つか)” の例文
スイスの一部では最後のわらつかみを苅り取った人を麦の山羊と名付け、山羊然とその頸に鈴を付け、行列して伴れ行き酒で盛りつぶす。
しかれども彼は一方においては事物の真相を察する烱眼けいがんあるにかかわらず、いわゆる天下の大勢を既にきたれるにつかみ、いまだ至らざるに察し
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ただ暗い所へ行きたい、行かなくっちゃならないと思いながら、雲をつかむような料簡りょうけんで歩いて来ると、うしろからおいおい呼ぶものがある。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
反絵は部屋の中へ飛び込むと、一人の使部の首をつかんで床の上へ投げつけた。使部の腕からはかかえた白鷺の尾羽根が飛び散った。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その脊はくつがへりたる舟の如し。忽ち彼雛鷲はいなづまの撃つ勢もて、さとおろし來つ。やいばの如き利爪とづめは魚の背をつかみき。母鳥は喜、色にあらはれたり。
お松は袖をつかまえられながら、じっと耳を澄まして聞いている。直きそばのように聞えるかと思うと、又そうでないようにもある。
心中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「おゝなこつた、らねえよ」おつぎはすこかがめて手桶てをけつかんでまゝのばすと手桶てをけそこが三ずんばかりはなれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しかし、男は矢庭に女の両手をひっつかんで真直に引きおろし、血走った眼を据えあごをぐっと引きしめて、何処までも追及した。
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
渾沌こんとんとした問題を処理する第一着手は先ず大きいところに眼を着けて要点をつかむにあるので、いわゆる第一次の近似である。
物理学の応用について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして例の白帽を力いっぱいひっつかみながら自分で玄関へ出て行って夕日に照りはえている庭の方へとドアーを開け放した。
さきを握られてゐる自分の袂を兩手でつかんで、うん—うん—うんと云ふやうに、左右に三度振つたかと思ふと、それが千代子の手から離れた。
昔おくらという女がただ一人、田のくろに幼児を寝させて置いて田の草を取っていると、不意にわしが来てその子をつかんで飛んで行ってしまった。
「京子、何してるのや。……うしの時參りか。」と、力を込めた聲で言ふとともに、道臣は躍りかゝつて、金槌を持つた京子の腕を引つつかんだ。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
◯わが日は駅使はゆまづかい早馬使はやうまづかい、駅丁)よりもはやく、いたずらに過ぎ去りて福祉さいわいを見ず、その走ること葦船あしぶねの如く、物をつかまんとて飛びかけるわしの如し
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
月明りの下でじっと耳を澄ましているとララと響いて来ます。土竜が瓜を噛んでるんですよ。その時あなたは叉棒をつかんでそっと行って御覧なさい
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
追っけてつかまえることも出来ない。お前さんはただ獲ものの出て来るのを、澄まして待っているのね。いつでもこの隅のところに坐っていてさ。
そういう明らかな定った考があれば前に既に二度までも近寄って来た機会をつかむにおいあえ躊躇ちゅうちょするところは無いはずだ。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
まるで雲をつかむようなことを言ってすましていられる兄の性格が、うらやましくもあり憎々しくもあるような気がされた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
而るとなまりのやうに重く欝結うつけつした頭が幾分輕く滑になつて、體中がぞく/\するやうにくすぐツたくなる………何かつかむでもしやくしやにして見たい。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ふとした出来心から店頭のパンをつかみ取り、これを食うて僅に餓死を免れたとしたところが、それは盗罪にはならぬと論じておったように記憶する。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
新「我慢してお出でよ、私がおぶいが、包を脊負しょってるからおぶう事が出来ないが、私の肩へしっかつかまってお出でな」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼は狼狽の余り怪物と思って狐猿をつかむか何うかしたのでしょう、狐猿も死に物狂いに彼の頬を掻き彼の手に噛み附いたのは此の有様で分って居ます
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
皆は、それとなく此人の為す所を見て居たが、菊池君は両手に膝頭をつかんで、うつむいて自分の前の膳部を睨んで居るので、誰しも話しかける機会を失つた。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
左の手に片袖をつかみ、右の手にて我左の袖をかかげしまま、左の二の腕を握り、右足を高欄へかけ、きつと見え、このこなしにてせりあげになる所もまた立派なり。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
去来きょらい丈草じょうそうもその人にあらざりき。其角きかく嵐雪らんせつもその人にあらざりき。五色墨ごしきずみの徒もとよりこれを知らず。新虚栗しんみなしぐりの時何者をかつかまんとして得るところあらず。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
これはむろんつかむ工合いにもよりけりであるが、ここに述べたのはあわとか米とかの例に用いたものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
