硝子がらす)” の例文
濃いもやが、かさなり重り、汽車ともろともにかけりながら、その百鬼夜行ひゃくきやこうの、ふわふわと明けゆく空に、消際きえぎわらしい顔で、硝子がらす窓をのぞいて
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほこりよごれた硝子がらす窓には日が当たって、ところどころ生徒の並んでいるさまや、黒板やテーブルや洋服姿などがかすかにすかして見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
何か知ら惡事でも働いてゐるやうな氣がして、小池は赤い軒燈けんとう硝子がらすの西日にまぶしく輝いてゐる巡査駐在所の前を通るのに氣がとがめた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
其間をトマムの剰水あまり盆景ぼんけい千松島ちまつしまと云った様な緑苔こけかたまりめぐって、流るゝとはなく唯硝子がらすを張った様に光って居る。やがてふもとに来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
わたしはそんなものがほしくて来たのではない。それよりも、あすこの硝子がらすのはこにはいつてゐるびんを下さい。」と言ひました。
湖水の鐘 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
と障子と硝子がらすおとが、見る/\はげしくなつて、あゝ地震だと気がいた時は、代助の足は立ちながら半ばすくんでゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その正面は、嘗て夢に見た通りに、非常に高く突立ち、今にも崩れ落ちさうに見える、硝子がらすのない窓の穴のある貝殼のやうな壁であつた。
あたかもその時に、縁側から内をのぞいている書生の顔が障子の硝子がらす越しに黒く見えたので、わたしは笑いながら声をかけた。
慈悲心鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ことに近ごろ流行の、硝子がらす囲いに材料を山と盛り、お客さんいらっしゃいと待ちかまえているような大多数の店は、A級寿司屋とはいいがたい。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
寿美子の指は戸棚の中の——硝子がらす越しに見えるイタリー製のヴェルモットのビンを真っ直ぐに指しているではありませんか。
通りに臨んだ三階の明るい窓硝子がらす日蔽ひおひおろして、自分達は昨夜ゆうべの不眠を補ふ為に倫敦ロンドンへ着いた第一日を昼過ぎまで寝て居ねば成らなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
僕はかう云ふ間にも、夏の西日のさしこんだ、狭苦しい店を忘れることは出来ぬ。軒先には硝子がらす風鈴ふうりんが一つ、だらりと短尺をぶら下げてゐる。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
藻西の店は余等よらが立てる所より僅か離れしのみにして店先の硝子がらすに書きたる「模造品店、藻西太郎」の金文字も古びてや黒くなれり目科は余を
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
食卓掛てーぶるかけの白き布は下女によりて掛けられたり、硝子がらすのバターいれ塩壺しおつぼソース芥子からしうつわなんど体裁好ていさいよく卓上に配置せられたり。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
窓は両方共硝子がらすだったが、一方の、机の前の窓はどうしたのか半開きになって、そこから陽の光りがまぶしいまでに、卓上いっぱい射し込んでいた。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それからあな硝子がらす破片はへんでふたをし、上にすなをかむせ地面の他の部分とすこしもかわらないようにみせかける。
花をうめる (新字新仮名) / 新美南吉(著)
硝子がらすが一面にスチームで露っぽくなっていたから、手の平で拭いた。冷たかったので頭がハッキリとなった。
ココナットの実 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
溝板どぶいた密接くっつき合った井戸流しに足音をかすめて、上り口の障子の中程に紙を貼った硝子がらすの隙からそっと覗くに、四十あまりの女が火鉢の前にただひとり居るだけで
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
すこし行きますとまたがあつて、その前に硝子がらすつぼが一つありました。扉にはう書いてありました。
注文の多い料理店 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
そしてその者は、開けられた線まで、頭を屈め下げて来たので、今までは埃のかかった硝子がらすで、外光を遮られて見えなかった顔に、外光が直接にあたって光った。
るにどくなるはあめなかかさなし、途中とちう鼻緒はなをりたるばかりはし、美登利みどり障子しようじなかながら硝子がらすごしにとほながめて、あれれか鼻緒はなをつたひとがある
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
勧誘員は扇をぱちぱち鳴らしながら、学者の頭は硝子がらす製のインキ壺と一緒に、どうかするとこはれ易い。
そしてその恐しい鼻尖はなさきを、ごつんと潜水兜前面の硝子がらすにぶつつけましたから、今太郎君はわツと叫んで、どつかり尻餅しりもちをつき、めくら滅法に大ナイフを振廻しました。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
季節の変り目にこの平原によくある烈しい西風が、今日は朝から雨をいざのうて、硝子がらす窓に吹きつける。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
硝子がらすの水入れに付いてる様な水晶の栓で、打ち見たところ栓と云うよりほかに何の変哲もない代物だ。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
