ほお)” の例文
歌が終わってそでが下へおろされると、待ち受けたようににぎわしく起こる楽音に舞い手のほおが染まって常よりもまた光る君と見えた。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
小腰をかがめておうな小舞こまいを舞うているのは、冴々さえざえした眼の、白い顔がすこし赤らみを含んで、汗ばんだ耳もとからほおへ、頬からくび
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
じいさんはぷっとすまして、片っ方のほおをふくらせてそらをあおぎました。それからちょうど前を通って行く一本のでんしんばしらに
月夜のでんしんばしら (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ほおはこけ、眼の下にふかいたるみが出来た上に、皮膚の色はどす黒くにごっていた。鏡を見るごとに味気あじきなさが身にみるようである。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
孫七もひげの伸びたほおには、ほとんど血のかよっていない。おぎんも——おぎんは二人にくらべると、まだしもふだんと変らなかった。
おぎん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すると弟はまっさおな顔の、両方のほおからあごへかけて血に染まったのをあげて、わたくしを見ましたが、物を言うことができませぬ。
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
見る時、ほおおおへる髪のさきに、ゆら/\と波立なみだつたが、そよりともせぬ、裸蝋燭はだかろうそくあおい光を放つのを、左手ゆんでに取つてする/\と。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わたしはふたたびあの見おぼえのある顔を、化粧したほおとちぢれたひげとを見ました。この男はまたわたしを見上げて微笑びしょうしました。
二人がいかにも無心に赤々としたほおをしてよく寝入っているのを見窮めると、そっとどてらを引っかけながらその部屋を脱け出した。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのくび筋とほおが少し彼の眼にはいった。——そして彼女をながめているうちに、彼女が赤くなってるのに気づいた。彼も赤くなった。
お倉やお俊は主人のぜんを長火鉢の側に用意した。暗い涙は母子おやこほおを伝いつつあった。実は一同を集めて、一緒に別離の茶を飲んだ。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
女の顔を伝わって、涙が止所とめどもなく流れる。とうとう女は声を立てた。その時病人が動いた。女は急いでハンカチイフでほおいた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
一気にすらすらといいだした流暢な弁舌はさわやかに美しい、彼の目はいかにも聡明に輝き、そのほおは得意の心状と共にあからんだ。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ほおの色つやもめつきり増し、白毛しらがも思ひのほかふえ申さず、朝夕の鏡にむかふたびに、これがわが顔かとわれながら意外の思ひを……」
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
刈り株ばかりの冬田の中を紅もめんやうこんもめんでほおかぶりをした若い衆が酒の勢いで縦横に駆け回るのはなかなか威勢がいい
田園雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
つくろわねどもおのずからなるももこびは、浴後の色にひとしおのえんを増して、おくれ毛の雪暖かきほおに掛かれるも得ならずなまめきたり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
彼女のほおは、入日時いりひどきの山脈の様に、くっきりとかげ日向ひなたに別れて、その分れ目を、白髪しらがの様な長いむく毛が、銀色に縁取へりどっていた。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
右のほおを打つ者あらば左をもたたかせよというがごとき、柔順じゅうじゅん温和おんわの道を説き、道徳上の理想としてこれが一般社会に説かれたのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
むす子があとから連れて来た青年は、むす子より丈が三倍もありそうな、そして、髪もほおも眼もいろつやの好いラテン系の美丈夫だった。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
思いつめたような彼の目は真向まっこうからぼくをみつめ、りついたようなほおの青白いかげりが、唇の赤さを際立たせてふだんよりも濃かった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
見ると光子さんのほおにも涙流れてるのんです。二人は腕と腕とを互の背中で組み合うて、どっちの涙やら分らん涙飲み込みました。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
省三は気がくと手でほおや首筋にとまったを叩いた。そして、思いだしてなまりのようになった頭をほぐそうとしたがほぐれなかった。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
罵声ばせいが子路に向って飛び、無数の石や棒が子路の身体からだに当った。敵のほこ尖端さきほおかすめた。えい(冠のひも)がれて、冠が落ちかかる。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
……やはり、お父さまは偉いなあ……アーサー少年は、ほおにあつい血の上って来るのを感じた。フーラー博士は、いよいよ熱して
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
彼はわざわざそれを引き出して見る気にもならずに、また眼を蒼白あおじろい細君のひたいの上に注いだ。彼女のほおは滑り落ちるようにこけていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女は頭も毬栗いがぐりで、ほおはげっそりげ鼻はとがり、手も蝋色ろういろせ細っていたが、病気は急性の肺炎に、腹膜と腎臓じんぞうの併発症があり
