えび)” の例文
二人はいましめられている松の根元を転々としながら、どうかして、なわを噛み切ろうと、さまざまにもだえて体をえびのごとく折り曲げた。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
糸にかかるのは大抵ダグマえびである。ダグマ蝦というのは、親指ぐらいもある大きな体をしていて、強く逞しいはさみをもっている。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
男は十九か二十歳はたちぐらいで、高等学校の制帽と制服をつけていた。娘は十五、六の女学生らしい風俗でえび色のはかま穿いていた。
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ずっと深い所に時々大きな魚だかえびだか不思議な形をした物の影が見えるがなんだとも見定めのつかないうちに消えてしまう。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
晩飯の烏賊いかえびは結構だったし、赤蜻蛉あかとんぼに海の夕霧で、景色もよかったが、もう時節で、しんしんと夜の寒さが身にみる。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長さんは、おきみへよくそんなことを言つて、今、自分へみつぐことはえびで鯛を釣るやうなものだ、と大眞面目な顏をした。
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
山「なに海の釣は餌が違うよ、えびで鯛を釣るという事があるが其の通り海の餌はいきた魚よ、此の小鰺こあじを切って餌にするのだ」
『どれ、第一だいいち歩調ほてうをやつてよう!』と海龜うみがめがグリフォンにひました。『えびがなくても出來できるだらう、何方どつちうたはう?』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
かの島には汝の大好物のえびが多いというに、鶴これに応じて海上を飛び行くその背へちょっと鶴が気付かぬように蝶が留まって鶴の飛ぶに任す
「それよりサッサとあしへ帰り、えび泥鰌どじょうでもせせるがいいや。うん、その前に烏啼き、ともよぶ声でも聞かせてやろう」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
くるまえびにしてもあなごにしても、はぜ、きす、めごちにしても、自分は頭とか中骨とか尻尾しっぽなどを、べつに揚げさせて、それをさかなに焼酎を啜る。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「もう少し複雑な味をした半熟卵があったら旨かろうな。中にかにえび蝦蛄しゃこなんかが入っていたらさぞ旨かろうな」
次に悟浄が行ったのは、沙虹隠士しゃこういんしのところだった。これは、年を経たえびの精で、すでに腰が弓のように曲がり、半ば河底の砂に埋もれて生きておった。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
えびのように曲った管の先についているダイの受け器が、クルリと廻って、適当なる下方に伸びて、ダイを受ける。
発明小僧 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
ここは、四季を通じて一定の温度を保ち、寒からず暑からず至極しごくしのぎよい。食物は、めしいたえび、藻草の類。底には、ダイヤモンドがあるが無用の大長物。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
えびがいっぱい居たんでたもとの中にとってかえって行きには蝦につられてあのこわい丸木ばしを渡ったけど
しかし岡本寺おかもとでらの尼が観音を愛慕する情や、行基に追随した鯛女たいめ(富の尼寺上座の尼の娘)がえびを助けるためにその童貞を犠牲にしようとした慈悲心などには
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ラングストとっている大きなえびの味は忘れかねる。これは地中海でれる蝦で、塩茹しおゆでにしてマヨネーズソースをつけて食べる。伊勢蝦いせえびよりもっと味が細かい。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
悦子の好きなえびの巻揚げ、はとの卵のスープ、幸子の好きなあひるの皮を焼いたのを味噌みそねぎと一緒にもちの皮に包んで食べる料理、等々を盛ったすずの食器を囲みながら
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
譚は老酒ラオチュに赤らんだ顔に人懐ひとなつこい微笑を浮かべたまま、えびを盛り上げた皿越しに突然僕へ声をかけた。
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとかれあざむいたり、あるいへつらったり、あるい不正ふせい勘定書かんじょうがき署名しょめいをすることをねがいでもされると、かれえびのように真赤まっかになってひたすらに自分じぶんわるいことをかんじはする。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
神棚かみだなへはわらふとつたえびかたちよこかざつて其處そこにもまつみじかえだをつけた。わらえび卯平うへいつくつた。かれはむつゝりとしながらもやはらかにわらつて熱心ねつしんうごかした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
宿のあるじが、われわれの眼の前で注文のえびを釣り上げる。しかし、それをわれわれのうしろへ投げすてる。彼が客に出したのは、きのう死んだので、もう煮えている。
何といっても、生きた伊勢えびの刺身、鯛のうしお、鰻の蒲焼などというものとくらべては、一段下におかれても仕方がない。両方とも品質の水準を同じとしての話である。
御馳走の話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
屠蘇酒とそしゅはその中に七種の薬品を混じ、万病の邪気を払うためである。えびは海老とも書きて、人の年寄って腰のかがみたる形に似ておるより、長寿の祝意を表したのである。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
絞り染。たこの脚。茶殻。えびはちの巣。いちごあり。蓮の実。はえ。うろこ。みんな、きらい。ふり仮名も、きらい。小さい仮名は、しらみみたい。グミの実、桑の実、どっちもきらい。
