むぐら)” の例文
この壁柱かべはしら星座せいざそびえ、白雲はくうんまたがり、藍水らんすゐひたつて、つゆしづくちりばめ、下草したくさむぐらおのづから、はなきんとりむし浮彫うきぼりしたるせんく。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
伝兵衛が覗いてみると、むぐら真菰まこもなどが、わらわらに枯れ残った、荒れはてた広い庭の真中に、路考髷を結い、路考茶の着物に路考結び。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
田舎いなかで見るような身にしむ景色けしきであることを源氏は感じながら、いつか品定めにむぐらの門の中ということを人が言ったが、これはそれに相当する家であろう。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
蒸風呂のような気持ちの悪い暑さが襲って来て、畑の中の雑草は作物を乗りこえてむぐらのように延びた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それきりで、男はわざと冷やかそうに顔をそむけ、破れた築土ついじのうえにむぐらがやさしい若葉を生やしかけているのを、そのときはじめて気がついたように見やっていた。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
また生え乱れる八重むぐらにも手をつけぬままの、荒々しく峨々たる山の急斜面に置かれ、石の土台さえも地衣やこけに被われ、岩の裂目からは美しい羊歯しだの葉がえ出ている。
さてかの僧をらしめたる簀子すのこのほとりをもとむるに、影のやうなる人の、僧俗ともわかぬまでにひげかみもみだれしに、むぐら一五〇むすぼほれ、尾花一五一おしなみたるなかに
立秋とは名ばかりくようにはげしい八月末の日は今崖の上の黒い白樫めがしの森に落ちて、むぐらの葉ごしにもれて来る光が青白く、うすぎたない私の制服の上に、小さい紋波もんぱを描くのである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
そゞろにうかれ出たる鶉の足音聞きつけてむぐらより葎へ逃げ迷ふさまも興あり。道にて
かけはしの記 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
駈寄かけよる岸の柳をくぐりて、水は深きか、宮は何処いづこに、とむぐらの露に踏滑ふみすべる身をあやふくもふちに臨めば、鞺鞳どうとうそそぐ早瀬の水は、おどろなみたいつくし、乱るる流のぶんいて、眼下に幾個の怪き大石たいせき
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
むぐらあざみの花を踏みにじって奴国の方へ馳けていった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
いづこより月のさし居るむぐら
普羅句集 (新字旧仮名) / 前田普羅(著)
むぐらしげれる宿の寂しきに
山賤やまがつのおとがひ閉づるむぐらかな
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
翅碎けて八重むぐら
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
こずえに響く波の音、吹当つる浜風は、むぐらを渦に廻わして東西を失わす。この坂、いかばかり遠く続くぞ。谿たに深く、峰はるかならんと思わせる。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
去年のままにむぐらがす枯れている、家裏の日当りの悪いところに、脚の折れた机や、バネの飛びだした革張りの椅子が雨ざらしになって、いくつも投げだしてある。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その間に、寝殿しんでんは跡方もなくなり、庭の奥に植わっていた古い松の木もいつかられ、草ばかり生い茂って、いつのまにかむぐらのからみついた門などはもう開らかなくなっていた。
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
浅茅あさじは庭の表も見えぬほど茂って、よもぎは軒の高さに達するほど、むぐらは西門、東門を閉じてしまったというと用心がよくなったようにも聞こえるが、くずれた土塀どべいは牛や馬が踏みならしてしまい
源氏物語:15 蓬生 (新字新仮名) / 紫式部(著)
一一四簀垣すがき朽頽くちくづれたるひまより、をぎすすき高くおひ出でて、朝露うちこぼるるに、袖一一五湿ぢてしぼるばかりなり。壁にはつたくずひかかり、庭はむぐらうづもれて一一六秋ならねども野らなる宿なりけり。
みちわずかに通ずるばかり、枯れてもむぐらむすぼれた上へ、煙の如く降りかゝる小雨こさめを透かして、遠く其のさびしいさまながめながら
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いちど尾根をつたって、地境いになるらしいほうへ降りてみたが、谷もあれば川もあり、萱やむぐらにとじられた広い草地や、陽の目も通さない雑木林がはてもなくつづいている。
春の山 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
秋の野の露分け来たる狩りごろもむぐら茂れる宿にかこつな
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
