すま)” の例文
旧字:
しかし、持彦は悠然ゆうぜんとして水をあび、そしてみそぎの行いをすましたのである。それを見澄みすました上の官人は小気味宜こきみよげにわらっていった。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
西のかたに山の見ゆる町の、かみかたへ遊びに行つて居たが、約束を忘れなかつたから晩方ばんがた引返ひっかえした。これから夕餉ゆうげすましてといふつもり。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
で、貴方あなたはよい時代じだいようとすましてもいられるでしょうが、いや、わたくしうことはいやしいかもれません、笑止おかしければおわらください。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
六時、朝食をすまし、右手のかわらにつき、最近の鞍部目的に登る、僅か十町つい目先きのようだ、が険しくて隙取ひまどれ、一時間ばかりかかった。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
彼奴きゃつ長久保ながくぼのあやしき女のもと居続いつづけして妻の最期さいご余所よそに見る事憎しとてお辰をあわれみ助け葬式ともらいすましたるが、七蔵此後こののちいよいよ身持みもち放埒ほうらつとなり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
濃いお納戸地のあわせと、黒っぽい帯までが、行いすました聖僧の法衣に見えて、顔のやつれ、膝に揃えた十指のわななき、限りない痛々しさです。
わたくしは、この部屋にもこれ以上居づらい気がしましたし、うっかりすると、おきみにまた来られそうなので、急いで勘定をすまして立上り
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これはつまりインドで所用をすまして帰る時分に、その書面を示して始めてチベットに帰ることを許される手続きになって居るのでございます。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
私はただ二階の六畳を借りているばかりで、食事はすべて外ですまして帰る。私が遅く帰る時分には、暗いランプの下に老婆は茫然と坐っている。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかし丁度日曜日に当って夜学校を口実にも出来ない処から夕飯ゆうめしすますが否やまだ日の落ちぬうちふいとうちを出てしまった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
秋蘭は古風な水色の皮襖ピーオを着て、紫檀の椅子にりながら手紙の封を切っていた。彼女は朝の挨拶をすますと足の痛みのやわらぎを告げて礼を述べた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
文士という肩書の無い白地しろじ尋常ただの人間に戻り、ああ、すまなかった、という一念になり、我を忘れ、世間を忘れて、私は……私は遂に泣いた……
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
エマルソン言えることあり、最も冷淡なる哲学者といえども恋愛の猛勢に駆られて逍遙しょうよう徘徊はいかいせし少壮なりし時の霊魂が負うたるおいめすまあたわずと。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ロオランスの出るジユリヤンの画室アトリエの前にある珈琲店カフエエで皆𤍠い珈琲カフエエ麺麭パンとを取つてやす朝飯あさめしを腰も掛けずにすませた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
あなたもすましていなくっちゃいけません。——何を云っても冷淡に済ましていなくっちゃいけません。けっしてこちらから、一言ひとことも云わないのです。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
洗吉さんは先に御飯をおすましになつて、子供かなぞのやうに、自分の頸を抱へて唐紙の根に寝転んでお出でになる。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
と主従連立つれだって屋敷へお帰りに成ると、お國は二度びっくりしたが、素知らぬ顔で此の晩は済んでしまい、翌朝よくあさになると隣の源次郎がすましてやってまいり
これは適当の方法をもって必ず皆すましていただかねばなりません。私はそれを諸君全体に寄付して、向後の費途にてるよう取り計らうつもりでいます。
小作人への告別 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
中幕の両優を「天下無類、古今無類」といふ四字にてすませ、片市と松助のよだれくりと三助とを評せしは大利口なり。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
賭博とばく現行犯で長野へ引かれ、一年ほどまた臭い飯を食ふ事になつたが、二度目に帰つて来た時は、もう村でも何うする事も出来ない程の悪漢わるものに成りすまして
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
そういう一家の危機を外に学んでいる兄や妹に今日が日までも一切知らせずにすますことが出来たのであった。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
仮想の男になりすましたTが、ヒョッコリとやって来た、最初は、細君、その男をTだといって聞かなんだが、Tの友人が訪ねて来ても、まるで話が合わなかったり
一人二役 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
看送みおくすまし更に余がかたに打向いて「うしても藻西太郎の仕業しわざと認める外は無い」と嘆息たんそくせり。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ソレカラ仏蘭西を出発して葡萄牙ポルトガルのリスボンに寄港し、使節の公用をすまして又船に乗り、地中海に入り、印度インド洋に出て、海上無事、日本にかえって見れば攘夷論の真盛りだ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
やっと葬送をすましたのがつい二ヶ月程前であるが、折角せっかく手入ていれを加えてただ空けておくのも何だから、お借し申したような次第であるが、さては左様でございますかという。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
