)” の例文
その車をいている車夫の一人で、女房に死なれて、手足纏てあしまといになる男の子を隣家へ頼んで置いて、稼ぎに出かけて往く者があった。
車屋の小供 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
朦朧もうろうと見えなくなって、国中、町中にただ一条ひとすじ、その桃の古小路ばかりが、漫々として波のしずか蒼海そうかいに、船脚をいたように見える。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは、かれているというより、られている形だった。青は、二歩歩いては立ちまり、三歩歩いては立ち停まるのだった。
狂馬 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
夕日は物の影をすべて長くくようになった。高粱の高い影は二間幅の広い路をおおって、さらに向こう側の高粱の上に蔽い重なった。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
だがこの自動車はエンジンがかからなかった。仕方がないから綱で箱自動車のうしろへつなぎ、箱自動車でそのままいて出発した。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まちは人出で賑やかに雑鬧ざっとうしていた。そのくせ少しも物音がなく、閑雅にひっそりと静まりかえって、深い眠りのような影をいてた。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
霧の中から唄声うたごえが近づいて来た。馬をいた五郎吉である。彼はちらと侍たちのほうへあざけりの微笑をくれ、つんと鼻を突上げながら
峠の手毬唄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「まずその女を、いたらよろしかろう。眼ざわりだ! その騒々しい女を、曳く所へ曳きたまえ、ゴンザレツ、そこの扉をあけえ!」
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
かく嘲弄して後、兵卒どもは紫色の衣をはぎ、もとの衣を着せ、官邸の中庭からイエスをき出して、郊外の処刑場に向かいました。
「その辺の原っぱにでも参らば、どこぞに、野良犬かどら猫がいるであろう。御馳走してつかわす品があるゆえ、早速いて参れ」
空気の乾いているせいか、ひどく星が美しい。黒々とした山影とすれすれに、夜ごと、狼星ろうせいが、青白い光芒こうぼうを斜めにいて輝いていた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
高くもないけど道のない所をゆくのであるから、笹原を押分け樹の根につかまり、崖をずる。しばしば民子の手を採っていてやる。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
その男のいふのでは、牛程人間の役に立つものはすくない。田をたがへし、荷車をき、頭から尻尾しつぽさきまで何一つ捨てるところも無い。
取残された兼太郎は呆気あっけに取られて、寒月の光に若い男女がたがいに手を取り肩を摺れあわして行くその後姿うしろすがたと地にくその影とを見送った。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いて笑ったといえないこともない。そして彼の手は陣後をさし招いた。馬をけ、馬をと、にわかに、焦心いらって呼ぶのであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
裏庭の暗がりを、肉体のしなやかさにくらべて、驚くべき膂力りょりょくを持った不思議な人間は、ぐいぐいと、お初を塀の方へいてゆく。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「あゝとこだ、よう、おつぎ、ちつ此處ここまでてくんねえか」といつた。かれ百姓ひやくしやうあひだにはうまいてある村落むら博勞ばくらうであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それを見ると、この手箱の持主がこんなわずかな色彩に女らしい心を慰めていたかと思われるだけで、別に岸本は心もかれなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
武士が来て柳をつかまえき立てていこうとした。高い所には冠服をした王者が南に面して坐っていた。柳は曳き立てられながらいった。
織成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
続いて笹付の青竹に旗幟はたのぼりの幾流が続々と繰り出されて来る、村から停車場へと行くこの道は、早くも蜿蜒えんえんたる行列がき栄えられて来た。
「おや/\どうしたのだらう、いてゐる牛が疲れたからとまつたのか知ら。」と、おぢいさんは不思議におもつてをりました。
拾うた冠 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
彼は我が児以上に春琴の身を案じたまたま微恙びようで欠席する等のことがあれば直ちに使つかいを道修町に走らせあるいは自らつえいて見舞みまった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
地上へ細っこい影をいて、だんだんこちらへ近寄って来る。足もと定まらず歩いて来る。どうやら酒にでも酔っているらしい。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それを惨酷ざんこくな話だが、繩をつけて京の町までいてくると途中多くの石に当ったけれども、皮膚強くして少しも破れずとまで書いてある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
是故に彼に路を示さんため我はかれて地獄のひろき喉を出づ、またわがをしへの彼を導くをうる間は我彼に路を示さむ 三一—三三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ずっと前、日本に帰って死んだお祖母ばあさんが夢に出てきて、わたしの手をいてくれ、「これから坂本さんのお宅に行くんだよ」と言います。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