戸外そとでは雨の音がして硝子がらすに霧のような物がかかっていた。電車の音がけたたましく聞えて来た。
雨夜続志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あたりはひつそりとして、高い木にも低い艸にも、砕いた硝子がらすのやうな光線の反射がある。
田楽豆腐 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
え/″\として硝子がらすのそとに、いつからかいとのやうにこまかなあめおともなくつてゐる、上草履うはざうりしづかにびしいひゞきが、白衣びやくえすそからおこつて、なが廊下らうかさきへ/\とうてく。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
重さが十二キロのものは、爆発すると直径が五メートルもある大孔を穿うがつ。そして十メートル以内の窓硝子がらすを破損し、木造家屋ならば、もう使用出来ない程ひどく壊してしまう。
空襲下の日本 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二日ばかり前の晩夜中にガチャンと硝子がらすこわれる音がしたのでハッと二人で詰所を飛びだすと、一人の曲者くせものまさに明りとり窓から逃げ出す所で、その窓硝子を一枚落したのであった。
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
列車は相変らずやみ穿うがって走っている。二三分ごとに汽笛のおとが聞える。窓硝子がらすを通して、ぱっと明るくなって、すぐまた消える火の光が見える。列車が都近くの停車場ていしゃじょうを通過するのである。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
又鉄を引くといふ意味から、磁石の上にヴイーナスの像を彫つて「お守り」として持つて居ると、好きな女を引き寄せることが出来るといふ迷信もある。又欧洲では昔から硝子がらすが毒として考へられた。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
赤錬瓦塀の上に地獄のやうな硝子がらすかけを立てた厭な所です。夕方と朝に髪へ綿くづを附けた哀れな工女が街々から通つて行く所は其処そこなのです。その前は新田しんでんと云つて、埋立地の田畑になつて居ます。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
私は厚い硝子がらすを通して、ひたすら前方のみを凝視みつめてゐた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
うすくもれる硝子がらすのなかにとりあつめたる薬剤やくざいびん
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それとも、おれは硝子がらすみたいな男かな。
昨今横浜異聞(一幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
硝子がらすの中の人形も明日あすはおいとまやりませう
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
硝子がらすふたうしろには、白鑞しろめおもて飾なく
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
明るい灰色の硝子がらすの外で
北原白秋氏の肖像 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
ほこりだらけの窓の硝子がらすよりも
心の姿の研究 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
身を寄せてなかを窺ふと、なかくらかつた。立て切つた門の上に、軒燈がむなしく標札をらしてゐた。軒燈の硝子がらす守宮やもりかげなゝめにうつつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
紋付もんつきを着た男の生徒もあった。オルガンの音につれて、「君が代」と「今日のよき日」をうたう声が講堂の破れた硝子がらすをもれて聞こえた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
莞爾にっこりした流眄ながしめなまめかしさ。じっと見られて、青年は目を外らしたが、今は仕切の外に控えた、ボオイと硝子がらす越に顔の合ったのを、手招きして
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それよりも、そのおくらの中には、小さなびんが十二はいつてゐる、硝子がらすのはこが一つあるから、それをおもらひなさい。
湖水の鐘 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
と云って、妻は硝子がらすの大きなはちを持て来た。硝子は電気を絶縁する、雷よけのまじないにかぶれと謂うのだ。よしと受取って、いきなり頭にかぶった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
壁に垂れている綱を引くと、天井硝子がらすの下へ張った幕は引かれて、真昼の烈しい光線が、カッと床の上へ落ちます。
向日葵の眼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「おお」と云つて片隅へ女客をんなきやくと一緒に避けるもなく発射せられた一発は窓硝子がらすいてそとれて仕舞しまつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
今年の梅雨中ばいうちゅうには雨が少かったので、私のおい硝子がらすの長い管で水出しを作った。それをかえでの高い枝にかけてあたかも躑躅の茂みへ細い滝を落すように仕掛けた。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、其處には地上一呎ばかりの小さい菱形の格子窓の硝子がらすから、再びあの懷かしい光がパツと射して來た。
すこし行きますとまたがあって、その前に硝子がらすつぼが一つありました。扉にはう書いてありました。
注文の多い料理店 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)