さび)” の例文
あざのようにあった、うすいさび斑紋はんもんも消えているし、血あぶらにかくれていたにえも、朧夜おぼろよの空のように、ぼうっと美しく現れていた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうしたゴシック風の古い建築物の内部にあっては、その中に置かれた羅馬旧教風な金色にさびた装飾もさ程目立っては見えなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さびごえを、ふりしぼるのもあれば、金切ごえを振り上げる女もあり、すぐに、かつぎ上げるようにして、一行を、二階に押し上げる。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ことしのは少しさびが勝っている。近ごろだいぶこの人のまねをする人があるが、外形であの味のまねはできない。できてもつまらない。
昭和二年の二科会と美術院 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
總檜そうひのき破風はふ造り、青銅瓦せいどうがはらさびも物々しく、數百千種の藥草靈草から發する香氣は、馥郁ふくいくとして音羽十町四方に匂つたと言はれるくらゐ。
箱には錠がおろしてあって、それがもうさびついているのを叩きこわしてみると、箱の底には一封の書き物と女の黒髪とが秘めてあった。
月の夜がたり (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
このほかにボイルは、金属を空中で熱して、それにさびがつくようになると、この金属の重さがいくらか重くなることを見つけ出しました。
ロバート・ボイル (新字新仮名) / 石原純(著)
裁判官はさびのある声でおごそかに言った。そして、法の鏡に映る湯沢医師の言葉の真意をさぐろうとの誠意をめて静かに眼をつむった。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
すっかりさびが出ているうえに、なみに叩かれてか、船名さえはっきり読めない。しかしとにかく外国船であることはたしかである。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
残らず、薄樺色うすかばいろの笠をさかさに、白い軸を立てて、真中まんなかごろのが、じいじい音を立てると、……青いさびが茸の声のように浮いて動く。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三尺さんじゃくの間へはさんで来た物に巻いて有る手拭をくる/\と取り、前へ突付けたのは百姓の持つ利鎌とがまさびの付いたのでございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そうして、私はそれを自分でも知っていたので、身から出たさびだと思って自分の不幸に黙って忍従し、また明らかに無鉄砲にいとってもいた。
そうの船が海賊船の重囲に陥った。若し敗れたら、海の藻屑もくずとならなければならない。若しくだったら、賊の刀のさびとならなければならない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
石は切り立ての時は水分多く従って色がえている。石の質によってあるいはこれにさびを生じて赤みをきたし、あるいは黄味や白味に変化する。
野州の石屋根 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それも身から出たさびというような始末だから一層兄夫婦に対して肩身が狭い。自分ばかりでなく母までが肩身狭がっている。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
初鮏は光り銀のごとくにしてすこしあをみあり、にくの色べにをぬりたるがごとし。仲冬の頃にいたればまだらさびいで、にくくれなうすし。あぢもやゝおとれり。
黄金のメダルと共にさびくれ銭をも並べる公平無私な大書棚おおしょだなのうちに、すなわち文学といわるる大書棚のうちに、正当な場所を有するのである。
桐の道具箱の引出の中に並んだ小刀を一本ずつ叮嚀ていねいに、洗いぬいた軟い白木綿で拭きながら、かすかにさびどめの沈丁油の匂をかぐ時は甚だ快い。
小刀の味 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
またはいかにもさび沼とか浅芽あさめ沼とかこもり沼とか言はれさうな沼が、夢の中で見た不思議なシインか何ぞのやうに私の前にあらはれて来たからである。
ある日の印旛沼 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
鳴くせみよりも何んとかいって悩んでいる訳なんだからといって、すでにさびかかっている大和魂へ我々亭主はしきりに光沢布巾つやぶきんをかけるのであった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
私より年上の権八は毎朝造船部へかん/\たゝき(鉄のさびを叩き落す少年労働者)に出て二十銭づつまうけて帰つた。次の弟はまだ小学校に通つてゐた。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
身から出たさびとは言いながら、あいつらこそ、小屋は焼かれる衣裳道具は台なし、路頭に迷うような騒ぎでてんてこ舞をしていやがる、ざまア見ろ
いまおはなしした古墳こふんからかゞみ青銅せいどうつくつてあるので、青色あをいろさびてをつても、くさつたものはすくなく、たいていこはれないでつちなかからます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
此間こそ酔ひれて不覚をも取りたれ、今日は吾が刀のさびまでもあるまじ。かゝれや物共、相手は一人ぞ。女のほかは斬り棄つるとも苦しからず。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すると武士は、頭巾の中で、さびのある、少ししわがれた声で笑ったが、「貴殿も、天国不存在論者か。馬鹿者の一人か。まアよい、腰の物お見せなされ」
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これ剣道の師の命令にそむき、女侠客の為に抑留されて、心ならずも堕落していた身から出たさび。斯う成るのも自業自得と、悔悟の念が犇々と迫った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
