羽目はめ)” の例文
そのなかの一つの屋根の羽目はめがこのとき中から押破られて、そこに姿を現わしたのは、いったん水に呑まれた机竜之助でありました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
羽目はめには、天女——迦陵頻伽かりょうびんが髣髴ほうふつとして舞いつつ、かなでつつ浮出うきでている。影をうけたつかぬきの材は、鈴と草の花の玉の螺鈿らでんである。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それに、侍者の忠顕や行房とも一つになり、いわばしんがりのかたちにおかれたことも、逃げ難かった羽目はめを招いていたにちがいない。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何方どつちが負けたにした所で、しんいきほひを失ふといふ事にもならず、美がかゞやきを減ずるといふ羽目はめにも陥る危険はないぢやありませんか
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「もうこの羽目はめになった上は、泣いてもわめいても取返しはつかない。わたしは明日あすにも店のものに、ひまをやる事に決心をした。」
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さて、私は、自分の境遇を考えると、前述のような羽目はめになっている。どうしても、この際、家内を貰わなければならない都合になっている。
主人の振舞ってくれる酒では羽目はめをはずして飲むわけにはゆかないので、彼は喜三郎をいたぶって、今夜も存分に飲もうという目算もくさんであった。
半七捕物帳:14 山祝いの夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
差当り生活の為め必要な現金さえ此頃は妻が気を利かして里方から色々の口実で少しずつ引出して来るものを黙って使い繋いでいる羽目はめになっていた。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自然、津村が一伍一什いちぶしじゅうを物語らねばならぬ羽目はめとなった。(星田君、一体どうしたんだろう。病人みたいに無口で、その上あの死人のような蒼白あおじろさは)
そして、その方の棟には、くらと時江が一つの寝間に、喜惣は涼しい場所とばかりから、牛小屋に接した、羽目はめのかたわらで眠るのが常であった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
カンツリー・クラブはゆるい勾配の屋根の、さび色の羽目はめの中二階で、簡素ないい趣味の建築である。バンガロー風で、正面と横とに広い階段がついている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
出入でいりの戸もまた二ツある。女一人について窓と戸が一ツずつあるわけである。窓の戸はその内側が鏡になっていて、羽目はめの高い処に小さな縁起棚えんぎだなが設けてある。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
酒に羽目はめはずしてさんざん自身のことをしゃべった後、一服盛られて宵の内にあの世へ行ったのだった。
最初から尾州ではこんな長州征伐には反対だ、御隠居のいさめを用いさえすれば幕府もこんな羽目はめにはおちいらなかった、そう言って憤慨しないものはありません。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「御所造りの羽目はめに、五しきのペンキを塗ったくったのも? 地境じざかいの松の頭をチョン切ったのも?」
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
現に、右左の羽目はめが、あの通り燃え殘つて居るのでも解ります。早く驅け付けて下すつた方が、みんなさう申して居ります。——こんな念入りな放け火は見たことがない——と
また古くさくもとへもどつて二十年前についていふと、小さい鏡を番頭さんが、留湯とめゆの桶と一緒に、グツと押出して來たものだつたが、近ごろは羽目はめ一ぱいの鏡があるさうだ。
(旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
きやうさんますかとまどそとて、こと/\と羽目はめたゝおとのするに、れだえ、もう仕舞しまつたから明日あしたておれとうそへば、たつていやね、きてけておんなさい
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ロミオが自害じがいでもなされたか? これ、あいってや、そのあいといふ一言ひとことが、たゞ一目ひとめひところ毒龍コカトリスにもまして、おそろしい憂目うきめする。其樣そのやう羽目はめとならば、わし最早もう駄目だめぢゃ。
羽目はめに貼つたる浅葱刷あさぎずり
寄席風流 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
そのいやしい女一人のために、あれほどの地位を棒に振って、半生涯をうずめてしまうような羽目はめに陥っておしまいになったのが情けない。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ひさしたゞよ羽目はめなびいて、さつみづつる、はゞ二間にけんばかりのむらさきを、高樓たかどのき、欄干らんかんにしぶきをたせてつたもえる、ふぢはななるたきである。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
全く心柄こころがらではないので、父の兼松は九歳の時から身体からだの悪い父親の一家を背負せおって立って、扶養の義務を尽くさねばならない羽目はめになったので
八日ようか九日ここのか二日ふつかは出発前でいろいろの勤めがあるのは判り切っているので、今夜は思う存分に騒ぎ散らして帰ろうと、彼は羽目はめをはずして浮かれていた。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
己が日と時刻とをきめて、渡を殺す約束を結ぶような羽目はめに陥ったのは、まったく万一己が承知しない場合に、袈裟が己に加えようとする復讐ふくしゅうの恐怖からだった。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
