きれ)” の例文
また、あるものはバータムナスの像のまわりを花環のように取り巻いて、きれのように垂れさがった枝はその像をすっかりおおっていた。
選んで入れる一つ一つのきれについて、そのうたはひろ子の胸に鳴った。そのうたの思いは、このような形で現実の内容をもって来た。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そそけがみの頭をあげて、母は幾日か夢に描きつづけた一男の顔を、じっと眺めた。涙が一滴ひとしずく、やつれた頬をつたって、枕のきれぬらした。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
また両の耳は、昔流行はやったラジオのラッパのように顔の側面に取りつけられ、前を向いたラッパの口には黒いきれで覆いがしてあった。
人造人間事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
練り絹の裾だけに、堂や塔や伽藍や、武器だの鳥獣だのの刺繍をしている、白の被衣かつぎめいた長いきれを、頭からなだらかに冠っていた。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ダンスにはちがいないんだが、パァトナアをぼろっきれのように投げたり、ひきよせたり、ぐるぐる廻したり、たいへんな力技なんだ。
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そのわけは、赤児を包んでいるきれ緞子どんすという立派な布で、お神さんが城下のお寺で、一度見たことがあるからということでした。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
京助はもとよりこれについても不審を抱かなかった。そうして雪白せっぱくきれのかかって居るテーブルに着いて、ビーフステーキを食べた。
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
調べると、この間から主人が盜まれたと言つてゐた五十兩の小判が、泥のついたまゝ、ボロきれに包んで、行李かうりの底に隱してあつたんです
そこでエミリアンは、さつそく町の方へいつて、大きな鳥籠とりかごと、それをつゝむ黒いきれと、黄楊つげの青葉をたくさん、買ひこんできました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
何のためらいなく、おおわれている物をズルズルと引っ張りだしてみると、その夕べ、弦之丞がおもてをくるんでいた紫紺色の頭巾のきれ……。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
芭蕉も今日に生れたとすれば、やはり本文は九ポイントにするとか、表紙のきれは木綿にするとか、考案をらしたことであらう。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
奈美子なみこしろきれあたまをくる/\いて、さびしいかれ送別そうべつせきにつれされて、別室べつしつたされてゐたことなぞも、仲間なかま話柄わへいのこされた。
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
暫らくすると女主人が入って来た。かなり老年の婦人で、急いで被ったらしい頭巾ずきんをつけて、頸にフランネルのきれを捲いていた。
それから、きれをすつかり拡げて見ると墨竹があしらつてある。が、これは寿の字以上に一気呵成いつきかせいで、ほとんど怒つて描いたやうな勢である。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
これはきれの様子と油染みた所とから見ると、水夫が辮髪べんぱつを縛る紐らしい。それにこの結玉を見給へ。これは水夫でなくては出来ない結方だ。
そうしたらぼくのそばにているはずのおばあさまが何か黒いきれのようなもので、夢中むちゅうになって戸だなの火をたたいていた。
火事とポチ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
寝台の脚にかけたフランネルのきれで靴を磨き上げた。自動車のマットで念入りに、拭い上げておいたものではあったが……。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
後甲板に活動写真をしているのを見に行く、写真のうつるきれが風に吹かれているので、映写は始終中しょっちゅうはためきどおしである。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そばにはしろきれせた讀經臺どきやうだいかれ、一ぱうには大主教だいしゆけうがくけてある、またスウャトコルスキイ修道院しうだうゐんがくと、れた花環はなわとがけてある。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
手にしていた紅いきれを傍にやってほつれ髪を掻きあげながら、ほうっとした顔付で三味線にあわせて口ずさむ女もあろう。
夕暮の窓より (新字新仮名) / 小川未明(著)
サモワルはいつものやうに、綺麗に手入れがしてあつて、卓に被つてあるきれも雪のやうに白い。パンは柔かさうに褐色かちいろに焼けてゐて、薫が好い。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
先生の食卓には常の欧洲人が必要品とまで認めている白布がかかっていなかった。その代りにくすんだ更紗形さらさがたを置いたきれがいっぱいにかぶさっていた。
ケーベル先生 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
口辺をおおうて居る頭巾のきれが、息の為めに熱く湿うるおって、歩くたびに長い縮緬の腰巻のすそは、じゃれるように脚へもつれる。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「ええ、ええ、それは申すまでもございません。へえ、毎朝お蔵から出して台へ並べる時に、手前自身で紅絹もみきれ丹念たんねんに拭きますんで、へえ。」
