かや)” の例文
「さては、成田兵衛ひょうえの小せがれだな」介は、もう許せないというように、太刀のつかをにぎって、笑い声のしたかやの波へ躍って行った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小房は恥しいほど胸がふるえるのを感じながら、辰之助の好きな白菊の一輪をかやの中に活けた。柱懸けの一節切ひとよぎりにはあけびのつるした。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これ等にはほんの雨露を凌ぐといった程度のものから、巨大なかや葺屋根を持つ大きな堂々とした建築物に至る、あらゆる階級があった。
小屋の隅から三本の青い日光の棒が斜めにまっすぐに兄弟の頭の上を越して向ふのかやの壁の山刀やはむばきを照らしてゐました。
ひかりの素足 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
のぞき込むようにして見ると、髪を長く垂れた、等身大の幽霊の首に白い着物を着せたのが、かやか何かを束ねて立てた上に覗かせてあった。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
丘のすそをめぐるかやの穂は白銀しろかねのごとくひかり、その間から武蔵野むさしのにはあまり多くないはじの野生がその真紅の葉を点出てんしゅつしている。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
愛一郎は、下草のなかにしゃがみこむと、夜目にもそれとわかる飛びだしナイフで、かやのしげみをめちゃめちゃに切りまくった。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
かやを刈って来て一尺おき位に畑の周りに立てるのをシデカジメ、あるいはシオリカジメといい、共に野猪のじしの害を防ぐ装置である。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ひく粟幹あはがら屋根やねからそのくゝりつけたかやしのにはえたみゝやつきゝとれるやうなさら/\とかすかになにかをちつけるやうなひゞきまない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
いばらやかやの為めに傷ついた足や手から血を流してゐる事も知らぬらしく夢中によろ/\と歩いてゐる彼の姿はさながら夢遊病者のやうであつた。
あのかやだけでも、お前さま、五百二十からかかりましたよ。まあ、おれは何からお話していいか。村へ大風の来た年には鐘つき堂が倒れる。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かつて天皇の行幸に御伴をして、山城の宇治で、秋の野のみ草(すすきかや)を刈っていた行宮あんぐう宿やどったときの興深かったさまがおもい出されます。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
小屋は、田圃たんぼわきの流れをき止めた、せいぜい一坪ぐらいの池の上に、かやの屋根を葺き出して三方を藁で囲ってある。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
元はゆるやかな砂丘つづきで、小松やかやの生え茂っていたその海岸を縫って、近年観光のドライヴ・ウエイができた。
夜の若葉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しばらくげきとして声はなく、ただかやの風になびく音のみがサヤサヤと私の耳についていたが、途端に嗚咽おえつの音が洩れて
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ゆかは低いけれども、かいてあるにはあった。其替り、天井は無上むしょうに高くて、而もかやのそそけた屋根は、破風はふの脇から、むき出しに、空の星が見えた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
また建築にはば元禄は丸木の柱かやの屋根に庭木は有り合せの松にても杉にてもそのままにしたらんが如く、天明は柱を四角に床違とこちがだなを附け
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
其畑の畔にはかやすすきが面白く穂に出て、捨て難い風致ふうちこみちなので其処だけわざ/\草を苅らずに置いたのであった。其れを爺さんが苅ってやると云う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かや屋根のつま下をすれずれに、だんだんこなたへ引き返す、引き返すのが、気のせいだか、いつの間にか、中へはいって、土間の暗がりをともれて来る。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寒い日にからだを泥の中につきさしてこごえ死んだおやじ掘切ほっきりにも行ってみたことがある。そこにはあしかやとが新芽を出して、かわずが音を立てて水に飛び込んだ。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
竹の柱にかやの屋根という、こんな家でもいいによッて、娘と二人していたいと思ッた,するとその連感で、自分は娘と二人でこの家の隣家に住んでいる者で
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
丘の表面にはかや、えにしだ、野薔薇ばらなどが豊かに生い茂り、緻密ちみつな色彩を交ぜ奇矯な枝振りをわせて丘の隅々までも丹念な絵と素朴な詩とを織り込んで居る。
ガルスワーシーの家 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「山遊びなんて、僕もそんな暢気のんきなことはしていられなくなってね。今日は、山巡りに来たついでなものだから……どうも草盗まれて、かやまで刈られんので……」
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
かや町にある果物問屋の前まで来て、馬車をとめた。かねじんという、伊予蜜柑を一手にあつかっている店である。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