たとえば一箇のけもの相搏あいうって之を獲ようとして居る間に、四方から出て来た獣に脚をまれ腹を咬まれ肩をつかみ裂かれ背を攫み裂かれて倒れたようなものである。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
全体私は骨格からだは少し大きいが、本当は柔術も何も知らない、生れてから人をうったこともない男だけれども、その権幕はドウも撃ちそうなつかみ掛りそうな気色けしき
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
いざとて偃松帯を上る。根曲り竹ならば、押分け押分けて上らるべし。偃松は押分くること能わず。手にてその枝をつかみ、足にてその枝を踏みて、斜に上るの外なし。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
スワとばかり大手を拡げて猟犬のように跳り懸った瞬間、鹿は一躍して偃松の茂みの中に没してしまったので、空しく虚空をつかんだ雄吉は、筋斗もんどり打ってドウと倒れた。
大井川奥山の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
背後に二人の小姓がおの/\二本の刀を両手につかんで捧げた形には思はず梅原と二人で吹出して仕舞しまつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
或る意味では、同じ本を何遍も何遍も繰返して読むべきであるが、他の場合では、或る書物は一寸目を通すだけでその内容を一度につかみ得るよう練習しなければならぬ。
洪川禅師のことども (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
こうって、魔女まじょはラプンツェルのうつくしいかみつかんで、ひだりへぐるぐるときつけ、みぎ剪刀はさみって、ジョキリ、ジョキリ、とって、その見事みごと辮髪べんぱつ
ちょいとしゃがめば、ちょいと手につかめると云う為事で、あぶなげのないのでなくちゃ厭だ。そう云う旨い為事があるのかい。福の神のたぶさを攫んで放さないと云う為事だ。
橋の下 (新字新仮名) / フレデリック・ブウテ(著)
金は時たま三十四十とつかんでは来るが、表面うわべに見せているほど、内面は気楽でなかった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
皆顔はうるしのように黒くて、そのひとみざくろよりも大きかった。怪しい者は叟をつかんでいこうとした。汪は力を出して奪いかえした。怪しい者は舟をゆりだしたのでともづなが切れてしまった。
汪士秀 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
汚吏の姿消ゆるとともに爪をその侶にむけ、濠の上にてこれをつかみぬ 一三六—一三八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そしてかく解してのみ吾々は空間の直観の質的な特質をつかむことが出来るであろう。
おのれはそのまま子供に掛けたる古袷の袖引きつかみて、肥大なる身をその脇に横たへむとせしに、子供ながらも空腹に眼敏き松之介、これに睡りを醒まされて、薄暗き燈に父を認め
磯馴松 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
吾妻下駄あずまげたの音は天地の寂黙せきもくを破りて、からんころんと月に響けり。渠はその音の可愛おかしさに、なおしいて響かせつつ、橋のなかば近く来たれるとき、やにわに左手ゆんでげてその高髷たかまげつか
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
如何いかでかこれにゆるを得んや、最早もはや寒風に抵抗して呼吸するの力なく、特に浮腫せる胸部を剛力の背に圧迫せし故、呼吸ますます苦しく、くうつかみて煩悶はんもんするに至れり、今は刻一刻
変な笑いに異状を示しながら、たもとの中から取出したのは大きな蝦蟇ひきがえる。それの片足をつかんでブラげながら、ブランブランと打振り打振り、果てはお綾の懐中ふところに入れようとするのであった。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
この奇利を易々やすやすつかんだ椿岳の奇才は天晴あっぱれ伊藤八兵衛の弟たるに恥じなかった。
そこで私は、たいへん自然に、ベッドから起き上って脱出する機会をつかんだ。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ルパンは突然プッと噴飯ふきだした。そして死骸をつかんでグイとそばへ押し転がした。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
点灯ひともしころの家の中は薄暗い、何の気づかずに土間へ入って、バッタリ万年屋と顔を合わせた女房は、ハッとして逃げようとする。と、いきなり亭主はその後髪をつかんだ。女は悲鳴を揚げる。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
梁川君は端的たんてきに其求むるものを探し当てゝ、堂々と凱旋し去った。鈍根どんこんの彼はしば/\とらえ得たと思うては失い、つかんだと思うては失い、今以て七転八倒の笑止な歴史を繰り返えして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
無我夢中で駈けて行く中に、何時しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地をつかんで走つてゐた。何か身體中に力が充ち滿ちたやうな感じで、輕々と岩石をび越えて行つた。
山月記 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
冒険ぼうけんなること上州人のく及ぶ所に非ずと云ふ、其方法に依ればくま銃撃じゆうげきして命中あやまり、熊逃走とうさうする時之を追駆つゐくすれば熊つひいかりて直立し、まさに一てうひとつかまんとす、此に於て短剱たんけんを以て之をつらぬ
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
つかまれようと、引きずられようと、自由自在になっていた。
私の母 (新字新仮名) / 堺利彦(著)