たた)” の例文
旧字:
すべての疑惑、煩悶はんもん懊悩おうのう、を一度に解決する最後の手段を、彼は胸のなかにたたみ込んでいるのではなかろうかとうたぐり始めたのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同じく続く歌で、あなたが、越前の方においでになる遠い路をば、手繰たぐりよせてそれをたたんで、焼いてしまう天火てんかでもあればいい。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
合せ鏡のように、無限に内にたたまれて行く不気味な記憶の連続が、無限に——目くるめくばかり無限に続いているのではないか?
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
母屋もやの方へ引き返して行って見ると、上がりはなたたんだ提灯ちょうちんなぞを置き、風呂ふろをもらいながら彼を見に来ている馬籠村の組頭くみがしら庄助しょうすけもいる。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まゆからほおにかけて、大きくたたんだガーゼを当てて、口にはふくみ綿をして、これも目立たぬ口髭くちひげをつけ、頭を五分刈りにする。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
老人は馬蠅の飛び去る方をにらみながら、「酒屋か郵便屋だろう。うっちゃってお置きなさい。」とおもむろ石摺いしずりの古法帖をたたんだ。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一飯一睡をると、夜はまだ暗かったが、甚内主従は野陣をたたんで、また伊賀路へ急ぎ出した。その日の道は、奈良、柳生やぎゅう相楽さがらと駈けた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ふん。そいつは勿論もちろん教えてやる。いいか、そら。」紳士はポケットから小さくたたんだ洋傘こうもりがさの骨のようなものを出しました。
時に、宮奴みやつこよそおいした白丁はくちょうの下男が一人、露店の飴屋あめやが張りさうな、しぶ大傘おおからかさたたんで肩にかついだのが、法壇の根にあらわれた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
たたみかけて、「米国はもうながいんですか」ときけば、「いやまだ上陸して一週間位ですよ」「なにか勉強に」と続けると
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
それから厚い毛布けっとかフランネルを二枚にたたんでも三枚に畳んでもようございますから今の桶の上へ悉皆すっかりかぶせて氷の速くけないようにします。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
顔を洗いに出ている間に、女中が手早く蚊幮をたたんで床を上げている。そこを通り抜けて、唐紙を開けると、居間である。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
笑うのにも力が無く、むりに笑おうとなさるので、頬に苦しい固いしわたたまれて、お気の毒というよりは、何だかいやしい感じさえ致しました。
千代女 (新字新仮名) / 太宰治(著)
中折帽を眉深まぶかかぶった洋装の青年が、たたみボートを引っぱりながら、ヒョックリと顔を突き出したではありませんか……。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いらいらしさにまかせて、清逸はこれだけのことをたたみかけるようにいって退けた。すべてを清逸は今まで園にさえ打ち明けないでいたのだった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
燃ゆるがごとき憤嫉ふんしつを胸にたたみつつわがぐうに帰りしそのより僅々きんきん五日を経て、千々岩ちぢわは突然参謀本部よりして第一師団の某連隊付きに移されつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
中村と別れてから、私達はひとまず世帯をたたんで、知合いの家に身を寄せた。母は私をその家に預けておいて、自分は毎日、働き口を探してまわった。
ノルマン・レイ氏は、商船マリンサアヴィスの理事なのだ。連合国の汽船の動きを、脳髄のしわたたみ込んでいる人である。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
翌朝よくあさ自分の眼をさました時、伯母おばはもう次のに自分の蚊帳かやたたんでいた。それが蚊帳のかんを鳴らしながら、「多加ちゃんが」何とか云ったらしかった。
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
女はそう云い云い外套をたたんで二つに折って棚の上に置いた。謙作はテーブルの方に往きながら手首の時計に眼をやった。時計は四時四十分になっていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
指の数を当てさせて、はずれたとき、ちがうという代りに正しい数をいい、「三本何本」とたたみかけて問うふうは九州にもあるが、大分県の方には最初から
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
おにしまちかくなって、もうかたいわたたんだおにのおしろえました。いかめしいくろがねのもんまえはりをしているおに兵隊へいたいのすがたもえました。
桃太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「中学教師の検定試験でも受けるつもりなのか。……英語はおもしろいのかい」と、兄はたたみかけて訊いた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
次に手ばしこく蒲團をたたんで押入へ押籠む……夜の温籠ぬくもりは、二十日鼠はつかねづみのやうに動くお房のまほりと、中窓から入ツて來る大氣とにさまされて、其處らが廓然からりとなる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
練色ねりいろあやうちぎを取り出してはでさすりたたみ返し、そしてまたのべて見たりして、そのさきの宮仕の短い日をしのぶも生絹すずしの思いはかなんだ日の仕草しぐさであった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