しげる立ち枯れのかやをごそつかせたうしろ姿のにつくは、目暗縞めくらじまの黒きが中をはすに抜けた赤襷あかだすきである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで、屋敷のうちは、いよいよ静かなものでしたが、裏庭へ穴を掘って与八は、一括したものを投げ込んだが、その上へかやと柴を載せて、火をつけてしまいました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さまざまの草かやはぎ桔梗ききょう女郎花おみなえしの若芽など、でて毛氈もうせんを敷けるがごとく、美しき草花その間に咲き乱れ、綿帽子着た銭巻ぜんまい、ひょろりとしたわらび、ここもそこもたちて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
一面にかやすすきのなびいてゐるのと違つて、八ヶ岳の裾野は裏表とも多く落葉松からまつの林や、白樺の森や、名も知らぬ灌木林などで埋つてゐるので見た所いかにも荒涼としてゐる。
かやや、すすきや、桔梗ききょうや、小萩こはぎや、一面にそれは新芽を並べて、緑を競って生え繁っていた。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
杉は未だ枝を交す程に伸びていない。下草のすすきかやが思う存分に繁り合って、無遠慮に蔽い被さって来る。大きな岩の鼻を廻ると其蔭に、五、六人の若い娘達が草を刈っていた。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
二三町も行きますとやぶになっていて、土手の両方にはしきみの赤い実が鈴生すずなりになっている、かやの繁って、白い尾花のそよいでいるだらだら坂になりますが、そのだらだら坂を下りますと
嵐の夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それは戦乱の世ならかやすすきのようにり倒されるばかり、平和の世なら自分から志願して狂人きちがいになる位が結局おちで、社会の難物たるにとどまるものだが、定基はけだし丈の高い人だったろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼が其処そこに走りついた時にも、火の手は背後にも、前にも幾層となく縞目しまめって追っていた。わずかなすすきかやの節々の燃えはじける音は、一つの交響的なほどばしりになって寄せた。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
むかしおもへばしのぶおかかなしき上野うへの背面うしろ谷中や かのさとにかたばかりの枝折門しをりもんはるたちどまりて御覽ごらんぜよ、片枝かたえさしかきごしの紅梅こうばいいろゆかしとびあがれど、ゆるはかやぶきの軒端のきばばかり
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
爆撃の翌日、川平地区で二人の農民がこの枯れたかやを刈って担いで帰ったところ、その翌日草の当たった両手両足および肩にかゆい紅色の丘疹を生じ、それはかぶれに似ていて数日で治った。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
栗鼠りすは木の幹を上り下りしてキイキイ声で鳴きしきる。山鳩は空を輪のように舞って一斉に下へ落として来てもすぐまた空へ翔け上がる。豹は岩蔭で唸っているし水牛はかやの中でふるえている。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのとき、今まで、泉の上の小丘をおおって静まっていたかやの穂波の一点が二つに割れてざわめいた。すると、割れ目は数羽すうわ雉子きじはやぶさとを飛び立たせつつ、次第に泉の方へ真直ぐに延びて来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
かやで添木を作ってやった。枯れた葉を一枚一枚むしりとってやった。枝を剪んでやった。浮塵子うんかに似た緑色の小さい虫が、どの薔薇にも、うようよついていたのを、一匹残さず除去してやった。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
裏の行きとまりに低い珊瑚樹さんごじゅ生垣いけがき、中ほどに形ばかりの枝折戸しおりど、枝折戸の外は三尺ばかりの流れに一枚板の小橋を渡して広い田圃たんぼを見晴らすのである。左右の隣家は椎森しいもりの中にかや屋根やねが見える。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
かやびさし間なくしづくの打つ音に涼しくなりぬ夏の夜の雨
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
そこにはかやの中に二つ三つの黒い石の頭が見えていた。
草藪の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
雉子きじなくや茶屋より見ゆるかやの中 蓑立
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
かやの枯れ穂に来ちや
雨情民謡百篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
「覚明……。お身は二十年の精進と徳行とを一瞬に無に帰してしまわれたの。千日ったかやを、一時の憤懣ふんまんに焼いてしまわれた——」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一向人も来ないやうでしたからだんだん私たちはこはくなくなってはんのきの下のかやをがさがさわけて初茸はつたけをさがしはじめました。
二人の役人 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
カオルのほうは、力があまって、かやのしげみのなかへ、のめりこんだが、愛一郎に手をつかまれているので、起きあがることができない。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
古い地誌ちしにはここは広い野で、かやが千駄も苅れるところから、千駄萱せんだがやといったのが村の名のおこりであろうと書いてある。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
サクサクサクと落葉を踏んでサヤサヤとかやの葉を分け、そして後にはまた一陣の強風がザワザワと全山の梢をひとしきり騒がせて立ち去った後には
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
いばらやかやのために傷ついた足や手から血を流していることも知らぬらしく、夢中によろよろと歩いている彼の姿はさながら夢遊病者のようであった。
なぎさの、斜向はすむこうへ——おおきな赤い蛇があらわれた。蘆かやを引伏せて、鎌首を挙げたのは、真赤まっかなヘルメット帽である。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)