ばあ)” の例文
隣室の沈黙につれ、紀久子はその身体からだばあやの手にまかすようにした。婆やは紀久子の肩に手をかけて、ベッドの上へ静かに寝かした。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
半蔵のところへは、こんなことを言いに寄る出入りのおふきばあさんもある。おふきは乳母うばとして、幼い時分の半蔵の世話をした女だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「こんなおばあちゃんじゃ、きらい」とN子はぼくの頸にぶら下がったまま、ぼくのひざに坐り、白粉おしろいと紅の顔をぼくの胸におしつけます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「一ならず、二不思議ふしぎたせてらせたに……」ばあさんのこゑついひゞいた。勘次かんじもおつぎもたゞ凝然ぢつとしてるのみである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そうしたら部屋のむこうに日なたぼっこしながら衣物きものを縫っていたばあやが、眼鏡めがねをかけた顔をこちらに向けて、上眼うわめにらみつけながら
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
谷川の末にはおばあさんが一人、日本中にほんじゅうの子供の知っている通り、柴刈しばかりに行ったおじいさんの着物か何かを洗っていたのである。……
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
共同水道のような処で水を汲んでいたおばあさんが、「はい帰って参りました」と返事をしてくれたので、私はっとして路地を抜けた。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「へえ、もういつまでたっても連れとよう遊ばいでなあ、何じゃろと、こうやっておばあのあとにばっかりつきまとうんじゃぞな。」
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ば喰べさせよった学校の小使いのばあさんがなあ。代られるもんなら代ろうがて云うてなあ。自分の孫が死んだばしのごとなげいてなあ……
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「同じ事で御座いますよ。ばあやなどは犬の遠吠でよく分ります。論より証拠これは何かあるなと思うとはずれた事が御座いませんもの」
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「僕は思ってることを隠すことができないんです。……それにまた、あまりひどすぎたんで……。あの女が、あのばあさんが……。」
そりや、ばあや、お前が日常いつも言ふ通り、老少不常なんだから、何時いつ如何どんなことが起るまいとも知れないが、かし左様さう心配した日には
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
かねのどこかに、その鐘師かねしりつけてあるそうな、とばあさんはいった。これは木之助きのすけじいさんのはなしよりよほどほんとうらしい。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
狸のおばあさんは、大変有難ありがたがって厚く御礼を言いながら、三日のうちによいことをして来ると約束して、森の中にはいってしまいました。
狸のお祭り (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
胸を反らして空模様を仰ぐ、豆売りのおばあの前を、内端うちばな足取り、もすそを細く、蛇目傘じゃのめをやや前下りに、すらすらと撫肩なでがたの細いは……たしかに。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
工場の建物の前にむしろを敷き、他の女房やばあさまたちと並んで貝をきながら、陽気な声でお饒舌しゃべりをし、みんなを笑わせている。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
歩きながら、洗湯せんとうで心安くなったばあさんの事を思いついて、お千代は電車の停留場まで行き着きながらにわかにもとの道へ後戻りをした。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
家族は独身の彼と十五六歳の書生と飯炊きのばあさんの三人暮しで、動物の悲鳴の外には、人の気配もしない様な、物淋しい住いであった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
よく年若としわかな夫が自分の若い妻を「うちのばあさん」などと呼ぶ、あれも何となく気取ってるように思われるが、でも人の前で
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
裏長屋の者はびっくり致し、跣足はだしで逃げ出す者もあり、洗濯ばあさんは腰を抜かし、文字焼もんじやきじいさんはどぶへ転げ落るなどという騒ぎでございます。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
けれども三にんともあしうごかさない。そして五六にんおな年頃としごろ小供こどもがやはり身動みうごきもしないでばあさんたち周圍まはりいてるのである。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
新しい恋人の心持ちで話しあおうと急いだ。はずみきって玄関から上りながら、旦那さまおうちときいたら、ばあやは、お出かけですと答えた。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ハリソン嬢のようなおばあさんは別として、私が西洋の婦人と握手する「光栄」に浴したのは、その時が生れて始めてでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
庄之助さんは、元気な老寄としよりであった。つれあいのおばあさんもいい人であった。一空さまのうわさが出たりして二人は、土間から上がって休んだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