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おっとからほおを打たれ、父の所へ行ってそれを訴え、返報を求めて言った、「お父さん、私の夫に対して侮辱の仕返しをして下さい。」
痛ましくせたほおにいつも独りだけの微笑をたたえて、もはや彼にはほほえまなくなった。ときには明らかに脅えたように警戒していた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
馬が隠れ、ほおかむりの百姓が見えなくなり、天も地もすべて灰色で、鈍い退屈な荷馬車のゴトゴトゴトゴトという音だけがきこえてきた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
どろぼう! という太いわめき声を背後うしろに聞いて、がんと肩を打たれてよろめいて、ふっと振りむいたら、ぴしゃんとほおなぐられました。
灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
黒みがかった髪がゆったりと巻き上がりながら、白いひたいを左右からまゆの上まで隠していた。目はスペイン人らしく大きく、ほおは赤かった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
あなたの大きくみひらいた眼には、果てなき大空の藍色と見渡す草原の緑とが映り紅をしたほおには日の光と微風そよかぜとが知られた。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
彼女のほおに付いていた白い羽毛の一端が、反絵の呼吸のために揺れていた。反絵はなおも腕に力をめて彼女の上に身を蹲めた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
アンドレイ、エヒミチはこのせつなる同情どうじょうことばと、そのうえなみだをさえほおらしている郵便局長ゆうびんきょくちょうかおとをて、ひど感動かんどうしてしずかくちひらいた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
異国の空の下でむだにあくせく働いたわけで、顎やほおいちめんの異様なひげが、子供のころから見慣みなれた顔をなんともぶざまにおおっていた。
判決 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
私は彼等から仲間はずれにされないように、苦しげに煙草をふかし、まだひげえていないほおにこわごわ剃刀かみそりをあてたりした。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その目が素晴らしく大きく鼻と額とっ着いてほおの毛がふっさり達筆にれ、ドロンとした目をしてこちらを見ている所をこっちから見ると
「やって見るが宜い、短刀は花嫁の胸へ前から突っ立っているんだぜ。扉の開いたところを射込んだのじゃ肩かほおに立つのが精いっぱいさ」
評判な美しさというほどでもないが、まゆのところに人に好かれるようにえんなところがあって、豊かな肉づきがほおにも腕にもあらわに見えた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「そんなむつかしい本が分るかい」ときいても「分るさ、面白いよ」と言いながら、ほお真赤まっかに上気させ、ふり向きもしないで読んでいる。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
着ているのは、ふわりとしたうすしゃの服で、淡青うすあお唐草模様からくさもようがついていた。かみはイギリス風に、長いふさをなして両のほおれかかっていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
笑っている先生のほおなみだがとめどなく流れていた。なんのことはない、一本松も先生の家も、すぐそこだとわかると、また歓声かんせいがあがった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
縞の単衣ひとえに双子縞のあわせを重ね、三尺に草履ばきで、手拭のほおかぶりを鼻の先で結び、ふところ手をしていた。得石は「いや」と首を振った。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
振返った途端に、右のほおげたから上下の歯をあわせて斜めに切って、左のあばらの下まで切り下げられて、二言ふたことともありません。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうして、それとともにやる瀬のない、悔しい、無念の涙がはらはらとこぼれて、夕暮の寒い風にかわいて総毛立った私のせたほおに熱く流れた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
日によって、ほおが火照ったり、そうして、その後ではきっと熱が高かったが、些細ささいなことがらがひどく気にかかることがある。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そっと手にとり、食い入るようにながめつめ、キッスし、ほおずりして、今そこにその人のいるように「早く帰ッてちょうだい」とささやきつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ちょうどそこへ弁慶べんけいがはいってきた。これは小使いの関さんが掃除をする時のあだなだ。ほおかぶりをして、ほうきをなぎなたのように持っている。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
風は、あけ放した縁からそっと忍び込んできて、羽毛はねのようにふわりと惣七のほおをなでて、反対側の丸窓から逃げて行く。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そうして娘は口を細め、ほおをふくらめて、紙幣で折った鶴をぷうと吹いた。鶴は虚空に舞い上ったが、たちま牀上しょうじょうに落ちた。
紙幣鶴 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)