すぼ)” の例文
酒場の前を曲って遊園地の横手へ出ると、擦り切れた箒子ほうきを傍に立かけて、呆乎ぼんやり鉄柵に凭りかかっていた見すぼらしい様子をした老人が
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
干すとすぼまる木場辺の渋蛇の目、死んだかしらの火事見舞は、ついおもだか屋にあった事。品川沖の姪の影、真乳まっちわたし朧蓑おぼろみの鰻掻うなぎかき蝮笊まむしざる
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは誰もがひとりぼつちの心寂しい折に、われ知らず唇をすぼめて吹く口笛のやうな、弱い、かすかな、所在なささうな音だつた。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
気の弱い田中は彼の口まかせに喋りたてる言葉にいい加減うんうんと肯きつつ、口をすぼめて薬酒を少しばかり嘗めるふりをした。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
尾田はますます眉をすぼめたが、初めてまざまざと見る同病者だったので、恐る恐るではあるが好奇心を動かせながら、幾度も横目で眺めた。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
互に歩み寄りて一間ばかりにちかづけば、貫一は静緒に向ひて慇懃いんぎんに礼するを、宮はかたはらあたふ限は身をすぼめてひそか流盻ながしめを凝したり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
万年筆といってもその実小児瞞こどもだましの玩具にすぎぬ。あかの薄く延ばしたのを長さ二寸ぐらいの管にして、先を細くすぼめて、元口へ木の栓をする。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
さむいと見えて、かたすぼめて、両手を前で重ねて、出来できる丈外界との交渉をすくなくしてゐる。美禰子は此凡てにがらざる態度を門際もんぎは迄持続した。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
すぼらしい鳥打帽を冠り、右の肩を揚げてズシリ/\と先に立つて階段を降りる姿を見下し乍ら、異樣な寒さを感じた。
札幌 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
途中、傘なくしてまちの家の軒下に雨宿りしている冠氏の姿を認めた。冠氏は、薄紅の山茶花さざんかの如く寒しげに、肩を小さくすぼめ、困惑の有様であった。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
二軒目に永寿庵という蕎麦屋そばやがある。そこまで行くと、男はいっそう傘をすぼめて、横手の路地へはいって行った。
「可愛うて、仕樣のない子やなア。」と、山吹は溜息とともに、撫で肩をすぼめつゝ言つて、莞爾につこりと笑つた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
呉羽は笠支配人の話のうちに、それこそホントウにタタキ附けられたように椅子の中へ埋もれ込んだ。肩をすぼめて眼を伏せたまま深い深いふるえたタメ息をした。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
或る朝はやく、赤い波蘭服ジュパーンを著た、堂々たる恰幅の客が訪ねて来て、ダニーロの安否を問うた。一部始終を聴くと、彼は泣き腫した眼を袖で拭きながら、肩をすぼめた。
「さあそんぢやまた、みんなあがれ」とばあさんがいふと閾際しきゐぎはせまつてつて子供等こどもらあらそうてせきをとつた。彼等かれら今日けふせまれう内側うちがはにぎつしりとひざすぼめてすわつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
まぶたはだるそうにすぼめられ、そこから細くのぞいているひとみはぼんやりと力なく何ものかをえんじていた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
それらの言葉を自分の耳に聴き入れるために言っている自分は、そっくり大人になった気がしています。肩をすぼめて嬉しそうな表情が豆ランプに淡く照し出されて見えます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
晨は赤い口唇くちびるを細くすぼめながら母の手へ来た。鏡子はそれを肩に載せてまた花壇へ行つた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
その人は痩せた膝をすぼめる樣に小さく坐つて、片手で顏を擦りながら物を云ひ/\した。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
寶兒の一息はほとんど一年も経つような長さで、現在あたりがハッキリして、天の明るさは灯火を圧倒し、寶兒の小鼻を見ると、開いたりすぼんだりして只事でないことがよく解る。
明日 (新字新仮名) / 魯迅(著)
赤子は時々ねずみの子のような目をかすかに明いて、口をすぼめていたが、顔が日によって変った。ひどく整った輪廓を見せることもあるし、その輪廓がすっかりくずれてしまうこともあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
児童こどもなかの遊びにも片親無きは肩すぼる其の憂き思を四歳よつより為せ、六歳むつといふにはまゝしき親を頭に戴く悲みを為せ、雲の蒸す夏、雪の散る冬、暑さも寒さも問ひ尋ねず、山に花ある春の曙
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
曇日くもりびなので蝙蝠かほもりすぼめたまゝにしてゐるせいか、やゝ小さい色白いろじろの顏は、ドンヨリした日光ひざしの下に、まるで浮出うきだしたやうに際立きわだってハツキリしてゐる。頭はアツサリした束髪そくはつしろいリボンの淡白たんぱくこのみ
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
この歩きまわって、ねとねとと汗の浮く真夏の夜だというのに、むそうに肩をすぼめて、ぶるっと身顫みぶるいをすると、恰度ちょうど眼の前に来た分れみちのところで、鷺太郎から渡されたカンテラを、怖る怖る
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼は手に持っていた洋傘こうもりを、自分の体の前へぱっとさしかけました。そして又それをすっとすぼめ、又ぱっと開きすっとすぼめして、洋傘の陰に身をかくしながら、思い切って熊の方へ進んで行きました。
