なにがし)” の例文
この寺の墓所はかしょに、京の友禅とか、江戸の俳優なにがしとか、墓があるよし、人伝ひとづてに聞いたので、それを捜すともなしに、卵塔らんとうの中へ入った。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
沈黙家むつつりやではあつたが、世間並に母親おふくろが一人あつた。この母親おふくろがある時芝居へくと、隣桟敷となりさじきかね知合しりあひなにがしといふ女が来合せてゐた。
よくある例で、前々から新刀試あらみだめしを心がけていた目附役めつけやく三木松兵衛みきまつべえなにがしが、それぞれ囚人の身がらをもらいうけて、これを斬った。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昔、殿のお通いになっていらしった源の宰相なにがしとか申された殿の御むすめの腹に、お美しい女君が一人いらっしゃるそうでございます。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
煙草の火に炭団たどんを埋めた瀬戸の火桶を中に、三吉、伊勢源、それから下っ引彦兵衛と、死んだ栄太と親交のあったという幇間たいこもち桜井さくらいなにがし
上手な運命占いをする者にお尋ねになっても同じような答申をするので、元服後は源姓を賜わって源氏のなにがしとしようとお決めになった。
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
しかし館員はつひに其れを許さなかつた。其れで僕は無駄に時を費した上になにがしかの銅貨をその風来者に与へて礼を述べざるを得なかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
主人あるじ青年わかものに語りしところによれば千葉なるなにがしという豪農のもとに主人あるじ使われし時、何かの手柄にて特に与えられしものの由なり。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
院長ゐんちやうなにがしなかだちをしたのだといふうはさもあつた。人々ひと/″\はたゞ彼女かのぢよよわをんなであるといふことのために、おほみゝおほうて彼女かのぢよゆるした。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
この二通は殆ど同時にいだしゝものなれど、一は母の自筆、一は親族なるなにがしが、母の死を、我がまたなく慕ふ母の死を報じたるふみなりき。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
部長が言っていましたが、ひとしく宴会へ出ても本社のなにがしという印象を充分先方へ与えて来るものもあれば、他の社の奴等に押されて存在を
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
親戚のなにがしが用事が有って上京したついでに、私を連れて帰ろうとしたが、私は頑として動かなかった。そこで学資の仕送りは絶えた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
なにがしの家では親が婿を追い出したら、娘は婿について家を出てしまった、人が仲裁して親はかえすというに今度は婿の方で帰らぬというとか
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
頭山は一滴もイカンので黙って頭を左右に振るばかりであったが、そこを附け込んだ首領のなにがしがなおも、無理に杯を押付ける。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その頭は何という女か? 唐姫からひめという女である。その唐姫とは何物であるか? 織田信長に滅ぼされたところの、なにがし大名の息女なのである。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アンジェリカなにがしという娘に熱烈な恋慕をしましたが、貧しい身の上や風采の上らぬため、もちろん娘からは問題にもされはしませんでした。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼は伊太利イタリーを愛して己れの墳墓にミランの人なにがしと刻せしめた。現實をおもんじた彼の孔子すら道行はれずば舟に乘つて去らうと云つたでは無いか。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼の友のなにがしが、自分の脳力に悲観して、試験を受けようか学校をやめようかと思いわずらっている頃、ある人が旅行のついでに
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
普段は何のなにがしという独立の人格を持った人間であるが、車掌にどなりつけられ、足を踏みつけられ、背中を押され、蛆虫のようにひしめき合い
可能性の文学 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
もう六ツの拍子木が聞えるのに、まだなにがしは帰らぬというと同僚の者は心配して、拍子木打ちの仲間に聊か銭をやって、一層ゆるゆると廻らせた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
加之しかも此無名の豪傑はさつの元老であらうのちやうの先輩であらうの或は在野の領袖りやうしうなにがしであらうの甚しきは前将軍であらうのと
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
ほとんど同時に、院長のなにがしは年四十をえたるに、先年その妻をうしなひしをもて再び彼をめとらんとて、ひそかに一室に招きて切なる心を打明かせし事あり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
おびただしく市川なにがしのぼりを立てた芝居小屋の前を通ると、小屋の窓から首を出していた一人の気障きざな男を道庵先生が見て
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なんなにがしの小説はセンテイメンタルだとか、何の某の戯曲はインテレクチユアルだとか、それらはいづれも帽子の場合と、選ぶ所のない言葉である。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
三円なにがしだから、四五人集まって来たレデー達に、十円出して「釣は入らない」というだけで、三円が、六円になっても
大阪を歩く (新字新仮名) / 直木三十五(著)
