“度目(どめ)” の例文
私たちは今年三度目(どめ)、イギリス海岸へ行きました。瀬川(せがわ)の鉄橋(てっきょう)を渡り牛蒡(ごぼう)や甘藍(かんらん)が青白い葉(は)の裏(うら)をひるがえす畑(はたけ)の間の細い道を通りました。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
二度目(どめ)に眼(め)が覺(さ)めた時(とき)、彼(かれ)は驚(おど)ろいて飛(と)び起(お)きた。縁側(えんがは)へ出(で)ると、宜道(ぎだう)が鼠木綿(ねずみもめん)の着物(きもの)に襷(たすき)を掛(か)けて、甲斐々々(かひ/″\)しく其所(そこ)いらを拭(ふ)いてゐた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
二度目(どめ)のおかみさんには、女(おんな)の子(こ)が生(う)まれました。初(はじめ)のおかみさんの子(こ)は、血(ち)のように赤(あか)く、雪(ゆき)のように白(しろ)い男(おとこ)の子(こ)でした。
其(そ)の夜(よ)南(みなみ)の女房(にようばう)は蒲團(ふとん)を二枚(まい)肩(かた)に掛(か)けて持(も)つて來(き)た。一(ひと)つには義理(ぎり)が濟(す)まぬといふので卯平(うへい)の容子(ようす)を見(み)に來(き)たのである。其(そ)れは二度目(どめ)であつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
私(わし)は一體(いつたい)京都(きやうと)の者(もの)で、毎度(まいど)此(こ)の金澤(かなざは)から越中(ゑつちう)の方(はう)へ出懸(でか)けるが、一度(ど)ある事(こと)は二度(ど)とやら、船(ふね)で(一人坊主(ひとりばうず))になつて、乘合(のりあひ)の衆(しう)に嫌(きら)はれるのは今度(こんど)がこれで二度目(どめ)でござる。
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼(かれ)は泳(およ)がんと爲(す)るものゝやうに兩手(りやうて)を動(うご)かして、誰(たれ)やらの寐臺(ねだい)にやう/\取縋(とりすが)つた。と又(また)も此時(このとき)振下(ふりおろ)したニキタの第(だい)二の鐵拳(てつけん)、背骨(せぼね)も歪(ゆが)むかと悶(もだ)ゆる暇(ひま)もなく打續(うちつゞい)て、又々(また/\)三度目(どめ)の鐵拳(てつけん)。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
女(をんな)の節操(せつそう)と云(い)ふ事(こと)、肉(にく)と霊(れい)と云(い)ふ事(こと)、恋(こひ)と愛(あい)と云(い)ふ事(こと)、女(をんな)は二度目(どめ)の恋(こひ)を持得(もちう)るかと云(い)ふ事(こと)、女(をんな)は最初(さいしよ)の恋(こひ)を忘(わす)れ得(う)るかと云(い)ふ事(こと)など、其(そ)れから其(そ)れへと力(ちから)にも及(およ)ばぬ問題(もんだい)が垠(はてし)なく私(わたし)を苦(くる)しめる。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
これで三度目(どめ)だ。あの化けものの客部屋(きゃくべや)からである。
彼女(かのぢよ)は三度目(どめ)の胎兒(たいじ)を失(うしな)つた時(とき)、夫(をつと)から其折(そのをり)の模樣(もやう)を聞(き)いて、如何(いか)にも自分(じぶん)が殘酷(ざんこく)な母(はゝ)であるかの如(ごと)く感(かん)じた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
二度目(どめ)の酒(さけ)は幾(いく)らか腹(はら)に餘計(よけい)であつた老人等(としよりら)はもう卯平(うへい)を見遁(みのが)しては置(お)かなかつたのである。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
其(そ)のまゝ、六疊(でふ)の眞中(まんなか)の卓子臺(ちやぶだい)の前(まへ)に、摚(どう)と坐(すわ)ると、早(は)や目前(めさき)にちらつく、濃(こ)き薄(うす)き、染色(そめいろ)の葉(は)に醉(よ)へるが如(ごと)く、額(ひたひ)を壓(おさ)へて、ぐつたりと成(な)つて、二度目(どめ)に火鉢(ひばち)を持(も)つて來(き)たのを、誰(たれ)とも知(し)らず
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
彼(かれ)は泳(およ)がんとするもののように両手(りょうて)を動(うご)かして、誰(たれ)やらの寐台(ねだい)にようよう取縋(とりすが)った。とまたもこの時(とき)振下(ふりおろ)したニキタの第(だい)二の鉄拳(てっけん)、背骨(せぼね)も歪(ゆが)むかと悶(もだ)ゆる暇(ひま)もなく打続(うちつづい)て、またまた三度目(どめ)の鉄拳(てっけん)。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
で全体(ぜんたい)を綜合(そうがふ)した処(ところ)で、私(わたし)の頭(あたま)に残(のこ)つた印象(いんしやう)と云(い)ふのは——初(はじ)めての出会(であひ)は小川町(をがはちやう)あたりの人込(ひとごみ)のなかであつたらしく、女(をんな)の袖(そで)へ名刺(めいし)でも投込(なげこ)んだのが抑(そもそ)もの発端(はじまり)で、二度目(どめ)に同(おな)じ通(とほり)で会(あ)つたとき
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
すると三度目(どめ)の記憶(きおく)が來(き)た。宗助(そうすけ)が東京(とうきやう)に移(うつ)つて始(はじめ)ての年(とし)に、御米(およね)は又(また)懷姙(くわいにん)したのである。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「なあに、土瓶(どびん)だつて二度目(どめ)のが少(すこ)しに仕(し)ねえで、先刻(さつき)のがより餘計(よけい)なツ位(くれえ)注(つ)ぎせえすりや大丈夫(だいぢようぶ)なんだが、それさうでねえと周圍(まあり)がそれ焦(こ)びつから」と側(そば)から直(す)ぐに口(くち)が出(で)た。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
三度目(どめ)に出会(であ)つたのが、いや急(きふ)には動(うご)かず、然(しか)も胴体(どうたい)の太(ふと)さ
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
と暫(しばら)く経(た)つて二度目(どめ)のは判然(はつきり)と清(すゞ)しい声(こゑ)。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)