(新字新仮名) / 久米正雄(著)
身を上にひらき足はすぼめて歸る如くなりきと 一三六—一三八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
途端に、たつは大きな声を発し、腕をすぼめる。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
「こっちのお乳をおかずにして、こっちのおおきい方をおまんまにして食べるんだって、」とぐッとめ附けて肩をすぼめ、笑顔で身顫みぶるいをして
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いや、弾きません。だが、真実ほんとうの事をいふとかうなんです。」小説家は血だらけな牛の肉を噛み馴れた口もとを子供のやうにすぼめながら言つた。
肉の緊つた青白い細面の、醜い顔ではないが、少し反歯そつぱなのを隠さうとする様に薄い唇をすぼめてゐる。かと思へば、些細の事にも其歯を露出むきだしにして淡白きさくらしく笑ふ。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そのとき三津井は青ざめた彼を励しながら、川のほとりで嘔吐おうとする肩をでてくれた。そんな、遠い、細かなことを、無表情に近い、すぼんだ顔はおぼえていてくれるのだろうか。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「どうしたもんでせうか。一應引き取つて頂いては。」と、老僧が花嫁の親の、これも可なりな老僧に向つて、平生のごりがんがすつかり肩をすぼめつゝ、氣の毒さうにして言ふと
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
宮は鳩羽鼠はとばねずみ頭巾ずきんかぶりて、濃浅黄地こいあさぎぢに白く中形ちゆうがた模様ある毛織のシォールをまとひ、学生は焦茶の外套オバコオトを着たるが、身をすぼめて吹来るこがらし遣過やりすごしつつ、遅れし宮の辿着たどりつくを待ちて言出せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
各自かくじ直上ちよくじやう中心點ちうしんてんにしてそらゑがいた輪郭外りんくわくぐわいよこにそれからなゝめえるひろとほそら黄褐色くわうかつしよくきりごとほこりためたゞほのほかれたやうである。卯平うへい自分じぶん小屋こやすぼめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
すぼめたものは丈けが巻軸ほども短くて、それを並べて山型に立てゝある有様は燭台に並ぶ色蝋燭のように壮厳で絢爛けんらんであります。そのうしろから最早や海水着の鴎の模様も覗いております。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
又野が、悪い事をした子供のように肩をすぼめた。その横で戸塚が冷笑した。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と言い肩を小さくすぼめて、そそくさ森を通り抜け、森のそとの明るさに、わざと驚いたようなふうをして、いろいろ新しく新しく、と心掛けて田舎の道を、って歩いているうちに、なんだか
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
肩をすぼめて弥吉は男を振り返った。
「ははあ、遠出でげすかい、なにかに就けてさぞ気がめるこってえしょう、よ、色男。」とうわッ調子でしりをぐいと突くと、尋常に股をすぼめて
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三笠山は何か後暗うしろくらい事でもしたやうにくろずんだ春日の杜影もりかげに円い頭をすぼめて引つ込んでゐた。
無学なお月様 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
それは一つは、葡萄えび色の緒の、穿き減した低い日和下駄を穿いてる爲でもある。肉の緊つた青白い細面の、醜い顏ではないが、少し反齒そつぱなのを隱さうとする樣に薄い脣をすぼめてゐる。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
また駆け廻る距離をすぼめて来て、わたくしの身近かに戻って来るのでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
變だと思つたが向うの岸に人の歩いたといふ樣な趾が見えたから水をわたつて行つて見た。芒や木苺が掩ひかぶさつた間に僅に身をすぼめて登るだけの隙間がある。段々行くと木苺のとげが引つ掛る。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
例のゆがめる口をすぼめて内儀は空々そらぞらしく笑ひしが、たちまち彼の羽織のひもかたかたちぎれたるを見尤みとがめて、かんの失せたりと知るより、あわて驚きて起たんとせり、如何いかにとなればその環は純金製のものなればなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
又もハンカチを顔に当てて肩をすぼめた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
平たき肩をすぼめながら向うかがみに背を円くし、いと寒げなるさま見えつつ、黒き影法師小さくなりて、つきあたりはるかなる、門高きかまえの内に薄霧めて見えずなりぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三笠山は何か後暗うしろくらい事でもしたやうにくろずんだ春日の杜影もりかげに円い頭をすぼめて引つ込んでゐた。
低声こごゑに言つて、口をすぼめて微笑みながら健の顔を見た。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
むごくもたもとを振払いて、再び自家おのれの苦悩にもだえつ。盲人めしいはこの一喝いっかつひしがれて、くびすくめ、肩をすぼめて
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
莟の多くは刻々にそのふくらみをゆるませ、すぼんだ唇を半ば綻ばせて、春を満喫すべく、われがちに花弁を開かうとしてゐる。何か目に見えぬものの不思議な力に動かされでもしてゐるかのやうに。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)