花村はそう言って上へあがり、おばあさんや抱えを相手にお茶をみながら世間話をして帰るのだったが、お八つをおごって行くこともあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
橋本のいさちゃんが、浜田のばあさんに連れられ、高島田たかしまだ紋付もんつき、真白にって、婚礼こんれい挨拶あいさつに来たそうだ。うつくしゅうござんした、とおんなが云う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「そうだ、あの草っぱらは好いな、あちこちに犬小屋のような小屋がけをして、ばあさんがいるじゃないか、いやばばあだよ」
草藪の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
よほど年をとった一人のばあさんが、ベソップの城というような所のことを聞いたことがあって、そこへご案内することができるだろうと思うが
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
ばあさんになってもそうですが、若い娘さんなんか特に目立ちます。しかしおなじ紅白粉べにおしろいをつかっても、上手じょうず下手へたとでは、たいへん違います。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
ところがひとりのおばあさん、元気なものだ。歓喜天かんぎてんさまのお宮の絵馬えまを引ッぺがして、ドンドン焚火たきびをしてあたっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある日、豆小僧が柴を刈つて、束ねてゐますと、どこからかしら一人のばあさんが出て来て、馴々なれなれしく言葉をかけました。
豆小僧の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
彼は、パンチとジュディの人形芝居の真似まねもできたし、焼けたコルクとハンカチを使えば、片手でおばあさんの人形をつくってみせることもできた。
君は知らないだろうけど、あのウチときたら、下の座敷へ降りると、跫音のないおばあさんがいつも立っていたり、歩いていたり、しているんだぜ。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
心配していた山鹿は、幸い在宅しているらしく、呼鈴よびりんを押すとばあやが出て来た。ねて打合せたように、鷺太郎を残すと二人は物かげにかくれた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
いいや。娘さんですか。いいや。後家様。いいや。おばあさんですか。馬鹿を云え可愛そうに。では赤ん坊。こいつめ人をからかうな、ハハハハハ。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いつか、「ばあはん」がなまって、「ババン」と呼ばれ、お人よしではあるけれども、親切で、情愛ぶかいヨネは、子供たちに、心底からなつかれた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
昔からの馴染なじみの、撞球場どうきゅうじょうにはいってみた。暗い電球が一つともっているだけで、がらんとしている。奥の部屋に、見知らぬばあさんがひとり寝ている。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
下からばあやが茶褐色の液体を入れたコップを持ってきた。酒でなく、ムギ茶である。死んだおふくろを俺に思い出させた中年の女中はどうしたろう。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
火事が中風ちゅうふうばあさんに、石臼いしうすを屋外までかかえ出させたほどの目ざましい、超人間的な活動を、水夫たちに与えた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
先刻持って来て下すったのはタンシチュウとウドの酢煮ですか。ばあや、その頂戴したものをここへ出してお見せ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
こんなのを見ると、食欲減退である。それに料理研究家がそろいも揃ってじいさんばあさんなので、テレビで大写しにされる手が、これまた揃いも揃って薄汚い。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
ああ、ばあさんや、わしも胸が、どきん、どきんするよ、きつと明日あしたは、何か悪るい出来事があるに違ひないな。
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
お次に、うちの老いぼればあさん——つまり、お袋さんときたら、十年一日、明けても暮れても婦人解放論さ。
で、その尾羽の扇子をぱさりと一つ鳴らすと、この気むずかしやのばあさんは、くるりと向うをむいてしまう。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
竜之介氏と妹御のお綾さんとの母親になる方は、その頃は未亡人で、頭を丸めてお比丘びくさんのように坊さんでしたが、そんなにおばあさんではありませんでした。
「二、三年前、やもめばあさんと女の子が来て借家をしていたが、前月その婆さんが死んじゃったから、女の子は独りぼっちで、親類もないから泣いてるのだよ。」
阿繊 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
さだめしもうとしよりのおばあさんになつて當時とうじ自分じぶんくらゐのむすめおやとなつてゐることであらうとおもひます。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
「ねえ、ゴテルのおばあさん、うしてあんたのほうが、あの若様わかさまより、引上ひきあげるのにほねれるんでしょうね。若様わかさまは、ちょいとのに、のぼっていらっしゃるのに!」
「ああ、旦那さまですか、お帰りあそばせ。わたし、お使いに行ったばあやさんかと存じまして……」
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
 先ほど、お薬を煎じしゃった火が大方強すぎた事んだろうとの、ばあがいかい事案じて居りまする。
胚胎 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)