山葵わさび)” の例文
「どうしてあなたは、そんなに急に学問の話がしたくなったのです? ひとつ憲法の方は如何です? それとも蝶鮫ちょうざめ山葵わさび漬けなどは?」
小作人が、時折、畠の山葵わさびをとって、沼津あたりからやって来る行商人に、そっと売ったりしても、めったに怒ったりすることはなかった。
忠僕 (新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
○妊婦には刺撃性の食物例えば生姜、山葵わさび、辛子、カレー粉の如き物、また興奮性の食物例えば酒類、コーヒー、紅茶、濃茶の類は害あり。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
茶碗ちやわん三葉みつば生煮なまにえらしいから、そつと片寄かたよせて、山葵わさびきもののやうに可恐おそろしがるのだから、われながらおがさめる。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
少くも刺身さしみに対する山葵わさびくらいの役をするのではなかろうか。みどりの湖の岸に建っている白い塔の中に、金髪の王女が百年の眠りを眠っている。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「この外濠は湧くでありますからこの通り水が綺麗であります。此処で山葵わさびを作りましたが、蟹が喰べるので生長しません」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「いき」な味とは、味覚の上に、例えば「きのめ」やゆずの嗅覚や、山椒さんしょ山葵わさびの触覚のようなものの加わった、刺戟しげきの強い、複雑なものである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
ともかく、伝来の味がぐっとちてお江戸名物が一つ減ったとは、山葵わさび醤油で首を捻り家仲間での一般の評判であった。
自分はその風が横顔に当るたびに、お兼さんの白粉おしろいにおいかすかに感じた。そうしてそれが麦酒ビール山葵わさびよりも人間らしい好い匂のように思われた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
沢へ下りると細流にウォータークレスのようなものが密生し、柵囲いの中には山葵わさびが作ってある。
浅間山麓より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
乾燥かんさうした冬枯ふゆがれくさ落葉おちば煙草たばこ吸殼すひがらあやまつててんじて、それがさかんはやしはらうてもしぶつよい、表面へうめん山葵わさびおろしのやうなくぬぎかはは、くろ火傷やけどみきぱいとゞめても
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
盆踊りに笛のないのは、刺身さしみ山葵わさびがないやうなもので、誰でも氣がつかずには居ません。
絵様を浮世画に替へれば、「冬の田は、山葵わさびおろしの様に見え」など言ふ川柳の穿うがちになつて了ふのである。此は感覚的現実たるべきものに、空想的誇張を前提としてゐるのだ。
この附近で香魚あゆが捕れてその味が至極よろしいこと、また山葵わさびも取れること、矢坪坂やつぼざかの古戦場というのがあること、太鼓岩、蚕岩かいこいわ、白糸の滝、長滝などの名所があるということ
流れのこっちの縁に生えた山葵わさびの芽を一疋の姫蟹が摘み持ち、注意して流れの底を渡りあっちの岸へ上り終えたところを、例の礫を飛ばして強く中てたので半死となりのがれ得ず
お嬢さま、この牡蠣かきのフライと山葵わさび漬はおあがりになりませんね。では、これを重光しげみつさんのおさかなにとっといて、またビールでも差上げましょう。なにそう云ったってかまやしません。
高原の太陽 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
硫黄の少許すこしばかりを與へ、清冽の水を好む山葵わさびの如き植物に、清冽の水を與へるのは、即ち茄子や山葵を壯美ならしめて、其の本性を遂げしむる所以なのであつて、茄子は茄子の美味の氣
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
全幅いつぱいの薬種屋式の硝子戸棚には曇つた山葵わさび色の紙が張つてあつて、其中ほどの柱に阿蘭陀渡の古い掛時計が、まだ正確に、その扉の絵の、眼の青い、そして胸の白い女の横顔のうへに
水郷柳河 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
可なり急いだけれども山葵わさび谷の三角点まで行かぬうちにとっぷりと日は暮れて、鼻をつままれてもわからない真の闇となってしまった。肝心な提灯は山の上に置き忘れて来たことに気が付く。
初旅の大菩薩連嶺 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
種は煮焼きしたものも盛に用いたが、蝦と鮑は必ず生きて動いているものを眼の前で料理して握り、物にっては山葵わさびの代りに青紫蘇あおじそや木の芽や山椒さんしょう佃煮つくだになどを飯の間へはさんで出した。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
食慾がない今夜のようなとき、うまく腹を膨らませてくれるのは、この立ち喰いの屋台寿司に限るのだった。僕は、鼻から眼へ抜けるほど山葵わさびの利いたやつを十五、六も喰べたであろうか。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なますこいの甘酢、この酢の加減伝授なりと。余は皆喰ひて摺山葵すりわさびばかり残し置きしが茶の料理は喰ひ尽して一物を余さぬものとのおきてに心づきてにわかに当惑し山葵わさびを味噌汁の中にかきまぜて飲む。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
岩壁の白いなぎを指しながら、話のいとぐちを引き出したところが、あすこは嘉門次が、つい去年、山葵わさび取りに入りこんで、始めて登ったところで、未だ誰もその外に、入ったものはないと言うので
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
山葵わさびの利いていないやすけなんていったい、人間の食べるものなのだろうか。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
謙作は魚軒さしみに添えた割箸わりばしを裂いて、ツマの山葵わさびを醤油の中へ入れた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