外では猫のようにおとなしく言うべきことも胸にたたみ、そのシコリを家へ持越もちこして爆発させるものと、もう一つはどこでも短気でカンシャクを起すのとである。
良人教育十四種 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼はそこにいられなくなって、自分のへやにはいり、まだたたんでない床の上に寝ころびながら考えつづけた。
臼井は記名捺印なついんをして、その預り証を川北老に手渡した。川北老はそれをすみれ嬢に見せ、嬢がうなずくと、それを八つにたたんで、胸のポケットにしまってボタンをかけた。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ふくらんでいるのは古ハガキを五六枚折りたたんで押し込んであるせいで、その一枚をちょっと拡げて見たら、都民税か何かの督促状のようでした。督促状じゃ仕方がありません。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
背後に屏風をたたむは、これ領巾振山ひれふりやま——虹の松原の絶景をして平板ならざらしむるはこれあり、うち見るところ、造化の作の中にありて極めて拙劣なるもの、なげうつてこれを棄て
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
馬と残夢と月と茶の煙とを無理に一句にたたみ込み、三十日みそかやみ千年ちとせの杉とそれを吹く夜風とを合せて十七字の鋳形いがたにこぼるるほど入れて、かくして始めて面白しと思ひし者が
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
木立こだちわづかにきたる所に、つちたかみたるが上に、石を三かさねにたたみなしたるが、二三荊蕀うばら薜蘿かづらにうづもれてうらがなしきを、これならん御墓みはかにやと心もかきくらまされて
しかも印象そいつがぐつぐつと胸の底のへんにたたなわっている有様は、一日一晩オーヴンの中へ入れっぱなしで醗酵させた麦粥にことならず、——だからつまり、書く物のなかへだって
銅色あかがねいろのすすけた顔に、ぶたのような無愛想な小さいをしておまけに額からこめかみへかけてたたまれているしわの深いことといったら、わたしが生れてこのかた見たこともないほどだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
山城の国のまほらのたたなはる青山垣あをやまがきのこのみやこはも(家に帰りて京をたたふ)
閉戸閑詠 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
仮に先生が其趣味主張を一切胸にたたんで、所謂家庭の和楽わらくの犠牲となって一個の好々翁こうこうおうとして穏にヤスナヤ、ポリヤナに瞑目めいもくされたとして、先生は果してトルストイたり得たでしょう乎。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
たかが船長つきのボーイではないか、お茶を運んだり、靴を磨いたり、寝台の毛布をたたんだりする役目のボーイが、この千五百トン級の汽船を、海賊たちから易々やすやすと、奪うことが出来るものか。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
すると、男はもう馬券を買っていて、二つにたたんでいたのを開いて見せた。1だった。寺田はどきんとして、なにかニュースでもと問い掛けると、いや僕は番号主義で、一番一点張りですよ。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
何かいおうとして言いかねるように、出そうと思う言葉は一々長い歎息ためいきになって、心にたたまってる思いの数々が胸に波を打たせて、僕をジット抱〆だきしめようとして、モウそれもかなわぬほどに弱ったお手は
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
彼女は、出来上った着物をたたんで座蒲団ざぶとんの下にいた。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
小ぎれもの掻集かきつめ送る菰巻に古綿たたねキャラメルここの
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
いつも心にたたんでいられたのだと思う。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
たたみかけて問い出でぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
たた三味線じゃみせん
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
先生もこれには少し行き詰まったので僕はたたみかけて『つまり孟子の言った事はみな悪いというのではないでしょう、読んで益になることが沢山あるでしょう、僕はその益になるところだけが好きというのです、先生だって同じことでしょう、』と小賢こざかしくも弁じつけた。
初恋 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
湯壺ゆつぼ花崗石みかげいしたたみ上げて、十五畳敷じょうじきぐらいの広さに仕切ってある。大抵たいていは十三四人つかってるがたまには誰も居ない事がある。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひとかどの茶人のこのみでもあるかのように、煤竹すすだけ炭籠すみとり火箸ひばしはつつましく寄せてあるし、描板のうえには茶布巾ちゃふきんがきちんとたたみつけてある。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「大丈夫でございます。松やは、旦那様にも奥様にも申し上げませぬ。お嬢様おひとり、胸にたたんで置いて下さいまし。」
花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
小さくたたんで、おさない方の手にその(ことづけ)を渡すと、ふッくりしたおとがいで、合点々々がてんがてんをすると見えたが、いきなり二階家の方へこうとした。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今は主上も東京の方で、そこに皇居を定めたまい、平田家の人々も京都にあった住居すまいたたんで、すでに新しい都へ移った。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)