差俯向さしうつむ)” の例文
ものいう目にも、見えぬ目にも、二人ひとしく涙をたたえて、差俯向さしうつむいて黙然とした。人はかかる時、世に我あることを忘るるのである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と逃げもすれば殴飛はりとばす勢いで、市四郎は拳を固めてひかえて居ます。松五郎お瀧の両人は多勢に云いまくられ、何も云わず差俯向さしうつむいて居ました処へ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ト云ッて差俯向さしうつむいた、文三の懸けた謎々なぞなぞが解けても解けないふりをするのか、それともどうだか其所そこは判然しないが、ともかくもお勢はすこぶる無頓着な容子ようす
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
夫人はフッと言葉を切ると、そのまま堪え兼ねた様に差俯向さしうつむいてしまった。
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
なんにもならないで、ばたりと力なく墓石から下りて、腕をこまぬき、差俯向さしうつむいて、じっとして立って居ると、しっきりなしに蚊がたかる。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どもりながら言ッて文三は差俯向さしうつむいてしまう。お勢は不思議そうに文三の容子をながめながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
差俯向さしうつむき暫らく涙に沈み居たるが、漸く気を取直しておもてげ、袂から銭入を取出し
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
なんにもならないで、ばたりとちからなく墓石はかいしからりて、うでこまぬき、差俯向さしうつむいて、ぢつとしてつてると、しつきりなしにたかる。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「ああわるう御座ンした……」と文三は狼狽あわてて謝罪あやまッたが、口惜くちおし涙が承知をせず、両眼に一杯たまるので、顔を揚げていられない。差俯向さしうつむいて「私が……わるう御座ンした……」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「加うるに君が居ても差支えない。諸君のような人ばかりなら、幾人いくたり居たって私は心配もなんにもしないが。」と梓は愁然しゅうぜんとして差俯向さしうつむく。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
貴僧あなたはほんとうにお優しい。)といって、われぬ色を目にたたえて、じっと見た。わしこうべれた、むこうでも差俯向さしうつむく。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若旦那わかだんな氣疲きつかれ、魂倦こんつかれ、ばうとしてもつけられず。美少年びせうねんけたあとを、夫婦ふうふ相對あひたいして見合みあはせて、いづれも羞恥しうちへず差俯向さしうつむく。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
含羞はなじろまぶたを染めて、玉のうなじ差俯向さしうつむく、ト見ると、雛鶴ひなづる一羽、松の羽衣掻取かいとって、あけぼのの雲の上なる、うたげに召さるる風情がある。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
貴僧あなた真個ほんとうにおやさしい。)といつて、はれぬいろたゝへて、ぢつとた。わしかうべれた、むかふでも差俯向さしうつむく。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
顔を上げた私と、枕にもたれながら、じっと眺めた母と、顔が合うと、坊や、もうなおるよと言って、涙をはらはら、差俯向さしうつむいて弱々よわよわとなったでしょう。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、横へ取ったは白鬼はっきの面。端麗にして威厳あり、眉美しく、目の優しき、そのかんばせ差俯向さしうつむけ、しとやかに手をいた。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
胸越しに半面をおおうて差俯向さしうつむく時、すらりと投げたもすそを引いて、足袋の爪先を柔かに、こぼれたつまを寄せたのである。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
樹立こだちに薄暗い石段の、石よりもうずたか青苔あおごけの中に、あの蛍袋ほたるぶくろという、薄紫うすむらさき差俯向さしうつむいた桔梗ききょう科の花の早咲はやざきを見るにつけても、何となく湿しめっぽい気がして
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恐怖おそれと、なんだと、えみとは、ただその深く差俯向さしうつむいて、眉も目も、房々した前髪に隠れながら、ほとんど、顔のように見えた真向いの島田のびんに包まれて、かんざしの穂にあらわるる。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひかりやゝよわく、きぬのひた/\とところに、うすかげ繊細かほそくさして、散乱ちりみだれたさくらはなの、くびにかゝつたまゝ、美女たをやめは、ひたひてゝ、双六盤すごろくばん差俯向さしうつむいて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
お夏は襟をくわえるようにして、差俯向さしうつむいて、さっと顔をあからめたが、何にもいわないで莞爾にっこりした。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「はい、」といったッきり、愛吉はしばらく差俯向さしうつむいていたが、思出したように天窓つむりを上げて
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「内に拓さんという方がございます、花を欲しいと存じましたのも、みんなその人のためなんですから。」と死を極めたものの、かえってかかることをはばからず言って差俯向さしうつむく。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
