者のあやまちにして
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
正妻を愛するのは、妻の人格を重んじ、自己の家と子供との利害を合理的に考え合せて愛するので、妻にあやまちがあればこれを責めて改悛させるその愛情は一時的の感情に止まらぬのである。
真の愛国心 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
昨日きのうとなれば何事もただなつかし。何ぞ事の是非をきわめて彼我ひがあやまちあきらかにするの要あらんや。青春まことに一夢いちむ。老の寝覚ねざめに思出の種一つにても多からんこそせめての慰めなるべけれ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それいかりののしりやまざれば約々せわ/\しく腹立はらたつことおおくして家の内静ならず。悪しき事あらば折々言教いいおしえて誤をなおすべし。少のあやまちこらえいかるべからず、心の内にはあわれみほかには行規を堅くおしえて怠らぬ様に使ふべし。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
アカイア中の至上者を尊とまざりしあやまち
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
且述作の事たる、功あれば又あやまちがある。こと一たび口より発し、文一たび筆に上るときは、いかなる博聞達識を以てしても、醇中じゆんちゆうを交ふることを免れない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
われ等は只だ羅馬に伴ひ歸りて、曾てあやまちありしアントニオは地中海の底の藻屑となりぬ、今こゝに來たるはその昔幼く可哀かはゆかりしアントニオなりと云はん。夫人。
苦を抜かんが為に、我は値無き死を辞せざるべきか、あやまちを償はんが為に、我は楽まざる生を忍ぶべきか。碌々ろくろくの生はやすし、死はすなはかたし。碌々の死は易し、生はすなはち難し。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
駱駝らくだの黒い帽子、ロイド眼鏡、——それだけならよくあるでしょうが、赤帽の荷物と衝突して、手の甲を怪我けがなすったのを、駅夫は見て居たんですって、赤帽にはあやまちがなかったので
身代りの花嫁 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
当初彼らの頭脳に痛くこたえたのは、彼らのあやまちが安井の前途に及ぼした影響であった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「だが若いうちはその場の行きがかりであやまちもあるものだ、酒を呑みながらの口論、いつまでもこだわっておることはあるまい、いい加減に忘れるがよいぞ」「これは仰せとも覚えませぬ」
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さらした古法帖こほうじょうの上に大きな馬蠅うまばえが飛んで来たので、老人は立って追いながら、「あやまちを改むるにはばかることなかれ。若い時の事はどうもいたし方がない。人間の善悪はむしろ晩節にあるのだよ。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)