(略)さて当日の模様をざっと書いて見ると、酒の良いのを二升、そら豆の塩茹しおゆで胡瓜きゅうり香物こうのものを酒のさかなに、干瓢かんぴょうの代りに山葵わさびを入れた海苔巻のりまきを出した。菓子折を注文して、それを長屋の軒別に配った。
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一つまみの大根おろしの上に青く置いたような山葵わさび
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
山葵わさび酸乳皮スメターナをつけたのもございますよ。」
山葵わさび1・8(夕)
同じく大椀に添へ山葵わさび大根ねぎ海苔のり等藥味も調とゝのひたり蕎麥は定めて太く黒きものならんつゆからさもどれほどぞとあなどりたるこそ耻かしけれ篁村一廉いつかどの蕎麥通なれど未だ箸には掛けざる妙味切方も細く手際よく汁加减つゆかげん甚はだし思ひ寄らぬ珍味ぞといふうち膳の上の椀へヒラリと蕎麥一山飛び來りぬ心得たりと箸を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
別に美味おいしい鰹節の煎汁を拵えておいて薬味には大根卸だいこんおろしにきざねぎ焼海苔のんだものおろ山葵わさびなぞを牡蠣の上へせて今の煎汁をかけます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
三州奇談に、人あり、加賀の医王山いおうせんに分入りて、黄金の山葵わさびを拾いたりというに類す。類すといえども、かくのごときは何となく金玉のひびきあるものなり。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見ると迷亭君の両眼から涙のようなものが一二滴眼尻めじりから頬へ流れ出した。山葵わさびいたものか、飲み込むのに骨が折れたものかこれはいまだに判然しない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まずひやし料理として山葵わさびクリームをかけた仔豚の蒸肉が出、それからあぶらっこい舌の焼けるような豚肉入りのキャベツ汁と、湯気が柱をなして立っている蕎麦粥が出た。
(新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
すぐ駅のくるまを雇って町中をかれて行くと、ほのぼの明けのもやの中から大きな山葵わさび漬の看板やたいのでんぶの看板がのそっと額の上に現われて来る。旅慣れない私はこころのはずむ思いがあった。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
(料理は総て五人前宛なれど汁は多くこしらへて余すためしなれば一鍋の汁の価と見るべし)その汁の中へ、知らざる事とはいへ、山葵わさびをまぜてすすりたるは余りに心なきわざなりと料理人もあきれつらん。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
蚊のいない夏は山葵わさびのつかないたい刺身さしみのようなものかもしれない。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
なまよみの甲斐の須成すなりのよきをぢさ山葵わさび持て来ぬ春日よろしみ
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
山葵わさび酸乳皮スメターナをつけたのもあるかね?」
別に三寸位の山葵わさび一本を細く刻んで深いものへ入れて熱湯一合をいで匂いの抜けないように蓋をして紙で目張めばりをして一時間ほど置きます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
大東館のきこっちの大きな山葵わさびの看板を見ましたか、郵便局は。あの右の手の広小路の正面に、煉瓦の建物があったでしょう。県庁よ。お城の中だわ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何でも山葵わさびおろしで大根だいこかなにかをごそごそっているに違ない。自分はたしかにそうだと思った。それにしても今頃何の必要があって、隣りの室で大根おろしをこしらえているのだか想像がつかない。
変な音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
谷畑から採って来た鮮かな山葵わさびの束が縁につけてあるのがくんくん匂う。
呼ばれし乙女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
多摩川の渡瀬わたせの砂の水を浅み山葵わさび採るべき春ちかづきぬ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
山葵わさびの辛きはしょうがの辛きに如かず。(八月一日)
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
松茸まつだけと同じように開かないのが上等だ。これを料理して食べると実に美味うまいぜ。それから天城山あまぎざん山葵わさびも買って来た。山葵は天城あまぎが第一等だね。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
片手かたてづまみの大皿おほざらすしは、鐵砲てつぱう銃口すぐちそろへ、めざすてきの、山葵わさびのきいたあかいのはとくのむかし討取うちとられて、遠慮ゑんりよをした海鰻あなごあまいのがあめのやうに少々せう/\とろけて、はまぐりがはがれてる。
祭のこと (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「君そんなに山葵わさびを入れるとらいぜ」と主人は心配そうに注意した。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
当てて蒸しておきます。別に昆布出しの汁へ醤油と味淋で味をつけて溶き葛を入れてお魚へかけて山葵わさび
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
じぶと料理れうりあり。だししたぢに、慈姑くわゐ生麩なまぶ松露しようろなど取合とりあはせ、魚鳥ぎよてうをうどんのにまぶして煮込にこみ、山葵わさび吸口すひくちにしたるもの。近頃ちかごろ頻々ひんぴんとして金澤かなざは旅行りよかうする人々ひと/″\みなその調味てうみしやうす。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)