手をひくと、その手を払って、彼女は小屋の羽目はめへ顔を当てたまま、よよと、声をあげて、泣きじゃくった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう云う羽目はめになって、面目ないの、きまりが悪いのと云ってぐずぐずしているようじゃやっぱり上皮うわかわの活動だ。君は今真面目になると云ったばかりじゃないか。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたくしは人に道をきくわずらいもなく、構内の水溜りをまたぎまたぎ灯の下をくぐると、いえ亜鉛トタン羽目はめとにはさまれた三尺幅くらいの路地で、右手はすぐ行止りであるが
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
考えて見れば、これが生の充実という現代の金口きんく何等なんらの信仰をも持たぬ人間の必定ひつじょうちて行く羽目はめであろう。それならそれを悔むかというに、僕にはそれすら出来ない。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
盗み聞きは悪いとは知りながら、気拙きまず羽目はめになって、つい出るにも出られぬ気持だった。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
高がいささか羽目はめの緩んだ流し者風情ふぜいの小唄、取り上げてかれこれ言うがものもあるまいと、近江屋では初めのうちは相手にならずに居はいたもののこっちはこれですむとしても
それがだん/\こうじて、のっ引ならなくなり、安宅先生は葛岡の勤めている学園などにはもう一ときもいられないと駄々だだねて、その駄々をまた本当のことに捏ね直す羽目はめになり
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
本尊ほんぞんは、まだまたゝきもしなかつた。——うちに、みぎおとが、かべでもぢるか、這上はひあがつたらしくおもふと、寢臺ねだいあし片隅かたすみ羽目はめやぶれたところがある。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
馬子は提灯を羽目はめの一端にかけて置いて、床板を上げるその中から、空俵を程よくからげたのを一つ取り出しました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これは前週の火曜日、即ち二月十三日の午後七時前後の事でございます。私はその時、妻に一切を打明けなければならないような羽目はめになってしまいました。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
所詮しょせんは売った金を返さなければならねえ羽目はめになったが、もう其の金は使ってしまって一文もねえ。苦しまぎれに悪気をおこして……。ねえ、そこらでしょう。
半七捕物帳:36 冬の金魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ゆうべは腹の皮がれたといった意味は、あの宴の後でおたがいが羽目はめをはずしたことをいうのだろうと思ったが——今朝の使者たちは各〻が別人のようなからこもって
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羽目はめを新しくする、たなを造るとか、勝手元かってもとの働き都合の好いように模様を変えるとか、それはまめなもので、一家に取って重宝といってはこの上もないたちの人でありました。
和尚が見えないのは裏からO町の例の家に行ったのに相違ない。そこには山野夫人が来ているのだ。もし和尚が見つかれば、夫人も一緒に恥をさらす羽目はめになるのは知れている。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
挙止動作から衣服きものの着こなし方に至って、ことごとくすいを尽くしていると自信している。ただ気が弱い。気が弱いために損をする。損をするだけならいいがきならぬ羽目はめおちる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だまつてきねえ、厭味いやみ加減かげんつてけ。此方こつち其處そこどころぢやねえ、をとこつかたないかと羽目はめなんだぜ。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
すべてが兵馬に不利になってゆくから、気の毒にも兵馬は、獄に下されるよりほかに仕方のない羽目はめに陥りました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
数馬はがみでござりまする。しかしあの試合に勝って居りましたら、目録をさずかったはずでございまする。もっともこれは多門にもせよ、同じ羽目はめになって居りました。
三右衛門の罪 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
場所といい、事件といい、主人持ちの彼に取っては迷惑重々であったが、よんどころない羽目はめと覚悟をきめたらしく、かれは検視の終るまでおとなしくそこに抑留されていた。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
当時経済界の大変動から、彼女の父は弥縫びほうの出来ない多額の借財を残し、商売をたたんで、ほとんど夜逃げ同然に、彦根ひこね在の一寸したをたよって、身を隠さねばならぬ羽目はめとなった。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いづれまよつてゐるとおもひますとね、閻魔堂えんまだうで、羽目はめかげがちらり/\と青鬼あをおに赤鬼あかおにのまはりへうつるのが、なんですか、ひよろ/\としろをんなが。……
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ぜひなく、この当座の空駕籠は臨時のお客を入れて、再び小仏から摺差へ戻らねばならない羽目はめになりました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何度もこういう押問答を繰返した後で、とうとう私はその友人の言葉通り、テエブルの上の金貨を元手もとでに、どうしても骨牌かるたを闘わせなければならない羽目はめに立ち至りました。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は国法できびしく禁制されている切支丹宗門の絵像を描かなければならない羽目はめに陥ったのである。隠密という大事の役目をかかえている彼は、手強くそれをねつけることが出来ない。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やがて背戸と思う処で左に馬小屋を見た、ことことという音は羽目はめるのであろう、もうその辺から薄暗くなって来る。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)