襟元えりもと)” の例文
男は入口にうずくまるフランシスに眼をつけると、きっとクララの方に鋭いひとみを向けたが、フランシスの襟元えりもとつかんで引きおこした。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
歳子は襟元えりもとへ急に何かのけはひが忍び寄るものゝやうに感じたが、牧瀬に対してまた周囲の情勢に対して何の不安もかなかつた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
見物中、一二度小用に立ったようであったが、早くもその間に、返事をしたためて、人知れず私の襟元えりもとへさし込んだものと見える。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
長崎屋のしるしの入つた提燈を持つた大寺源十郎は、少し風邪氣味だつたので、薄寒い襟元えりもとをかき合せ乍ら、正寶寺門前まで來ると
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
とん、とん、とん……とその襟元えりもとへ二階から女の足音がすぐ降りて来た。如才じょさいなく彼のそばへ手拭てふきやらうがわんなど取り揃えて
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天気の好い時は何でもないが、風が吹いて、雨が降る時はこの下を通るとしずくれる、杉の枝がざわざわと動いて、襟元えりもとの寒いのを感じた。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
昔は金瓶楼きんべいろう小太夫こだゆうといわれた蘿月の恋女房は、綿衣ぬのこ襟元えりもと手拭てぬぐいをかけ白粉焼おしろいやけのしたしわの多い顔に一ぱいの日を受けて
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「なに。己はまた熱が出たのだ。知れていらあ。」男は歯をがちがちいわせて、横になって、布団を襟元えりもとまで引き寄せた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
お志万は丸ぽちゃの色白の娘で和服好み、襟元えりもとはかたくしめているが、奥からのぞく赤い半襟がよく似合う。お志万は天駆と貫一へのお酌に忙しい。
いろいろに姿をかえた木や石がふるえる指をのばすように前うしろから迫って、真実、魔性の息が小蛇のように襟元えりもとへ追いかけてくる気もするぞい。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
おりからの夢を破られて、道庵先生の酔いも少し薄らいでいたところへ、夜の河風が襟元えりもとに吹き込んだもんだから、眼がさめて大きな欠伸あくびをしました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
(立ち上り、襟元えりもとき合せ)おお、寒い。雪が消えても、やっぱり夕方になると、冷えますね。(そそくさと洗濯物をかかえ込んで)お邪魔しました。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
宗助は何の工夫もつかずに、立ちながら、向うの窓側まどぎわえてある鏡の裏をはすながめた。すると角度の具合で、そこに御米の襟元えりもとから片頬が映っていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
冷たい風がほおでて、竦然ぞっ襟元えりもとから、冷水ひやみずでもブチカケられたように……スウッと誰かが入って来たと思った瞬間、こらえ怺えていた恐怖が一時に爆発して
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
その時どうしたはずみか桜の樹にいた毛虫が落ちて私の襟元えりもとにさわり、はっとした途端に私は書斎にかえされましたが不思議なことには今時分いる筈のない毛虫に
歪んだ夢 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
思ふに我らの力わざにふけりていと誇りがほなるを片腹痛しとてかくは懲らしめ給ひたるものにぞあるらめといへば、皆々顔見合して襟元えりもと寒しと身振ひなどすめり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
と叫ぶ男あって二間丸太に論もなく両臑もろずねもろぎ倒せば、倒れてますます怒る清吉、たちまち勃然むっくと起きんとする襟元えりもとって、やいおれだわ、血迷うなこの馬鹿め
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お瀧は其れとは打って変って成程眉目みめ形は美しゅうございますが、せい恰好から襟元えりもとまでお尻の詰ったほっそり姿、一目見ても気味の悪くなるような婦人でございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と飛込で襟元えりもとつかみ遙か向へ投退なげのければ其餘の者共追取卷ソレ打殺せと云まゝに十五六人四方より滅多めつたやたらに打懸るに半四郎は只一生懸命奪ひ取たる息杖いきづゑにて多勢を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
級が進んでから中村秋香なかむらしゅうこう先生が見えました。お歳は五十歳位でしょうか、せた小柄のけて見える方で、五分刈ごぶがりの頭も大分白く、うつ向いた襟元えりもとが痛々しいようです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
その人影は蒼白あおじろいぽうとした光に包まれていた。天風はじっと見た。じっと見て彼は眼をみはった。女の体は衣服きものを着た襟元えりもとが見えるばかりで、襟から上には何もなかった。
文妖伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そのこえくと、馬吉うまきちは、襟元えりもとからみずをかけられたようにぞっとしました。なんでもこの山には山姥やまうばんでいるというつたえが、むかしからだれつたえるとなくつたわっていました。
山姥の話 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
襟元えりもとがひろげられて、水が、乳のあいだを伝わって、濡らした。お高は、眼を上げた。お高は、一空さまによりかかっているのだった。水を飲ましているのは、屋敷の滝蔵だった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
われしらず襟元えりもとをつくろい、ポケットの中のものをたしかめる気になるものである。
私が運動を終ると、あえぐものが水を飲んだときのように彼女は咽喉を一つ鳴らし「もうもう本当にいい気持でしたわ」と襟元えりもとを叩いた。
健康三題 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
むかし金瓶楼きんぺいろう小太夫こだいふはれた蘿月らげつの恋女房は、綿衣ぬのこ襟元えりもと手拭てぬぐひをかけ白粉焼おしろいやけのしたしわの多い顔に一ぱいのを受けて
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