といったが小さな声、男の腕に肩をもたせて伏目ふしめに胸に差俯向さしうつむく、お鶴はこの時立っていた。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ここが痛うございますよ。」と両手を組違えに二の腕をおさえて、つむりが重そうに差俯向さしうつむく。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(貴下を直したいために)といわんは、渠の良心の許さざりけむ、差俯向さしうつむきてお貞は黙しぬ。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
硝子盃コップで、かわりをして、三杯ぐっと飲んだが、しばらく差俯向さしうつむいて、ニコリとなって、胡坐あぐらを直して、トンと袴をたたくと、思出したように、住居すまいから楽屋へ帰った。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自然おのずから気が映ってなったらしく、女の児と同一おなじように目をねむって、男の児に何かものを言いかけるにも、なお深く差俯向さしうつむいて、いささかも室の外をうかが気色けしきは無かったのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先達せんだつの女房に、片手、手をかれて登場。姿をしずかに、深く差俯向さしうつむき、面影やややつれたれども、さまで悪怯わるびれざる態度、おもむろに廻廊を進みて、床を上段に昇る。昇る時も、裾捌すそさばしずかなり。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
梓は聞いて物をもいわず差俯向さしうつむいたにもかかわらないで、竜田はりんとして姿を調え
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前垂の膝を堅くして——かたわらに柔かな髪のふっさりした島田のびんを重そうに差俯向さしうつむく……襟足白く冷たそうに、水紅色ときいろ羽二重はぶたえの、無地の長襦袢ながじゅばんの肩がすべって、寒げに脊筋の抜けるまで、なよやかに
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
撫肩なでがたの懐手、すらりと襟をすべらした、くれない襦袢じゅばんの袖に片手を包んだおとがい深く、清らか耳許みみもとすっきりと、湯上りの紅絹もみ糠袋ぬかぶくろ皚歯しらはんだ趣して、頬も白々と差俯向さしうつむいた、黒繻子くろじゅす冷たき雪なすうなじ
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夫人はこれを聞くうちに、差俯向さしうつむいて、両方引合せた袖口そでくちの、襦袢じゅばんの花に見惚みとれるがごとく、打傾いて伏目ふしめでいた。しばらくして、さも身に染みたように、肩を震わすと、後毛おくれげがまたはらはら。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
といいかけて差俯向さしうつむく、額に乱れた前髪は、歯にもむべくうらめしそう。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いた便たよりを失ったが、暑さは暑し弱い身の、日向ひなたに立っていられるすうではないから、むことを得ず、思い切って気の進まないのを元の処へ引返ひっかえすと、我にもあらずおずおずして、差俯向さしうつむいて、姫と
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とまた差俯向さしうつむく肩を越して、按摩の手が、それも物に震えながら、はたはたとおののきながら、背中に獅噛しがんだつら附着くッつく……門附のあわせせた色は、膚薄はだうすな胸を透かして、動悸どうきが筋に映るよう、あわれ
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前刻さっきから多時しばらくそうやっていたと見えて、ただしくしく泣く。おくれ毛が揺れるばかり。慰めていそうな貴婦人も、差俯向さしうつむいて、無言の処で、仔細しさいは知れず……花室はなむろが夜風に冷えて、咲凋さきしおれたという風情。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
きふはゞのあるつよこゑ按摩あんまとき、がつくりと差俯向さしうつむく。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
女はおとがい深く、優しらしい眉が前髪に透いて、ただ差俯向さしうつむく。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よく/\であつたとえて、はづかしさうに差俯向さしうつむく。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
とまた声が曇って、黙って差俯向さしうつむいた主税を見て
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
差俯向さしうつむきて床の上に起直りていたり。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と生返事、胸に手を置き、差俯向さしうつむく。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
差俯向さしうつむくと、ほのかにお妙の足が白い。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前髪がふっくり揺れて…差俯向さしうつむく。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人は黙って差俯向さしうつむく。……
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
差俯向さしうつむいた肩が震えた。
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)