やっとこさと乗込んでから顔を出すと、跡から追駈けて来た二葉亭はさくの外に立って、例のさびのある太い声で、「芭蕉ばしょうさまのお連れで危ない処だった」
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「黒か、わしは馬鹿じゃったよ。大馬鹿じゃったよ。おかげで人ひとり刀のさびにして果てた。なア、そうではないか」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
五位のことばをはらない中に、誰かが、嘲笑あざわらつた。さびのある、鷹揚おうやうな、武人らしい声である。五位は、猫背の首を挙げて、臆病らしく、その人の方を見た。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
菅沼の家は谷中やなかの清水町で、庭のない代りに、縁側へ出ると、上野の森の古い杉が高く見えた。それがまた、さびた鉄の様に、頗るあやしい色をしていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
即ち俳句は、和歌のより渋味づけられたもの、さびづけられたものであって、一種の枯淡趣味の抒情詩に外ならない。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
カンツリー・クラブはゆるい勾配の屋根の、さび色の羽目はめの中二階で、簡素ないい趣味の建築である。バンガロー風で、正面と横とに広い階段がついている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
意外にさびのある声で、愛一郎がこたえた。美術館で泣きだしたときのかぼそい声とは、似てもつかぬものだった。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それに、このへやは十一時半頃に鍵を下してしまったのだし、硝子窓も鎧扉もきのこのようにさびがこびり付いていて、外部から侵入した形跡は勿論ないのだよ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
印刷機械のさび付きそうな会社の内部にって、利平達は、職長仲間の団体をつくって、この争議に最初の間は「公平なる中立」の態度を持すと声明していた。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
兵士達は、「止れ!」の号令がきこえてくると、銃をかたわらに投げ出して草に鼻をつけて匂いをかいだり、土の中へ剣身を突きこんでさびを落したりした。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
さうして短刀の刃先をあらためては、少しばかりさびの出かゝつたのを文錢でゴシ/\こすることを止めなかつた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
というのは、それはもうとっくに、古い鞘附さやつきナイフみたいにさびっちゃっているにきまっているからね。
「ピストル」猟銃も亦あめ湿うるうてさびを生ぜる贅物ぜいぶつとなり、唯帰途の一行無事ぶじ祝砲しゆくはうはりしのみ。
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
の一瞬時しゆんじ強烈きやうれつひかりよこひがしもり喬木けうぼくさび橙色だい/″\いろめて、さらひかり隙間すきまとほくずつとのばした。つめたくかつ薄闇うすぐらるにしたがつて燒趾やけあと周圍しうゐあかるくした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「むしろ刀のさびでござろう、われらの斬らなければならぬものはこんなものではありませなんだ」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そして、その入口にアレキサンダア大王の首斬台が、石も鉄もさびもそのままに残っているのだ。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
何処かにさびを含んだ、藝人らしい甲声かんごえを絞って、女の袂を掠めたり、立ち木に頭を打ちつけたり、無茶苦茶に彼方此方へ駈け廻るのですが、挙動の激しく迅速なのにも似ず
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
声は少しさびのある高調子で、なまりのない東京弁だった。かなり、辛辣しんらつな取調べに対して、色は蒼白あおざめながらも、割合に冷静に、平気らしく答弁するのが、また、署長を苛立いらだたせた。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
昨今、昔の語学のさびを落すのだと言ってチョク/\横文字を読んでいるから、最近の仕込みに相違ないが、記憶の好いには感心する。それに人間が出来ているから精神で読む。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
吉野は、中背の、色の浅黒い見るから男らしく引緊つた顔で、力ある声は底にさびつた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
およそ銅鉄の腐るはじめは虫が生ずるためで、「さびるくさるはじめさびの中かならず虫あり、肉眼に及ばざるゆゑ」人が知らないのであるが、これは蘭人らんじんの説であるという説明があって
語呂の論理 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それから身体からだが生れ代ったように丈夫になって、中音ちゅうおん音声のどに意気なさびが出来た。時々頭が痛むといっては顳顬こめかみ即功紙そっこうしを張っているものの今では滅多に風邪かぜを引くこともない。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それもおしゃべりな生れつきの身から出たさび、私としては早く天王寺西門の出会いにまでぎつけて話を終ってしまいたいのですが、子供のころの話から始めた以上乗りかかった船で
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
アルバニアは俗伝に蛇が伏蔵を護り時々地上へさらして、財宝にさびかびの付くを防ぐ。