油じみた襟元えりもとを思い出させるような、西に出窓のある薄ぎたない部屋の中を女中をひっくるめてにらみ回しながら古藤は
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「むごい殺し方をするよりは、ただひと矢にと思ったのだが、一の矢、襟元えりもとをかすめて合歓の木の幹へ刺さってしまった」
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうは云ってしまったものの、私は失敗しまったと思いました。何という気味のわるいことを口にしたのでしょう。にわかに襟元えりもとがゾクゾクしてきました。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
女たちが此の人質の貴公子に儀礼を拂った時、少年は襟元えりもとまであかくなった顔を傲然ごうぜんもたげて、大名の若君にふさわしい威容をつくろって立っていた。
からだは、ひどく、でっぷり太っている。背丈は、佐伯よりも、さらに少し低いくらいである。おしゃれの様子で、襟元えりもとをやたらに気にして直しながら
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
宗助そうすけなん工夫くふうかずに、ちながら、むかふの窓側まどぎはゑてあるかゞみうらはすながめた。すると角度かくど具合ぐあひで、其所そこ御米およね襟元えりもとから片頬かたほゝうつつてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
見台けんだいを前にして何かを読んでいた男の人は、女房の話しかけたのをこう受けてちらと見向きますと、余念なくきものを縫うている女房の襟元えりもとのあたりが見えます。
ただ絶えず襟元えりもと首を冷たい手でで回されてるような、ゾクゾクした気持で一杯です。そしてその中から、この一隊のことを笑えない好奇心にも燃えていました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
宣揚は手巾はんけち襟元えりもとににじみ出た汗をぬぐいながら、今日帰って往くじぶんを夫人がどんな顔をして迎えるだろうと思ってその喜んだ顔を想像していた。黒い瞳とあかい唇が眼の前にあった。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
太郎は冷汗を流しているとお婆さんは太郎の頬辺ほっぺたをつねったり、太郎の襟元えりもとを捕えて引きるのであります。だから、太郎は勇が泣いて帰ればすぐ逃げて姿を隠すのが常であります。
百合の花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
翁はやはりだまって襟元えりもとくつろげた。ここへ入れよという風に、うつむいて見せた。そうして主人が驚いて見ているうちに、氷よりも冷たい蒟蒻の山を懐中ふところに掴み込んで、悠々とうちへ帰った。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
見ればはれ渡りたる北斗のひかり晃々ぴか/\として襟元えりもとへ落る木滴きしづくに心付見ればをけそばに打返して有しにぞ彌々いよ/\不審ふしんに思ひ彼方此方かなたこなたと見廻す中彼の重五郎は柳の小蔭こかげよりと立出小聲にてアヽもし安五郎樣私は白妙樣しろたへさまにはのがれぬ縁の有者此の處にての長談ながばなしは無益なり少しも早く鞠子まりこの奧の柴屋寺しばやでらへ御出成れて御待あれ委細ゐさい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
またそう思うと葉子は襟元えりもとに凍った針でも刺されるように、ぞくぞくとわけのわからない身ぶるいをした。いったい自分はどうなって行くのだろう。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ジリジリと二官は膝をにじらせて行きましたが、お蝶がわるびれもせずに、甘んじて父に襟元えりもとをつかませたまま、ジッと目をふさいでおりますから
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これによつてるに、襟元えりもとばかりの白粉に顔は天然の色白きを誇りたるお力が化粧、今日大正十三年の女子が厚化粧に比すれば瀟洒しょうしゃおもむき売女とは思はれぬなり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ひょっとするとそこらの闇にひそんでいて、猫のように眼をひからせているのではないかと思うと、襟元えりもとから、冷たい水をブッかけられるような気持ちだった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
薄く染めた綸子りんず被布ひふに、正しく膝を組み合せたれば、下に重ねるきぬの色は見えぬ。ただ襟元えりもとより燃え出ずる何の模様の半襟かが、すぐ甲野さんの眼に着いた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いらっしゃい。」いつも、きちっと痛いほど襟元えりもとを固く合せている四十歳前後の、その女将おかみは、青白い顔をして出て来て、冷く挨拶あいさつした。「お泊りで、ございますか。」
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
したたか襟元えりもとに冷たいしぶきを受けた幸子は、車内に納まってほっとすると同時に、そう云えば雪子の見合いと云うと、この前の時も、その前の時も、雨が降ったことを思い出していた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
襟元えりもとを引き合わせて立ち止まった。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
如夜叉によやしやと思ひ込しいと物堅ものがたき長三郎も流石さすが木竹きだけに非れば此時はじめ戀風こひかぜ襟元えりもとよりしてぞつみ娘も見たる其人は本町業平俳優息子なりひらやくしやむすこ綽名あだなの有は知らざれどたぐまれなる美男なれば是さへ茲に戀染こひそめて斯いふ男が又有らうかかういふ女が又有らうかとたがひ恍惚みとれ茫然ばうぜん霎時しばし言葉もあらざりしが稍々やう/\にして兩個ふたり心附こゝろづいてははづか
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
無遠慮に炬燵こたつのなかへ手を差しこみ、蒲団ふとんの上にあごをのせて、むさぼる如くお蝶の目元、唇元くちもと襟元えりもとの白さなどを、め廻すように見ておりましたが
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伴侶つれわかい女であつた。代助はまだ廿はたちになるまいと判定した。羽織をないで、普通よりは大きくひさしして、多くはあご襟元えりもとへぴたりとけてすはつてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一、塵いまだたたず、土なほ湿りたる暁方あけがた、花の下行く風の襟元えりもとに冷やかなる頃のそぞろあるき。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)