ねずみ)” の例文
「馬鹿ッ、誰がこんなところに千両箱なんか持込むものか。あればせいぜいねずみくそくらいのものだ。それよりは、音松の身体を捜せ」
何かに食ひあらされたらしい血みどろなねずみの胴体が、方々に散らばつてゐた……。夜なかに、犬がやたらにえてかけまはつた……。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
丘の横の方から何か非常に考え込んだような風をしてねずみいろのマントをうしろへはねて腕組みをして二人の方へやって来たのでした。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
全身、波のしぶきでねずみになり、だらだらとしずくをたらした宮崎運転士が帽子も吹きとばされたらしく、乱れた髪をなで上げながら
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
粗末な箱型をしたものに、ほろとはほんの名ばかりの、継ぎはぎだらけのねずみいろの布をおおっただけのものである。馭者台ぎょしゃだいなんぞもない。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その中に玉村二郎の姿も見える。アア、警官も到着した。木戸口からなだれ込む数名の制服姿。アア、流石の魔術師ももうふくろねずみだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もや金色こんじきの残照に包まれ、薔薇ばら色した黄、明るいねずみ、そのすそは黒い陰の青、うるおいのある清らかさ、ほれぼれとする美しさだ。
姪のライド嬢は実験室の隅で、針仕事をしながら、ねずみのように静かにしている。ファラデーは時々うなずいたり、言葉をかけたりする。
あるいはねずみ色の紙をガラスと同じ大きさに切って当てます、その紙の地色によって、絵の調子を、強めたり弱めたりする事が出来ます。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
背伸せのびをして、三じゃく戸棚とだなおくさぐっていた春重はるしげは、やみなかからおもこえでこういいながら、もう一、ごとりとねずみのようにおとてた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
それ御前の御機嫌ごきげんがわるいといえば、台所のねずみまでひっそりとして、迅雷じんらい一声奥より響いて耳の太き下女手に持つ庖丁ほうちょう取り落とし
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
そして壁と鼻をつき合わして、じっと待ってるんです。一人ぽっちでいたいんです。ねずみのように一人ぽっちで死んじまいたいんですの。
海の彼方あなたの隠れ里を故郷として、この人間の世界へ送りつけられたというものの中で、たった一つの迷惑至極しごくなものはねずみであった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
……畜生ちくしゃう兩方りゃうはう奴等やつらめ!……うぬ! いぬねずみ鼷鼠はつかねずみ猫股ねこまた人間にんげん引掻ひっかいてころしをる! 一二三ひふうみいけん使つか駄法螺吹家だぼらふきめ! 破落戸ごろつき
今ジャヴェルが一種傲然ごうぜんたる信任を彼に置いているとしても、それはおのれのつめの長さだけの自由をねずみに与えるねこの信任であるし
勤王にかんか、佐幕に之かんか。時代はその中間においてねずみいろの生をぬすむことをゆるさなかった。抽斎はいかにこれに処したか。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ふるぎつねは、腰かけ台の下へだいなりになって、ぴくりとも動かず、まるでぶち殺されたねずみのように、死んだふりをしていたのです。
先生の白襯衣ホワイトシャートを着た所は滅多めったに見る事が出来なかった。大抵はねずみ色のフラネルに風呂敷ふろしきの切れはしのような襟飾ネクタイを結んでましておられた。
阿弥陀如来の後ろから、巨大なねずみのような真っ黒な怪物が、さッと飛び出して、あたりのものを蹴散らかし、一目散いちもくさんに逃げ出して行った。
死体蝋燭 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
判事はねずみを生け捕った猫が、それを味わうまえに十分もてあそぶときのように、ゆっくりと、落ちつきはらって、まるで他人事ひとごとのように語った。
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
成経 彼らはねずみをたおすに用いる毒薬を食に盛って、父を毒害しようとしました。父が病死したと言って重盛をあざむくために。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
下駄げたの音がからころと響いて聞えた。橋の下にはねずみ色の絨氈じゅうたんを敷いたような隅田川の水が、夢の世界を流れている河のように流れていた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
『さてこのねずみなにはなしてやらうかしら?大抵たいていみんへんことばかりだが、かくはなしてもかまはないだらう』とあいちやんがおもひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
電気が煌々こうこうとついていた。部屋の隅に母がねずみよりも小さく私の眼に写った。父が、その母の前で、巡査じゅんさにぴしぴしビンタを殴られていた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「なにかもみやの方の入口も、あれと同時に爆発して完全に閉じてしまったのです。化け物はふくろねずみです。もうなかなか出られやしません」
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