をんなが、しろやさしい片手かたてときいたきれ姿すがたしのぶ……紅絹もみばかり、ちら/\と……てふのやうにもやひ……
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
主婦あるじのお利代は盥を門口に持出して、先刻さつきからパチャ/\と洗濯の音をさしてゐる。智惠子は白いきれを膝に披げて、餘念もなく針を動かしてゐた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
椅子のそばには白いテエブル掛をかけた小さな食卓が据えてあって、茶碗や、土瓶や、小皿や、きれをかけた料理のお皿などが並べられてあります。
と慌てゝ頭巾の裏を返して見ると、白羽二重のきれが縫付けて有りまして、それへ朱印が押してございますのを熟々つく/″\
これを硝子の水筒に飼育して、色さま/″\なきれの片々を沈めてやると、彼等はそれを水面まで引きあげる。水の表面に達すると慌てゝそれを離す。
サンニー・サイド・ハウス (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「おいおいあぶない!」腕に青いきれをつけた巡査がそう言って、留吉を電車線路から押しだして、みちよりもすこし小高くなった敷石の上へ連れていって
都の眼 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
粗末そまつきれ下衣したぎしかてゐないで、あしにはなにかず、落着おちついてゐて、べつおどろいたふうく、こちらを見上みあげた。
墓地には、ひがんばなが、赤いきれのようにさきつづいていました。と、村の方から、カーン、カーン、と、かねが鳴って来ました。葬式の出る合図あいずです。
ごん狐 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
此時焼跡から帰って来た巡査部長が白いきれの上に拡げた焼け残りのガラクタの中に、ひずんだ、吸入器の破片があった。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
どの家にも必ず付いている物干台ものほしだいが、ちいさな菓子折でも並べたように見え、干してある赤いきれや並べた鉢物のみどりが、光線のやわらかな薄曇の昼過ぎなどには
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
目の下には、まるで、とても大きなきれがひろげられているようです。そして、その布は、大小さまざまの、かぞえきれない四角い形にわかれています。
わたくしは小石川田町の何とかと云つた呉服屋から大幅の金巾かなきんきれを買い求め、下宿に帰つて、鏡におのが姿を写し、顔をしかめて画像のモデルとした。
本の装釘 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
起きてすぐ、ギタを、きれみがいた。いとこの慶ちゃんが遊びに来た。商大生になってから、はじめての御入来である。新調の洋服が、まぶしいくらいだ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして恐る恐る扉を開けた。この室は他の室とは違っている。壁には肘掛ひじかけきれがあり、とこには絨氈が敷いてある。
わたしが注意したけれども、かないではいってしまったと言うのです。それはどんな人たちだと訊くと、新聞とかいた白いきれを腕にまいていたと言う。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その玩具棚の一番前の棚には、白いきれのふとんの上に高さ二尺もあろうという大きな人形が一つすえられていた。
眼の下に動く兵卒等の軍帽を包んだ紺のきれや、防寒用の新服はいずれもひどく汚れて、風雪の労苦が思いやられた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その女達は暗くなつてから、腰卷や襦袢のきれなどを買つてもどつてきた。いゝ聲で、何人もで、歌をうたつてくるので、それとすぐ、家の中にゐる人には
防雪林 (旧字旧仮名) / 小林多喜二(著)
更に解いた着物のきれをしんし張にする為に、端縫はぬひすることや、簡単な紐のくけ方などをも教はつた。そして私もこんな仕事にかなりの興味をもつ様になつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
とっさん、手拭を持っているかい、その手拭を河原へ行ってらしておいで、しぼらないでいいよ、それから、足へ捲くきれが欲しいな、その三尺で結構、ナニ、さらし
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そんなことが何のあてになろう。(沖を見る。ふるえる)どうしたのだ。(打ち負かされたるごとく)あの船の帆は死骸しがいの顔にかける白いきれのようにわしに見える。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
わたしの見たいのは、役者が白いきれをかぶって一つの蛇のような蛇の精を両手に捧げているのと、もう一つは黄いろい著物きものた虎のような虎が躍り出すことである。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
彼の頭は嫁菜よめなの汁で染められた藍色あいいろからむしきれを巻きつけ、腰には継ぎ合したいたちの皮がまとわれていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それはボール紙を切りぬいてこしらへたのですけれど、それでも着物は上等のいゝきれで出来てゐて、くびから肩へかけて、細い青いリボンのえりかざりがつけてあります。
一本足の兵隊 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
僕等は埃及エヂプト模様の粗樸そぼくおもむきのあるきれを数枚買つた。絵葉書屋へはひると奥まつた薄暗い一室ひとまへ客を連れ込んで極端な怪しい写真を売附けようとするので驚いて逃げ出した。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)