可憐かれん)” の例文
髪の手ざわりの冷たいことなどもえんな気がして、恥ずかしそうにしている様子が可憐かれんであった源氏は立ち去る気になれないのである。
源氏物語:27 篝火 (新字新仮名) / 紫式部(著)
だが要点は、この素朴ないし可憐かれんな宣言、あるいは願望のうちに、どの程度までチェーホフの本音を認めるか——ということにある。
弥吉は、鞍ヶ岳の池のまわりで、そよりと立った鷹狩の、児太郎の可憐かれんな姿を、いまは何処どこにもみることができないのに気が附いた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
黒衣婦人の四肢はもう痙攣けいれんをはじめていた。これが最期だ。女賊とはいえ、この可憐かれんな最期の願いをしりぞける気にはなれなかった。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
可憐かれんな姿をした姉と妹とは十畳の電燈の下に向かい合って立った。愛子はいつでもそうなようにこんな場合でもいかにも冷静だった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかし五六日もいると、この生活もやがてものうくなって来た。可憐かれんな暴君である葉子のとげとげしい神経に触れることもいとわしかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
半蔵が二人の若い弟子、伏見屋の三郎と梅屋の益穂ますほとがこんな時の役に立とうとして皆の間に立ちまじっているさまも可憐かれんであった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし胴のふとり方の可憐かれんで、貴重品の感じがするところは、たとえばふきとうといったような、草の芽株に属するたちの品かともおもえる。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自分では何事も知らない間に、この可憐かれんな小動物の肉体の内部に、不可抗な「自然」の命令で、避け難い変化が起こりつつあった。
子猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
無邪気な可憐かれんな、ほとんど神に等しき幼きものの上に悲惨なる運命はすでに近く迫りつつありしことを、どうして知り得られよう。
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
貞奴はその妹分の優しい、初々ういういしい大丸髷おおまるまげの若いお嫁さんの役で、可憐かれんな、本当にの貞奴の、廿代はたちだいを思わせる面差おもざしをしていた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
例えば可憐かれんな小動物がいじめられているのを見て、哀憐あいれんの情を催し、感傷的な態度で見ている人は、その態度に於て主観的だと言われる。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
緑色の怪物は、急に激しく身をもがいて君の手をすり抜け、もろい、取外し自在のからだが、可憐かれんももを一本、君の手の中に残して行く。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
初めて明るみに出たその呱々ここの声を聞いたとき、人の心を撃つ可憐かれんなるその小さい身体を見たとき、彼女の心はすっかり和らいだ。
れるとれぬは生死せいしわか日出雄少年ひでをせうねんをまんまるにして、このすさまじき光景くわうけいながめてつたが、可憐かれん姿すがたうしろからわたくしいだ
宗助そうすけこの可憐かれん自白じはくなぐさめていか分別ふんべつあまつて當惑たうわくしてゐたうちにも、御米およねたいしてはなはどくだといふおもひ非常ひじやうたかまつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ヴァイオリニストとしてあまりに有名で作曲は忘られがちだが、ウィーン風のヴァイオリン小曲にも言われない可憐かれんなのがある。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
ほそくあいた、ひとみあかくなつて、いたので睫毛まつげれてて、まばゆさうな、その容子ようすッたらない、可憐かれんなんで、おかうちかづいた。
迷子 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
はたして、伝六に導かれながら、おどおどとしてそこに姿を見せた者は、まだ十六、七の可憐かれんきわまりなき美少女でありました。
蘩蔞はこべ」の花の砂よりも小くして真白ましろなる、一ツ一ツに見来みきたれば雑草にもなかなかに捨てがたき可憐かれんなる風情ふぜいがあるではないか。
ところがその爆撃も穉児ちごどものへそをねらふといふことになると、おなじく恐ろしくとも可憐かれんな気持が出て来て好いものである。
雷談義 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
そうした谷間をしばらく進んで行くうち、熔岩の上に瑠璃るり色の可憐かれんな花をつけている小灌木を発見したが、それは思いがけぬ深山紫陽花みやまあじさいであった。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
伸子は、自分に向って何だか表情しているような可憐かれんな花を、見るのもいや、どけてしまってもすまない、二半な心持で、永いこと眺めた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
城将柴田勝家と夫人のおいちかたが、幼き子らには罪なきものをと、その養育を、秀吉にたくしてきたあのときの可憐かれんな息女三名のことである。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、瑠璃子るりこと青年と美奈子との三人が作る三角関係では、美奈子丈が一番苦しかった。可憐かれんな優しい美奈子丈が苦しんでいた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
可憐かれんなとこなつのはなは、ほかのはなたちの生活せいかつりたかったのです。そして、自分じぶん運命うんめい比較ひかくしてみたいとおもったのです。
