おの)” の例文
悶絶した尾張宗春が、おのずと蘇生したのである。茫然と四辺あたりを見廻した時、冷っこい物が手に触れた。気が付いて見ると一匹の小蛇!
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
高い土塀どべいと深い植込とに電車の響もおのずと遠い嵐のようにやわらげられてしまうこのの茶室に、自分は折曲げて坐る足の痛さをもいとわず
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と思いながら美事な香木で作った格天井ごうてんじょうを見ていましたが、熱い熱い涙がおのずと眼の中に溢れて、左右にわかれて流れ落ちました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
またかや此頃このごろをりふしのお宿とまり、水曜會すゐようくわいのお人達ひとたちや、倶樂部ぐらぶのお仲間なかまにいたづらな御方おかたおほければれにかれておのづと身持みもちわるたま
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかし定家はそのときすでに、四十から六十におよぶ年齢にさしかかっていて、おのずとこれまでの調子には行かなくなっていた。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
それは無論であるが、時と場所とで、おのずから制限されるのもまた当前とうぜんである。英国人のかいた山水さんすいに明るいものは一つもない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しゅうたおのずとわたくしくちいてたのもそのときでございます。真嶺さねし、相摸さがむ小野おのに、ゆるの、火中ほなかちて、いしきみはも……。
創作家と評論家とはおのずから領分が違ってる。二者共に長ずる少数特殊の人を除いては、創作家は評論をするとボロが出る。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
いさゝかランプの心をねじると、卓子の上の物皆明るく、心もおのずからあらたまる。家族一同手をひざに、息をのんでひかえた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
人のそねみ心を惹くほどに我子は美しければ、叔母もおふしたてたるをおのが誇りにして、せめて四位の少将以上ならでは得こそあはすまじきなど云ひ罵り
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
一人の教育と一国の教育とはおのずから区別なかるべからず。一人の教育とは、親たる者が我が子を教うることなり。
教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
わたしもおのづと肩身が狹くなつて、世間の人に顏を見られるのが恥かしいやうな氣もするので住み馴れた大阪を立退いて、この山科に隱れてゐるのだ。
近松半二の死 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
当人には別にそれが際どい話だという自覚はなく、ただもう話さずにはいられないでおのずと話しているらしい。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
手に取って打ち返して見れば、さすがに自分のこしらえたもの故、ほんの遊びいたずらとはいいながら、他のあてがわれた仏様よりも愛念の情がおのずと深いわけ。
さては君も今代議士の栄職をにないたれば、最初の志望は棄てて、かつて政敵たりし政府の権門家けんもんかに屈従するにこそ、世間おのずから栄達の道に乏しからざるを
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
おのずとお上の目も光り、光らば御家断絶とまではきびしいお裁きがないにしても、御役御免、隠居仰付けらる、というような事になり申すと、わしは構わぬが
六年前の丁度ちょうどこの時節に、この河原にち満ちておりました数万のしかばねのこともおのずと思い出でられ、ああこれが乱世のすがたなのだ、これが戦乱の実相なのだと
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
この前提が実用上無謀ならざる事は数回同じ実験を繰返す時はおのずから明らかなるべきも、とにかくここに予言者と被予言者との期待に一種の齟齬そごあるを認め得べし。
自然現象の予報 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
人類じんるいまへべましたとほり、なが年月としつきいしをもつて器物きぶつつくつて、金屬きんぞく使用しようすることをらなかつたのでありますが、そのあひだおのづと天然てんねんいしあひだ混入こんにゆうしたり
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
やがてそのうちにイヴァン・ペトローヴィチの招待のことがおのずと思い出されたので、ひとつトゥールキン家へ乗り込んで、どんな連中なのか見てやろうとはらを決めた。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
『要は、内蔵助の本心に、世上で取沙汰いたすような事実が、あるかないか、それだけを突き止めることだ。浪士共の動きも、そこに重点を置いて観ればおのずと解ろう』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうち道に敷石が無くなって、歩くと沙塵が立った。そしてだんだん家が疎になってゆき、ついに町は尽きた。そこで道はおのずと低くなっていたから、僕と流とは近づいて来た。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
数十巻連続物などになると、おのずと筋の上にも場面の上にも同じようなものが出来て、その結局はどれもこれも芽出めでたし/\の大団円に終るようで、かえって興味がないようである。
活動写真 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
転輪聖王てんりんじょうおう世に出でて四天下を統一する時、七つの宝おのずから現われその所有となる。