彼はこの時たすけし手を放たんとせしに、釘付くぎつけなどにしたらんやうにけども振れども得離れざるを、怪しと女のおもてうかがへるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私が今日の目的に就いて水車小屋のあるじに語った後に、杖をて、ゼーロンをき出そうとすると彼は、その杖をむちにする要があるだろう——
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
一枚の小切手が一かたまりの紙幣となって出納口からでてくると、銀行を背負ったような女は、ふたたび銀座方面へガソリンの尾をいた。
女百貨店 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
青山せいざん愛執あいしゅうの色に塗られ、」「緑水りょくすい非怨ひえんの糸を永くく」などという古人の詩を見ても人間現象の姿を、むしろ現象界で確捕出来ず所詮しょせん
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
東京も昔は、周辺の百姓が野菜を積んだ車を牛にかせているのを、たえず街で見かけたもので、その牛のわらじが道によく捨ててあった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
 (しばしの沈黙。ふくろうの声。やがて入口の戸をたたく音。おつやはぎょっとしたように、太吉の手をぐいといて、かみのかたに身を寄せる。)
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
幼年、少年、青年の各時代を通じて免かれなかつた色の黒いひけ目が思ひがけぬ流転の後の現在にまで尾をくかと淡い驚嘆が感じられた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
で、日の暮までのわずかな時間を屋形船はモーター・ボートのぼッぼッぼッぼッにかせて、大急ぎで恵那峡一帯を乗り廻ろうというのである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
しろまつかげきそうな、日本橋にほんばしからきたわずかに十ちょう江戸えどのまんなかに、かくもひなびた住居すまいがあろうかと、道往みちゆひとのささやきかわ白壁町しろかべちょう
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
失恋が、失恋のまゝで尾をいてゐるうちは、悲しくても、苦しくても、口惜くやしくつても、心に張りがあるからまだよかつた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
我邦わがくにの昔の「歌垣うたがき」の習俗の真相は伝わっていないが、もしかすると、これと一縷いちるの縁をいているのではないかという空想も起し得られる。
映画雑感(Ⅵ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その長くく音が谷々を渡って遠く消えてゆくのを聞きましたら、急に母が恋しくなって、なぜ一しょに帰らなかったろう
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
飛びながらも明滅する光は、きれぎれに青い線を空にいて上った。それは、消えたりともれたりするものの美しさであった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そうして、其処から、しきりに人が繋っては出て来て、石をく。木をつ。土をはこび入れる。重苦しい石城しき。懐しい昔構え。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
神馬は白馬で、堂に向って左の角にうまやがあった。氏子のものは何か願い事があると、信者はその神馬をき出し、境内の諸堂をおまいりさせ、豆を
彼はほこりと床油の臭気が立て籠めていることに思いあたり廻転窓の綱をがちゃりといた。夕映えの反射がそこで折れて塗板の上をあかるくした。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
きが寺の鐘を聴いて如法に身を浄めに行くとて、平生教えある狗頭猴に煮掛けた肉の世話を委ね置くと、初めは火をもてあそびながら番したれど
そうそうわたくし現世げんせ見納みおさめに若月わかつき庭前にわさきかせたとき、その手綱たづなっていたのも、矢張やはりこの老人ろうじんなのでございました。
サイダアの空瓶を一ぱい積んでいて歩いている四十くらいの男のひとに、最後に、おたずねしたら、そのひとは淋しそうに笑って、立ちどまり
千代女 (新字新仮名) / 太宰治(著)
梶にはそれらの話よりも犬に向って発した友人の日本語の怒声の方がはるかに興味深く尾をいて感じられるのであった。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
たぐいであります。すなわちその始まっている場所を指定している上に、それはそのものをくための道だということを説明しているのであります。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
背負い袋をしょった人たちと、そのく影が、ごろりごろりと横になって、ぐっすり眠りこむ。それを見ていると、ワーリカはたまらなく眠くなる。
ねむい (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
朝起きてすする渋茶に立つ煙りの寝足ねたらぬ夢の尾をくように感ぜらるる。しばらくすると向う岸から長い手を出して余を引張ひっぱるかとあやしまれて来た。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
づギルフォオドがかれて行つた。彼が妻の獄窓の下を通りかかつた時、二人は七ヶ月振りの、そして最後の眸を無言のまま見交すことが出来た。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)