さやさやとむぐらを分けて、おじいどうした、と摺寄すりよると、ああ、宰八か助けてくれ。この手を引張ひっぱって、と拝むがごとく指出した。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中村がむぐらをおしまげて腰をおろすと、サト子は、あわてて、そのそばへ、しゃがみこんだ。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
露しげきむぐらの宿にいにしへの秋に変はらぬ虫の声かな
源氏物語:37 横笛 (新字新仮名) / 紫式部(著)
と前に立つて追掛おいかけると、ものの一ちょうとはへだたらない、石垣も土塀どべいも、むぐらみち曲角まがりかど突当つきあたりに大きなやしきがあつた。
雨ばけ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
おどろにむぐらのしげっていた、前庭の花圃かほが取払われ、秋川夫人の遺品かたみを置いてあった部屋は、翼屋の一郭ごとそっくり姿を消し、そのあとに、小径づくりの茶庭を控えた数寄屋が建っていた。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ここにも一羽、とおなじような色の外套がいとうに、洋傘こうもりを抱いて、ぬいだ中折帽なかおれを持添えたままむぐらの中を出たのであった。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
花売はなうりは、たもとめた花片はなびらおしやはらはら、そでを胸に引合せ、身を細くして、高坂の体を横に擦抜すりぬけたその片足もむぐらの中、路はさばかり狭いのである。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
谿間たにまの百合の大輪おおりんがほのめくを、心は残るが見棄てる気構え。くびすを廻らし、猛然と飛入るがごとく、むぐらの中に躍込んだ。ざ、ざ、ざらざらと雲が乱れる。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と女が高くあおぐにれ、高坂もむぐらの中に伸上のびあがった。草の緑が深くなって、さかさまに雲にうつるか、水底みなそこのようなてんの色、神霊秘密しんれいひみつめて、薄紫うすむらさきと見るばかり。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
がけしたむぐらしげりて、星影ほしかげひるゆべくおどろ/\しければ、同宿どうしゆくひとたち渾名あだなしてりうヶ谷たにといふ。
逗子だより (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その空溝を隔てた、むぐらをそのまま斜違はすかいにおり藪垣やぶがきを、むこう裏からって、茂って、またたとえば、瑪瑙めのうで刻んだ、ささがにのようなスズメの蝋燭が見つかった。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先生むぐらではございますが、庭も少々、裏が山つづきで風もよしまちにも隔って気楽でもございますから御保養かたがたと、たって勧めてくれたのが、同じ教子の内に頭角を抜いて
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
むぐらの中に日が射して、経巻きょうかんに、蒼く月かと思う草の影がうつったが、見つつ進む内に、ちらちらとくれないきたり、きたり、むらさきり、しろぎて、ちょうたわむるる風情ふぜいして、斑々はんはんいんしたのは
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、吉野紙を蔽えるごとき、薄曇りの月の影を、くまある暗きむぐらの中、底を分け出でて、打傾いて、その光を宿している、目の前の飛石の上を、つに這廻はいまわるは、そもいかなるものぞ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これが親仁おやじ念仏爺ねんぶつじじいで、網の破れを繕ううちも、数珠じゅずを放さず手にかけながら、むぐらの中の小窓の穴から、隣の柿の木、裏の屋根、烏をじろりと横目にのぞくと、いつも前はだけの胡坐あぐらひざ
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この姿は、むぐらを分けて忍び寄ったはじめから、目前めさき朦朧もうろうと映ったのであったが、立って丈長き葉に添うようでもあり、寝て根をくぐるようでもあるし、浮き上って葉尖はさきを渡るようでもあった。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やかたの心に従ふまでは、村へも里へも帰さぬといつたが、別に座敷牢へ入れるでもなし、木戸の扉もむぐらを分けて、ぎいとけ、障子も雨戸も開放かいほうして、真昼間まっぴるま、此の野を抜けて帰らるゝものなら
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
樹立こだちともなく、むぐらくぐりに、晴れても傘は欲しかろう、草の葉のしずくにもしょんぼり濡々とした、せぎすな女が、櫛巻くしまきえり細く、うつむいたなりで、つまを端折りに青い蹴出けだしが、揺れる、と消えそうに
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
植木屋の竹垣つづきで、細い処を、むぐらくぐりに人は通う。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
目を突くばかりの坂のむぐらに、竹はすっくと立っている。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)