途中は長い廊下、真闇まっくらなかで何やら摺違すれちがつたやうな物の気息けはいがする、これと同時に何とは無しにあとへ引戻されるやうな心地がした。けれども、別に意にもめず、用をすまして寝床へ帰つた。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「床屋だ?」老公は仰山ぎやうさんさうなその身装みなりをも一度じろつと見直した。大臣だつたら冷汗を掻き、次官局長のてあひだつたら神経衰弱にもなりさうな眼附だつたが、床屋はけろりとすました顔をしてゐた。
判決をすましてしまいたいって検事さんの予定だったんだそうですが、先刻さっきも申上げたようになるべく判決を遅くらしてくれって青山さんの註文で、菱沼さん、ムキになってネバり続けた甲斐あって
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
食事をすますと、ギルは前夜の言葉を忘れずに泉原を促してうちを出た。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
『何でもありませんよ。』と、すまし返つて、吉野の顔をチラと見た。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その八太郎が、る日、やはり遠い町へ使つかひに行つた時のことです。用をすましてぼんやり帰りかけると町外れの木の下に、白と黒との小さな子犬が二匹、一つところにかたまつて、くんくん泣いてゐました。
犬の八公 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
質素な葬式もすましてそれも終った。
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
ひとりでいてすまさうか。
桜さく島:春のかはたれ (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
嫉妬しっとの勢いすさまじきに大原も途方にくれ「ナニ少し御馳走ごちそうになっていたものですから遅くなったのです。途中まででもお出迎いに参らなければすみません」お代嬢「すむすまないもあるもんか自分がすきであの子と狂い廻っていた癖に。あの子が大事か、親が大事か、満さんに解んねいか」
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
今度の旅は、一体はじめは、仲仙道線で故郷へ着いて、そこで、一事あるようすましたあとを、姫路行の汽車で東京へ帰ろうとしたのでありました。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しか丁度ちやうど日曜日にあたつて夜学校やがくかう口実こうじつにも出来できないところから夕飯ゆふめしすますがいなやまだの落ちぬうちふいとうちを出てしまつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
之を見ると、私は卒然として、「ああすまなかった……」と思った。此刹那に理窟はない、非凡も、平凡も、何もない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
食事がだ済まないと云ふと、食べないで居ると身体からだが余計に疲れるからと云つて、よろよろと歩く私をれて氏は一度すまして帰つた食堂へまた行つた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
丁度十二月朔日ついたちのことで、いつも寺では早く朝飯あさはんすますところからして、丑松の部屋へも袈裟治が膳を運んで来た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
金は、幾何いくらも残っていなかった。おあいは、葬式をすまして、仏事を奇麗に営んだ。せめて、これが亡き叔母に対して尽すべきつとめであるように思った。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
うッかり外を歩くと女が打突ぶッつかって来て女のこぶが七つも一緒に出来るというくらいの若旦那だが、すましてゝ其様そんなに安く売る身体じゃアねえと云ってるくらいのもので
けれどもなかにあつた手紙てがみは、状箱とは正反対に、簡単な言文一致で用をすましてゐた。此間このあひだわざ/\れた時は、御依頼おたのみ通り取りはからひかねて、御気の毒をした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
主人が跣足はだしになって働いているというのだから細君が奥様然おくさまぜんすましてはおられぬはずで、こういう家の主人あるじというものは、俗にいうばち利生りしょうもある人であるによって
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
食事をすまして、〆治を帰してしまうと、私は荒されたちゃぶ台を前に、ボンヤリと坐っていました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二十九歳の時に夜逃をて、この東京につて来て、蕎麦屋の坦夫かつぎ、質屋の手伝、湯屋の三助とそれからそれへと辛抱して、今ではかく一軒の湯屋の主人と成りすまして
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
彼にとってジョーンはいかりであった。時には厄介千万であったが、又時には落付かせて呉れるおもりであった。嫌に取りすましたのが生意気に見えてしゃくに触ったが、なつかしくも思った。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一つ物好きのようだが、道心堅固に行いすました、目黒の尼を還俗げんぞくさして、お客のような妾のような、奉公人のような内儀のような、——そんな扱いをして、うんと高い給金を出して可愛がってやろう。
美術の批評家になりすましてしまつた。
その日の主人役が客にすまずとあって、しんだもののようになってるのを引起し、二人両手を取って、小刀ナイフで前髪を切って、座敷をつッ立った。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
去年の末に幸ひ美奈子の長篇小説がなにがし新聞社へ買取られたので、其の稿料で大崎村の諸はらひとゞこほりやら麹町の新居の敷金やら引越料やらをやつすます事が出来た。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)