小さな赤い花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それが私に対しては慎ましく、「なにを買ってくれ」というのも遠慮していたのが、私には余計、可憐かれんに思われたのである。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
その可憐かれんなうしろ姿の行く手にまちうけているものが、やはり戦争でしかないとすれば、人はなんのために子をうみ、愛し、育てるのだろう。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
やはり水蓮としての性を十分発揮してその可憐かれんなやさしい美しい花を開いているではないか。この水蓮の可憐な花の姿に加藤君は魂をうたれた。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
まるで小さな洞窟どうくつのなかにぎっしり詰め込められている不思議と可憐かれんな粘土細工か何かのように夢のなかでは現れてくる。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
玄関の呼鈴を押すと、ずっと奥の方から娘らしい可憐かれんな声がつたわってきた。しばらく待っていたけれどなかなか出てこない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
かく彼女の手から生れる可憐かれんな小芸術品は次第に愛好者を呼び集め、去年は幸子の肝煎きもいりで心斎橋筋の或る画廊をりて個展を開いた程であった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ゲエテの描いたフリイデリケは殆ど可憐かれんそのものである。が、ボンの大学教授ネエケはフリイデリケの必しもさう云ふ女人でないことを発表した。
彼女のぜんたいから受ける印象は、清純、可憐かれん初心うぶ、という平俗な成語に、ほのかないろけを加味した感じであった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
年中ねんじゆうゆきとざされてゐた山頂さんちようなつて、ゆきけると、すぐそのしたには可憐かれんくさめるばかりにでます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
ヒメユリはその名の示すごとく可憐かれんなユリである。関西地方から九州にかけて山野に野生があるが、そう多くはない。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
タンス、鏡台、トランク、下駄箱げたばこの上には、可憐かれんに小さい靴が三足、つまりその押入れこそ、鴉声のシンデレラ姫の、秘密の楽屋であったわけである。
グッド・バイ (新字新仮名) / 太宰治(著)
あやしいまでに生々しい蜘蛛と、可憐かれんな唐子の姿が、その餅肌の白さと一つになってはげしく彼の慾情よくじょうをそそった。藤三は首を振り、深々と溜息ためいきを吐いた。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
老人が腕を動かす度びに、襟首の人形に附いてゐる鈴は太鼓にあたつて可憐かれんな音をたてるのだ。それは四川の軍人の家にあつた竹の図によく似てゐた。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
「目をこすり来る」の一語によって、朝の早い様子と、その子の年の行かぬ様子とをよく現している。そうした可憐かれんな趣が鶯と或調和を得るのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
ある日の夕方、疲れ果てて、自分の月見寺の井戸のそばへ来て、一杯の水を求めた可憐かれんな旅の人が、その人でした。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
帆村が疲れ切った身体を自ら鼓舞こぶして、再び車で宝塚へ引返そうと決心したのも、直接の動機はこの可憐かれんなる糸子の安危をたしかめたいことにあった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
此校舍このこうしや木造二階建もくぞうにかいだてであつたが、地震ぢしんのために中央部ちゆうおうぶ階下かいかまで崩壞ほうかいし、可憐かれん兒童じどう二名程にめいほど壓殺あつさつしたのであつた。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
雜木林ざふきばやし其處そこ此處こゝらに散在さんざいして開墾地かいこんちむぎもすつとくびして、蠶豆そらまめはな可憐かれんくろひとみあつめてはづかしさうあいだからこつそりと四はうのぞく。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そしてまた私達のセンチメンタリストは、廃墟はいきょに自然がつちか可憐かれんな野草に、涙含なみだぐましい思いを寄せることがある。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
微月うすづきに照されて竹の幹にそうて立っていた、可憐かれんな女のさまを浮べると、伯父に対するうらみも、心の苦痛も、皆消えてしまって、はては涙になってしまった。
倩娘 (新字新仮名) / 陳玄祐(著)
「僕の人相では、やはり次郎君のような可憐かれんな感じがしないんだね。年をとっていると損だよ。こんな時には。」
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
先年私は恵化門(東小)を訪ねたが保護する者がないために、その可憐かれんな姿はもう風雨に堪えないように見えた。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
身分の相違と、仕事の忙しさは、あの男の妻としてこんな可憐かれんな女がいたなどとは、考えてやるひまもなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
それこそ世に可憐かれんなる唯一の不幸であり、しかも彼が知らない唯一の不幸であった。その結果彼はコゼットの沈黙の重大な意味を少しもさとらなかった。