ことにその厳として秋霜烈日的なる人格は深く畏敬せられ、おのずと衆人に襟を正さしむるものがあった。そして中村屋にとってはじつによき理解者で、最初からの大切なお得意であった。
そして始めてた勝利であつた。私はブロクルハーストさんの立つてゐた敷物しきものの上に、しばらくつゝ立つて征服者の孤獨の感を樂しんでゐた。最初おのづと微笑が浮び、昂然と氣勢が上つた。
これに反して、東洋においては、法は神または君の作ったもので、人民はかれこれくちばしを容れるべきものでないとなっておったから、法に関する諺がおのずから人民間には出来なかったものであろう。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
自分でそうと気がつかないでこころに思うことやしぐさにあらわれることがおのずと芝居がかっていてそれがわざとらしくもいやみにもならずにお遊さんの人柄に花やかさをそえ潤おいをつけていた
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おのずと自分の足音さえが鼓膜に響くように思われたときであった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
おのづ似て父の子なれや子ははげこらへねば投げぬ手に触るるものは
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
何の苦も無くおのづから、滑らかにこそ動くなれ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
おのずと人の心を惹きつけるものを持っていた。
林檎 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
高札の文句や寸法にはおのずから型があります。
故人の瑜瑕ゆか並びおおわざる全的生活は他日再び伝うる機会があるかも知れないが、今日はマダその時機でない。かつおのずから別に伝うる人があろう。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
夜を守る星の影がおのずと消えて、東の空に紅殻べにがらみ込んだ様な時刻に、白城の刎橋はねばしの上に騎馬の侍が一人あらわれる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さむかんずるのはやまふかいからではない。ここはもうそろそろ天狗界てんぐかいちかいので、一たい空気くうきおのずとちがってたのじゃ。
ちゝにまで遠慮ゑんりよがちなればおのづからことばかずもおほからず、一わたしたところでは柔和おとなしい温順すなほむすめといふばかり、格別かくべつ利發りはつともはげしいともひとおもふまじ
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あるいはその鬼たり蛇たるの際にも、おのずから父母の至情を存するといわんか、有情を以て無情の事を行えば、余輩は結局その情のある所を知らざるなり。
教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そのまぶたの内側がおのずと熱くなって、何ともいえない息苦しいかたまりが、咽喉のどの奥から、鼻の穴の奥の方へギクギクとコミ上げて来るのを自覚しながら……。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
島津家の女忍び衆、烏組発明の捕り物道具、さあトヤ駕籠だトヤ駕籠だ! 二間の彼方あなたへトンと据え、戸をひらくとおのずから、スルスルと人を引き込みます。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かくて妾は宛然さながら甘酒に酔いたる如くに興奮し、結ばれがちの精神も引き立ちて、互いに尊敬の念も起り、時には氤氳いんうんたる口気こうきに接しておのずから野鄙やひの情も
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
六年前の丁度ちょうどこの時節に、この河原にち満ちてをりました数万のしかばねのこともおのづと思ひ出でられ、ああこれが乱世のすがたなのだ、これが戦乱の実相なのだと
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
定評あるものをたのしむのが早道でもあるし、また自然そうするのほかない事情もあるだろうから、純粋にそれを愉しむという態度を持つ人には、おのずと芸道的色彩
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
感応かんのうありて、一念の誠御心みこころかない、珠運しゅうんおの帰依仏きえぶつ来迎らいごうかたじけなくもすくいとられて
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかしともかくも芸術家のうちで自然そのものを直接に見て何物かを見出そうという人があれば、その根本の態度や採るべき方法にはおのずから科学者と共通点を見出す事が出来てもよい訳である。
仏説に摩竭陀まかだ国の長者、美麗な男児を生むと同日に、蔵中おのずから金象を生じ、出入にこの児を離れず、大小便ただく金を出す、阿闍世王これを奪わんとて王宮に召し、くだんの男名は象護を出だし
私も元気づきミユンヘンの事では一日の長がある様な態度をおのづから示して、夕食を共にした後、けふ見て来た宗教関係の下宿“Hospitzホスピツツ”に案内し、私は日本媼にたのんでソフアの上に寝た。
南京虫日記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
おのずと会得することが出来た今まで肉体の交渉こうしょうはありながら師弟の差別にへだてられていた心と心とが始めてひしとい一つに流れて行くのを感じた少年の頃押入おしいれの中の暗黒世界で三味線の稽古を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
退屈男の口からはおのずと皮肉交りな冷笑がほころびました。
何の苦も無くおのづから、なめらかにこそ動くなれ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)