温泉いでゆ)” の例文
梶女はたしかめるようにこちらを見ていたが、すぐ思いかえしたようすで、今日は山辺やまべ温泉いでゆへゆくからしたくするようにと云った。
日本婦道記:糸車 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
関所は廃れ、街道には草蒸し、交通の要衝としての箱根には、昔の面影はなかつたけれども、温泉いでゆ滾々こん/\として湧いて尽きなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
温泉いでゆは、やがて一浴いちよくした。純白じゆんぱくいしたゝんで、色紙形しきしがたおほきたゝへて、かすかに青味あをみびたのが、はひると、さつ吹溢ふきこぼれてたまらしていさぎよい。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
二荒ふたらの宮には春の桜、塩原の温泉いでゆには秋のもみじ、四季とりどりの眺めにも事欠かず、よろずに御不自由はござりませぬ。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
四五日過ぎて清吉は八五郎に送られ、箱根の温泉いでゆを志して江戸を出しが、夫よりたどる東海道いたるは京か大阪の、夢はいつでも東都あづまなるべし。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
忽ち啜泣すゝりなきの聲の背後うしろに起るあり。背後はキケロの温泉いでゆの入口にて、月桂ラウレオ朱欒ザボンの枝繁りあひたれば、われは始より人あるべしとは思ひ掛けざりしなり。
一藩が震駭しんがいし、数十人の捕り手を繰り出し、逃げ込み先の猿ヶ京の温泉いでゆをおっとり囲んだのは当然といえよう。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
森閑しんかんとした浴室ゆどの長方形ちやうはうけい浴槽ゆぶね透明すきとほつてたまのやうな温泉いでゆ、これを午後ごゝ時頃じごろ獨占どくせんしてると、くだらない實感じつかんからも、ゆめのやうな妄想まうざうからも脱却だつきやくしてしまふ。
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
○又尾張の名古屋の人吉田重房があらはしたる筑紫記行つくしきかう巻の九に、但馬国たじまのくに多気郡たけこほり納屋村なやむらより川船にて但馬の温泉いでゆいた途中みちしるしたるくだりいはく、○猶舟にのりてゆく
小松の温泉いでゆに景勝の第一を占めて、さしもにぎわい合えりし梅屋の上も下も、尾越しに通う鹿笛しかぶえに哀れを誘われて、廊下をう足音もややさびしくなりぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
煙村の少女おとめ温泉いでゆ湯女ゆな、物売りの女など、かえって、都人みやこびとのすきごころをうずかせたことでもあろう。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三国ヶ嶽のふもとに、木樵きこり猟人かりうどのみ知る無蓋自然の温泉いでゆで、里の人は呼んで猿の湯という。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
山中の温泉いでゆ。湯はあふれ滾れて、あけくれわたしの孤独を暖め、……
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
老人は当人に代って、満洲のに日ならず出征すべきこの青年の運命を余にげた。この夢のような詩のような春の里に、くは鳥、落つるは花、くは温泉いでゆのみと思いめていたのは間違である。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眞裸體になるとはしつつ覺束な此處の温泉いでゆに屋根の無ければ
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
ほとほとにぬるき温泉いでゆむるまも君がなさけを忘れておもへや
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
河原ともやなぎ原とも知らぬなりところどころに温泉いでゆ靄上ぐ
そは地の底より湧きいづる貴くやはらかき温泉いでゆにして
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
諏訪少女温泉いでゆを汲みに通ひ侯松風のごと村雨のごと
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
蔵王山の雪、青根の温泉いでゆ、青根の宿から見える野や、川や、海や島の景観。川は二つあって、一つは白石川、片方は阿武隈川という。
関所はすたれ、街道には草蒸し、交通の要衝としての箱根には、昔の面影はなかったけれども、温泉いでゆ滾々こんこんとしていて尽きなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
もう温泉いでゆの町も場末のはずれで、道が一坂小だかくなって、三方は見通しの原で、東に一帯の薬師山の下が、幅の広いなわてになる。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四五日過ぎて清吉は八五郎に送られ、箱根の温泉いでゆを志して江戸を出でしが、それよりたどる東海道いたるは京か大阪の、夢はいつでも東都あずまなるべし。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この木立の極めて黒きは、これに接したる末遙なる海原うなばらの極めてあかければなり。園の一邊かたほとりの石垣の方を見れば、寄せ來る波は古の神祠温泉いでゆあとを打てり。
○又尾張の名古屋の人吉田重房があらはしたる筑紫記行つくしきかう巻の九に、但馬国たじまのくに多気郡たけこほり納屋村なやむらより川船にて但馬の温泉いでゆいた途中みちしるしたるくだりいはく、○猶舟にのりてゆく