皮膚と心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そうして追っ手が駈け寄ったときには、女はえびのように、大地にごろりと寝そべっていた。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一同傚いて、行く行くこれを捕う。大さ一寸乃至ないし二寸、身はえびにて、はさみだけが蟹也。この夜、渓畔に天幕を張り、これを煮て食う。旨しとは思わざるが、ともかくも余には初物也。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
確かにえびかにと同じく甲殻類に属するが、蝦や蟹が活溌に運動してえさを探し廻る中に交って、此奴こいつだけは岩などに固着して、一生涯働くこともなく、餌の口に這入はいるのを待っている。
わたしどもの日々の仕事は大概蚯蚓みみずを掘って、それを針金につけ、河添いに掛けてえびを釣るのだ。蝦は水の世界の馬鹿者で遠慮会釈もなしに二つの鋏ではりさきを捧げて口の中に入れる。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
胸から股のあたりへかけて、汗がぬるぬるしてい、気色の悪いこと一とおりではなかったが、起き上がることができなかった。しばらく、彼は体をちぢめてえびのようにじっとしていた。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
一隅に太い蝋燭ろうそくがゆらめいていた。その下に黒い影がうごめいているので、見るとそれは若い女だった。白い肌をあらわに後ろ手にくくげられて、えびのように二重になってかがんでいるのだ。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
おとなしげなえびが、海中ではどの様な形相を示すものか、又海蛇の親類筋の穴子が、藻から藻をつたわって、如何に不気味な曲線運動を行うものか、実際海中に入ってそれを見た人でなくては
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
台所から、料理が持ち込まれると、耳の遠い婆さんが、やがて一々叮寧ていねいに拭いたぜんの上に並べて、それから見事なえびはまぐりを盛った、竹の色の青々した引物のかごをも、ズラリと茶のへならべた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
『あいつ、えびみたいに赤くなってる』と、わたしは心に思った。——『それにひきかえ、なぜ彼女はあんなに青いんだろう? 朝いっぱい馬を乗りまわしたくせに——青い顔をしているとは?』
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
白日光耀はくじつこうようの下で、形もない鰌の、日のこぼれの、藻屑もくずの、ころころ田螺たにしの、たまには跳ねえび立鬚たてひげまで掬おうとして、笊をかろく、足をあげ、手で鼻をつまみ、振りすて、サッとまた笊を、空へ
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そのお仕置きというのがまた、いっそ死刑の言渡しを受けた方が百層倍もましなほどのむごいものでした。吊し責めから引っ張り責め、それから頭しぼりやえび責めなど、何から何まであるのですよ。
一度はしゃちほこのような勇ましさで空を蹴って跳ねあがったかとおもうと、次にはかっぽれの活人形いきにんぎょうのような飄逸ひょういつな姿で踊りあがり、また三度目にはえびのように腰を曲げて、やおら見事な宙返りを打った。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
私は身体をえびの如くに曲げ、蒲団を掻きむしり、意志によつては表現しがたい反側捻転の相を凝らし、脂汗がしたゝり、私は自然に発せざるを得ぬ苦悶の呻きといふものを始めて経験したのであつた。
ヒンセザレバドンス (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
蒲団が薄いので、えびのようにかがめて寝る足は終夜しゅうや暖まらない。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その代り秋末の肌寒さに、手足をえびのように縮めて寝た。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
あのえびと蜘蛛の混血児あいのこみたいなやつさ
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
くるまえびにしてもあなごにしても、はぜ、きす、めごちにしても、自分は頭とか中骨とか尻尾しっぽなどを、べつに揚げさせて、それをさかなに焼酎を啜る。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
えび舞踏ぶたうのモひとつの歩調ほてうをやつてやうか?』とグリフォンはつゞけて、『それとも海龜うみがめにもひとうたうたつてもらはうか?』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
夏は梅雨に濡れながら鯉釣りやえび釣りにゆく。秋はうなぎやすずきの夜釣りにゆく。冬も寒いのに沙魚はぜの沖釣りにゆく。
深川の老漁夫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鼻に長き鬚あり尾ひらたくしてえび(またはいなご)に似、大きさ鯨のごとく両側に足多く外見あたかもトリレミスのごとく海をおよぐ事はやしと、トリレミスとは
低い声でささやいていると、また痛みが来たのか、怪我けが人は眉をしかめて、えびのようにそりだした。と、その門口かどぐちへ、一月寺へ使いに走った男が帰りついて
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すし香気かおりぷんとして、あるが中に、硝子戸越ガラスどごしくれないは、住吉の浦の鯛、淡路島のえびであろう。市場の人の紺足袋に、はらはらと散った青い菜は、皆天王寺のかぶらと見た。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
聴くと、「蕨の切り株トッコ・ダ・フェート」へいってえび類を採集していると、ふいに泥のなかへ男の顔が現われた。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そのうちにまた発作起って、「くるしいッ、くるしいッ、水、水、……」いいながらシーツやまくら手あたり次第にきむしって、体をえびのように曲げてもだえなさるのんです。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)