北支那のまちから市を渡って歩く野天のてんの見世物師に、李小二りしょうじと云う男があった。ねずみに芝居をさせるのを商売にしている男である。
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その後春陽堂からの物は大抵やらせて頂きましたが、中々に註文の難しい方で、大体濃い色はお嫌いで、茶とかねずみの色は使えませんでした。
泉鏡花先生のこと (新字新仮名) / 小村雪岱(著)
「なんというべらぼうなこったか、干からびたねずみのようなおれが——ここにはいるんだって? わしゃ、はずかしいわいなあ。」
枕を削る山颪やまおろしは、激しく板戸いたどひしぐばかり、髪をおどろに、藍色あいいろめんが、おのを取つて襲ふかとものすごい。……心細さはねずみも鳴かぬ。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
相手がねずみ小僧や石川五右衛門いしかわごえもんのような場合には、非常に複雑で困難な実験を必要とする。こそ泥くらいならば、ちょっとした実験ですぐ分る。
比較科学論 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
時には白いハンケチでねずみを造って、それを自分の頭の上に載せて、番頭から小僧まで集まった仕事場を驚かしたこともある。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
どうせ最後は静粛なる自然の中に葬られるにしても、少くとも山上の自分は、ゆうべ小舎の中で微小なるねずみぴきに恐怖した自分ではなかった。
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「このお菓子、気を付けて食べないと大変なのよ、お嬢様。うっかりパン屑なんかと一緒に置いとくと、ねずみが出てきて、食べてしまうのよ。」
宗門のうちにての事をば残さず申しさずけんとて、まことに焼けねずみにつけるきつねのごとくおどり上がりはしりつつ色をかえ品をかえて馳走ちそうなり。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
剖葦よしきりはしきりに鳴いた。梅雨つゆの中にも、時々晴れた日があって、あざやかなみどりの空がねずみ色の雲のうちから見えることもある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
だくだく流れる顔の汗をねずみいろに汚れているタオルで拭きながら、春日町、春日町、と何度もつぶやいて考えて下さいました。
千代女 (新字新仮名) / 太宰治(著)
王子どころか、生きたものは、ねずみぴきもゐません。そして可なり広い室の向ふの壁に、たゞ大きなラマ仏の木像が三つ立つてゐるつきりでした。
ラマ塔の秘密 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
すると、ゆるんだ障子の根に添って見覚えのねずみがちょろちょろと這い出て来ると梶を見詰めたままじっと様子を伺っていた。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
谷間の途極ゆきとまりにてかめに落たるねずみのごとくいかんともせんすべなく惘然ばうぜんとしてむねせまり、いかゞせんといふ思案しあんさヘ出ざりき。
やっと起きて喪服のやや濃いねずみの服の着古して柔らかになったのを着た姫君の顔にみが浮かぶようになると、源氏の顔にも自然笑みが上った。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼は亜米利加アメリカより法学士の免状を持ち帰りし名誉をかえりみるのいとまだになく、貴重の免状も反古ほご同様となりて、戸棚の隅にねずみの巣とはなれるなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
おまけに下はこの宴席、なんぼなんでもねずみの出るわけはなし、それに! ねず公にしてはちと重すぎる動きが感じられる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
土肥君は余の同郷、小学校の同窓どうそうである。色の浅黒い、あごの四角な、ねずみの様な可愛いゝ黒い眼をした温厚おんこうな子供であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
(3)昼間でもよく天井でねずみが騒いでゐたし、それに困つて、お爺さんお婆さんが仔猫こねこを飼つたくらゐだから、きつと、鼠のしわざにちがひない。
仔猫の裁判 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
のみならず千恵は、すくなくもこの実習の期間中は病院のさだめに従つて、ねずみ色の質素な見習看護婦服のほかは一さい着ることができないのです。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
まっさおな顔をした彼はねずみ色の沖から吹き来る浜風に身をふるわせながら出島の渡しのわきにたたずみ、一舟一舟、七
それでもなお余ったのがからすねずみえさとなるのだが、中にはそれらの動物の目にも触れないで、わんだ枝のまま地にうずまって腐っているのもあった。
かのみならず、自分より下にむかって威張れば上に向ては威張られる。いたちこっこねずみこっこ、実に馬鹿らしくて面白くない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「勘太郎が鬼退治をするとよ、ねずみねこりに行くよりひどいや。阿呆あほもあのくらいになると面白おもしろいな。」と言った。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
形、いたちに似て鼬より小さく、尾、ねずみより短くして毛あり。形状をもっていわば、小鼬と呼ぶところ相応せり。色、おおむね鼠色にして黄色を帯べり。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)