明礬質みょうばんしつのこの温泉いでゆは、清水以上に玲瓏としていて、入浴はいっている人の体を美しく見せた。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
深夜、人なき浴槽に身をひたして、こんこんときだす温泉いでゆのせせらぎに耳心じしんを洗いながら、快い疲れをおぼえていた法月弦之丞は、やがて湯から上がって衣類をつけなおした。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど石で畳んだように、満々と湯をたたえた温泉いでゆの池である。屹立きつりつする巌のあいだに湧く天然の野天風呂——両側に迫る山峡を映して、緑の絵の具を溶かしたような湯の色だった。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
真裸体になるとはしつゝ覚束な此処の温泉いでゆに屋根の無ければ
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
しほはゆき温泉いでゆを浴みてこよひやまひいえむとおもふたまゆら
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
大江たいかうのみなぎるを見し同じ日に行くは温泉いでゆの夕月のみち
蔵王へ登る途中に、青根の温泉いでゆがある。藩侯の宿所「不老閣」には、重臣たちの部屋もあるので、周防は二三日躯を休めてゆこうと思った。
ほししたんでかへつて、温泉いでゆ宿やどで、準備じゆんびを、とあしく、ととほはなれた谿河たにがはながれが、砥石といしあらひゞきつたへる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
温泉いでゆ町の夏の夕は、可なり人通が多かった。その人かと思って近づいて行くと、見知らない若い人であったりした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
堪能していられた時代の旅人の方が、遙かに、自然の恩恵をまことに浴したもので、また、諸国に温泉いでゆをひらいたという湯前ゆまえの神様——大己貴尊おおあなむちのみことの心にもかなうものでありましょう。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はい、そのことでございますか、実は故郷くにの名産の甲斐絹かいきを持って諸方を廻わり、付近ちかく小千谷おぢやまで参りましたついで、温泉いでゆがあると聞きまして、やって参ったのでございますよ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うす闇の迫る温泉いでゆのなかに、じぶんのからだが、ほのぼのと白く浮き出て見える。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
蓬だにうら安からぬ野の中の温泉いでゆの末にしげる蘆かび
いまいちど入るよ温泉いでゆ
樹木とその葉:09 枯野の旅 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
温泉いでゆまちの、谿流けいりうについてさかのぼると、双六谷すごろくだにふのがある——其処そこ一坐いちざ大盤石だいばんじやく天然てんねん双六すごろくられたのがるとふが、事実じじつか、といたのであつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一は船岡で山守りをしている与五兵衛、一は青根の温泉いでゆの宿へあてて、どちらも、在国ちゅうの甲斐にとっては、身のいこいに欠くことのできない相手であった。
この国の地殻ちかくには、火の脈が燃えている。温泉いでゆのわく所が多い。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小半町き、一町行き……山の温泉いでゆの町がかりの珍しさに、古道具屋の前に立ったり、松茸の香を聞いたり、やがて一軒見附けたのが、その陰気な雑貨店であった。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あそこは閑静でいい、温泉いでゆも澄んでいるし、大きな宿も五、六軒あるし」
女は同じ物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
護身ごしんじゆつや、魔法まはふつかひのをしへにあらず、なきはゝ記念かたみなりきとぞ。はなさと温泉いでゆ夜語よがたり
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
青根の温泉いでゆへ来て半月になる。去年(寛文七年)の四月から殆んど一年、席次問題で存分に暴れたが、国老側は態度を明らかにせず、「なお吟味ちゅう」というばかりで、まったくらちがあかない。
やがて温泉いでゆ宿やど前途ゆくてのぞんで、かたはら谿河たにがはの、あたか銀河ぎんがくだけてやまつらぬくがごときをときからかさながれさからひ、水車みづぐるまごとくに廻転くわいてんして、みづ宛然さながらやぶはしけて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
湯殿では温泉いでゆの落ちる音が、かすかに聞えるだけで、そこに甲斐がいるとは信じられないほど、ひっそりとしていた。宇乃は仕切りの厚い杉戸を見やったまま、いつまでも答えようとしなかった。
沢は、駕籠かごに乗つて蔵屋に宿つた病人らしい其と言ひ、鍵屋に此の思ひがけない都人みやこびとを見て、つい聞知ききしらずに居た、此の山には温泉いでゆなどあつて、それで逗留をして居るのであらう。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
五つか六つのとき、村からほど近い谷川の奥へ母親にれられて湯治にいったことがある。そこは川に沿って岩の穴が幾つかあり、底から温泉いでゆいており、屋根もなにもない野天風呂であった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)