未亡人というものは故人なにがしの妻である。それが再嫁をするということは法律上に姦通ではないにしても、本人の心持はやましくないものであろうか。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
一味の者は誰も知らず、係りの平見なにがしは口をつぐんで殺され、その首領の柴田三郎兵衛は、すずもりで腹を切ってしまった。
それから起きて行ってみるというと自分の知っているなにがしがいて、今日釣に行ってあゆがとれたからして、少しわけてやろうといってその鮎をくれた。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そして、帰途かへりしなに買つて来た——一円なにがしの安物ではあるが——白地の荒い染の反物を裁つて、二人の単衣を仕立に掛つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかるにひとりの男来り、さもはぢらふさまにて人のうしろ欲言ものいはんとしていはず、かしらたれなみだをおとしけり、人々これをみれば同村おなじむらなにがし次男じなん也けり。
そこは釜石かまいしに近いなにがしと云う港町であったが、数日前に襲って来た海嘯つなみのために、この港町も一嘗ひとなめにせられているので、見るかぎり荒涼としている中に
海嘯のあと (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
なぜその時、自分の方でそれへなにがしか足して、楽屋の人たちにお酒の一杯を飲ましてあげなかったか。その上、徳川君には二度無料で助演してもらった。
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
これも傍に立っておまんおまんと呼ぶと、きっと水の面に小波さざなみが起ったといいます。おまんはこの近くに住んでいたなにがしという武士さむらいの女房でありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その外幾人となく取てかかる者この有様なれば、ついには大関なにがし自ら大勢の恥辱ちじょくそそがんとのさりのさりと歩み出づ。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
天和てんなの制法にありて養子は同姓より致すとあるも筋目をただすべき制法につきなにがし殿寄どのよりには以後養子を致すとも娘取り致すとも縁金と申すことを停止ちょうじせしめ
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
また俗間に、「なにがしの説はともかくも、元来働きのなき人物なり」とてこれを軽蔑することあり。いずれも議論と実業と相当せざるをとがめたるものならん。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ところが、この地に着いて、偶然ふと私は憶出おもいだしたのは、この米沢の近在の某寺院には、自分の母方の大伯父に当る、なにがしといえる老僧がるという事であった。
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
官吏の権威の重々おもおもしかった時の事ですから、配達夫が一葉の端書はがきを持って「何のなにがしとはその方どもの事か——」
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
其れは潮来一の豪家の子息むすこなにがし、何時かお光を見染め、是非めかけにしたい、就いては支度金として五十円、外に万作夫婦には月々十円と網一具やろうとの話だ。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
あのペルシャの絨毯じゅうたんを見られよ、何のなにがしが作ったかを問うことなくしてその美を感じる。そうしてそれは仕事に携わるどのペルシャ人も作り得たのである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「ええ、ようござる、ようござる。なんとかやってお目にかけると、チャンスカなにがしにいっておいて下されい」
軍用鮫 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その方と秋山さんの親御が、区役所の兵事課へ突然車をおつけになって、小野なにがしと云う者が、田舎の何番地にいる筈だが、そこへ案内しろと仰ったそうです。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
舞踏を善くするなにがしの如く、わが舞場に出でゝ姿勢の美をくをうらむものあり、文法に精しき某の如く、わが往々とうに代ふるに句を以てするを難ずるものあり。
その頃なにがしという鶉の好きな王があって、正月十五日の上元じょうげんの節にあうごとに、民間の鶉を飼っている者を呼んで、それを闘わさした。旅館の主人は成に向って
王成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
加野は、三宅なにがし女優に似てゐると云つた事があつたが、じいつと見てゐると、歌舞伎役者の家にでも生れた、不器量な娘のやうに、妙に間のびのした顔でもある。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
と出すのを見ると元小兼の主方しゅうかたの娘で、本多長門守様の御家来岩瀬なにがしと申し、二百石を頂戴した立派な所のお嬢様で何う零落おちぶれてこんな葭簀張よしずっぱりに渋茶を売って居るかと
さへりあげもせず錦野にしきの懇望こんまうあたかもよしれは有徳うとく醫師いしなりといふ故郷こきやうなにがしにはすくなからぬ地所ぢしよ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その頃日本画の生徒に中国の人でなにがしというのがいた。このなにがしという人の実際出遇であったことを、私は直接聞いたのであるから、再聞またぎきの話としても比較的信用がける方だ。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
徳川とくがわ時代、諸大名しょだいみょうの御前で細工事さいくごとご覧に入れた際、一度でも何のなにがしがあやまちをしてご不興をこうむったなどということは聞いたことが無い。君はどう思う。わかりますか。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今宵こよい始めて聞いた,娘は今度逗留中かねて世話をする人があッて、そのころわが郷里に滞在していた当国古河こがの城主土井大炊頭おおいのかみの藩士なにがしと、年ごろといい、家柄といい
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)